四十一話 お互い本気になるのが最善という話
「それじゃあそろそろ本題に入るわね」
「わ、わかりま…………わかった」
反射的に敬語になりそうになったが、僕をじっと見るマナカに言い直す。
正直彼女に対してだと敬語の方が楽なんだけど、本人から咎められるのなら気を付けるしかない。
「それじゃあ始めるけど…………アキは具体的に何をするべきだと思ってる?」
「なにって」
それはノワールさんを篭絡するのだからそういう方向だろう。
「ノワールさんをデートに誘ったりとか、かな」
ありきたりで捻りもないが、相手との仲を深めるのなら結局そういうものが定番になるだろう。
「間違ってるわ」
けれどそれをきっぱりとマナカは否定した。
「え、間違いって…………その、ノワールさんと仲を深める話だよね?」
「そうよ」
確認するがマナカは間違いないと頷く。
「でもあなた達の場合は前提が違うのよ…………あなたの感覚だとそれはまだ恋人になっていない相手と仲を深めるために誘ったりするものじゃない?」
「…………まあ、そうかも?」
もちろん恋人同士だってデートをするし、その先の関係の夫婦だってするだろう。しかしすでにそういった関係の場合はより仲を深めるためだったりその仲を維持するためにするものであり、しかし僕の場合はノワールさんとこれから関係性を築くためのきっかけとして提案していたことになる。
「つまり、アキの認識ではノワールはまだそういう相手ではないのよ」
「それは…………まあ」
僕はノワールさんに好意を抱いているが、どちらかといえばそれは家族に対する親愛に近いもので男女の恋愛的な好意ではない。
「でも向こうはアキのことをものすごく愛しているわ」
正直に言えば僕はそのことが未だにピンと来ていない。僕に告白して以降ノワールさんは僕への好意を隠していないが、だからといって積極的に好意をアピールしているわけでもなかった…………いや、一回だけあったけれど。
とはいえ基本的には僕の負担にならないようにとノワールさんは無理強いをしてこない。常に見守る姉というか保護者的なポジションを取っているからなのか、どうにも僕の方の意識がその好意を恋愛的なものだと捉えられないのだと思う。
「つまり、今更彼女の好感度を稼ぐ必要はないのよ」
そんなことを考える僕をよそにマナカが話を進める。余計に稼ぐ必要のないくらいノワールさんは僕のことを好きなのだと彼女は言う…………それならこれ以上やれることなどないのでは?
「その、ノワールさんが僕のことを十分に好きなら一体何をすれば?」
「だからアキが彼女のことを好きになるのよ」
「え、それはどういう?」
「つまり恋愛的な意味で彼女のことを好きになるって話よ」
「…………僕が?」
混乱する。ノワールさんを僕が篭絡するというのが本題だったはずなのに、それではまるで僕がノワールさんに篭絡されなくてはならないという話ではないだろうか。
「現時点でノワールは間違いなくあなたのことを愛しているわ」
「はい」
事実の再確認をするマナカに僕は頷く。
「つまり自分がものすごく愛している相手の頼み事でも聞いてくれないわけね」
「そう、なるかな」
大半のことは聞いてくれるのだけど、ノワールさんが僕のためにならないと判断したことは聞いてくれない。
「だからここからさらに好感度を積み重ねる必要があるわけなの」
「そう、だね」
これはその為の方法を話し合うための場だった。
「でも現時点で私たちは目的があって彼女を篭絡したいと宣言しているわけなの」
「うん」
隠れて後でばれた方が大変だと本人に宣言した。
「そんな状態で何したところで目的のための好感度稼ぎとしか受け取られないわよね」
「…………そうだね」
その通り過ぎる。もちろん事前に明かしているしノワールさんの性格からしてそれで不快に感じて逆に好感度が下がるなんてことはないだろう…………けれど下がらなかったところで上がらなければ意味がないのだ。
「だとしたら重要なのは彼女にそれはそれ、と思って貰うことよ」
「…………つまり?」
「目的は別としても自分のことが好きなのだと思って貰うの」
つまり目的のために利用しているわけではないのだとノワールさんに思わせるということらしい。
「その為に一番いいのは、アキが彼女にちゃんと惚れる事でしょう?」
「…………」
それはまあ、その通りではあるしそれが一番誠実だ。現時点で僕が彼女を篭絡しようとすればノワールさんを利用しようとしていると意識してしまうのも確かなのだ。さっきも話に出たが僕はノワールさんに好意を抱いていても恋愛感情は抱けていないのだから。
「ノワールさんを……好きになる」
口に出して考える。僕は別にそれが嫌ではない。むしろああいう関係にもなってしまったのにまだ僕が彼女をそういう方向で好きになれていないことが申し訳ないくらいだ。しかしこればっかりは理屈ではなく感情なのでどうしようもない。
「…………」
「えっと、どうかした?」
そんなことを考えていると自分をじっと見るマナカにふと気づく。
「なんでもないわ」
マナカはそう答えるが表情は明らかに不機嫌というか不満そうだ…………そういえばというか彼女も僕のことが好きであるらしい。
しかもそれは昨夜のような暴走を見せるほどの感情であるわけで、よくよく考えてみればそんな彼女が僕に他の人を好きになるように提案するというのもおかしな話だ。
ノワールさんは穏便に話し合いで済ませたと説明していたが、それで僕に対する感情が消えたわけでもないだろう…………聞いていいものだろうか?
「あの、さ」
しかし聞かずにいることもできず、僕は躊躇いがちに口を開く。
「なにかしら」
「その、マナカって僕のこと好き…………なんだよね?」
「…………好きよ」
躊躇いがちに尋ねる僕に躊躇いがちにマナカは答える。
「それがどうかした?」
その感情を誤魔化すためか突き放すようにマナカが尋ね返す。
「いや、その…………それなのに僕がノワールさんを好きになるっていうのはいいのかなって思っちゃって」
はっきりいって無神経極まりない質問だが、今後のことを考えるとそれは確認しておかずにはいられない。ノワールさんの協力を得ることは彼女にとっても重要事項ではあるはずだけど、昨夜の暴走を思えば簡単に切り離して考えられる事じゃないはずだ。
「別に構わないわよ」
それに答える彼女の表情も口調も平静そのもので、しかし不思議なことに彼女が手を置いていた僕の手製のテーブルは轟音を立てて粉々に砕け散っていた。
全然大丈夫じゃない。
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