四十二話 抑えるつもりがあるからといって抑えられるものでもない
轟音を立てて粉々になったテーブルは僕のちょっとした自信作だった。
基本的にこの世界では木工も手作業だからどう頑張っても真っすぐとはいかず歪みは出る。しかし僕の作った中でもこのテーブルは比較的綺麗に平面が作れて全体の形としても歪みは少ないものだった。
別に誰に自慢するわけでもないけど満足できる出来だったのだ。
それが今粉々になっていた。
「…………」
「あ、ごめんなさい」
僕の視線でテーブルの状態に気づいたようにマナカが謝罪する。謝罪したところで壊れたものは戻らないけれど、謝罪されないよりはマシだ。
「すぐに直すわね」
「え」
そんな状態のものをどうやって? と僕は口にする間もなくマナカはテーブルだったものに対して手をかざす。
「状態確認、分析完了。再構成」
マナカが呟くと粉々になっていたテーブルが浮き上がり一つに集まっていく。数秒と経たないうちにテーブルは元の姿を取り戻していた。
「す、すごい」
「まだよ。今のままだと接着されてないから魔術が解けると分解する」
「そうなの?」
「ええ、だから仕上げが必要」
マナカは僕に答えながらテーブルに集中するように視線を向ける。
「固定」
そしてそう口にするとかざした手を下ろした…………テーブルは何事もなかったようにそこに元の姿を取り戻している。そのまま崩れ去るようなこともない。
「今のは、何をやったか聞いても?」
「いいわよ」
尋ねるとマナカは頷く。
「まず物体の情報を解析する魔術で壊れたテーブルの状態を確認、次いでその情報を元に念動系の魔術で破片を元の状態へと組み上げる…………それで私のチート、神様からの加護でその状態に固定したの」
「つまり元の状態にしたのは魔術でそれを固定したのは別ってこと?」
「そういうことよ」
僕の目から見ると全部ひとくくりでなんかすごい魔術としか思えなかったけれど、今の工程は二つの魔術と神様からの加護によるものの組み合わせらしかった。
「その魔術は誰でも使えるものなの?」
「練習次第よ。この世界の人間は生まれつき魔術を使うためのエネルギーである魔力を備えているし、転生者である私たちもそれは同じ…………もちろん本人の才能によって不得手はあるけどそれは魔術に限った話じゃないしね」
運動でも何でも才能に左右される。しかし重要なのは練習次第であるということ。才能による不得手はあっても全く使えない人間はおらず、練習をしっかりやればそれなりに使えるようにはなるのだろう…………神様からの加護と違って。
「その固定って力について聞いてもいい?」
「構わないけど、そのまんまよ?」
奥の手というかマナカにとってメインとなる力だろうから濁すかもとも思ったが、あっさりと彼女は教えてくれるようだった。
「私が神様から授かったのは固定の力。それは物体的な固定だけじゃなくて概念的なものも固定できるの…………それだけ」
「それだけ?」
「ええ」
マナカが頷く。あっさりと説明は終わった。
「力そのものは単純だけど、大事なのはそれをどれだけ応用できるかなのよ」
拍子抜けしたような表情の僕にマナカが続ける。
「力そのものは練習しても固定する力の強弱をうまくコントロールできるようになるくらい…………たださっきも言ったように固定できる対象は物理的なものに限らないわ。だから何を固定するかを考えるのが大事なの」
できることは単純でも固定できる対象は無数だ。物体に留まらず概念的なものまで対象にできるとなればその幅は限りない。
「もしかしてマナカが若いままなのは年齢を固定している、から?」
「よくわかったわね。その通りよ」
だから不老長寿の妙薬を飲んだ僕と同じようにマナカも若いままなのだ。
「それで、私があなたを好きなのにノワールを好きになるように勧めることにどう思っているのか、だったわよね」
「え、あ、うん」
急に話が戻って戸惑う僕をマナカはじっと見る。彼女の表情は先ほどからまるで変っていない。こちらに対して好意的な微笑というかそれはずっと張り付いている…………だからこそその感情が見えなくて怖い。
「私は洗脳対策に自分の精神が異常にならないように固定しているし、常に冷静さを固定させることで動揺したりしないようにしているの」
どんな状況下でも冷静に物事を判断できるというのはとても有用だ。マナカは自分の精神の一部固定することでそれを実現しているらしい。
「だから私は自分の感情と最善の行動を冷静に判断できる…………私の目的のためにそれが必要だと判断したなら許容できるわ」
「できてなかったじゃないですか」
思わず僕はつっこんだ。言ってることは素晴らしいのだけど行動に反映されていない。許容できるなら一度粉砕された僕のテーブルは何だったのか。
「そうね、不思議よね…………嫉妬の感情は溢れないようにきちんと固定しておいたつもりなんだけど」
本心から不思議そうにマナカが首を捻る。
「私の固定を突き抜けるくらいあなたの魅力が強いってことなのかしらね」
「えぇ」
そんなことないと思う僕としては呻くしかない。
「しかし固定の力で抑えているはずの私ですらこうとなると…………本気であなたをこの島から出すわけにはいかなくなったわね」
理屈で言えばマナカのように自分の感情を抑える力を持たない人間はあっさりと暴走するということになる。固定の力で抑えられるはずのマナカですら完全に抑えきれていないのだからそうでない人間はどうしようもない。
存在しているだけで人を狂わせる爆弾か何かなのだろうか、僕は。
「別に全員が全員こうなるわけじゃないんだから、そんなに気に病む必要はないわよ?」
僕を慰めるようにマナカが言う。確かに前世だけで考えても僕の接した人数を考えればそれでおかしくなった人間はそれほど多くはない…………僕を殺した彼女たちで言えば二十年ちょっとの人生で五人程度ということになる。
そう考えると僕に惹かれる人間の割合というのは多くないのだ。
問題は、前世では優秀であっても彼女らは所詮人間で、暴走しても僕を殺すことがせいぜいだったのがこの世界ではノワールさんやマナカのような超人であるということだ。
持っている力が力だけにどんな被害が出るかわからない。
「まあ、今のところは考える必要のない話よ」
「…………そうですね」
現状で僕は島の外に出るという目的を一旦は諦めている。それであれば島の外の超人たちと接触することもないし、町にもあまり近づかないようにしておけばいいだろう。
「とりあえず、さっきみたいなことがないように私も強く感情を固定しておくわ」
僕を安心させるようにマナカが言う。
それで大丈夫…………だといいなあ。
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