三十九話 結論は残念ながら一つしかない
ノワールさんをたらしむことが僕にできる魔王討伐への貢献…………うん、どう読み取っても他の意味にならないし最低だ。
最悪なのは僕自身がそんなマナカの提案を正しいと思ってしまっていることだ。
しかし実際に僕が一番貢献できるとしたらそれしかないのも確かだった。
「でもそれを本人の前で言っちゃいますか?」
「本人の前だから言えるんじゃない」
きっぱりとマナカは返す。
「こんな話後で知れた方が大問題になるでしょう?」
「…………それはまあ、そうですが」
それこそそこまでうまくいっていても、その瞬間に全てが台無しになるような話だ。僕の気持ちそのものに嘘はなくとも、それだけで全てノワールさんを協力させるための嘘だったのだと疑われてしまうだろう。
「最初から明かしちゃってるなら誠実でしょう?」
「誠実…………ですかね?」
確かに後からばれるよりはマシかもしれないが、最初からあなたを利用したいので自分に惚れさせますと宣言するのも頭がおかしくないだろうか? 少なくともそれで受け入れてくれる異性などいないように僕は思う。
「…………」
僕は確認するようにノワールさんを見た。にっこりと笑みを返される。
「その、嫌じゃないんですか?」
僕がノワールさんの立場であれば不快を覚えてもおかしくはないと思うのに。
「別に、嫌ではないわよ? マナカの言う通り後から知ったなら違ったかもしれないけれど、最初から宣言してくれるなら清々しくも、感じるわね?」
「…………そういうものですか?」
いまいち僕には理解ができない。
「もちろんこれは一般的な反応じゃないと、お姉さんも思うけれどね」
「…………そうですよね」
そのこと自体はノワールさんもきちんと理解しているようだ。
「ただ、お姉さんはアキ君のことをよく知っている、からね」
ふわりと微笑まれる。
「えっと、つまり?」
「アキ君がお姉さんをただ利用するために騙したりする人間じゃないと知っている、ということよ…………もしもその為に惚れさせたのだとしてもアキ君は責任をちゃんと取ってくれるでしょう?」
「…………それは、はい」
僕は自分が善人とも思っていないが、ノワールさんを利用するだけ利用して使い捨てるなんて真似ができるほど悪人とも思っていない…………そうでなかったら亡くなった転生者たちに対して罪悪感なんて抱かないだろう。
「それならお姉さんは構わないわよ? アキ君がどんな風にお姉さんを口説いてくれるのか楽しみでも、あるわ」
ふふふ、とからかうように微笑んでノワールさんは僕を見る。
「あ、あはは」
やりにくい、そんな反応をされるとものすごくやりにくい。とりあえず笑ってごまかすこと以上のことが僕にはできなかった。
「と、いうかですね…………」
しかしふと僕は思う。
「なにかしら?」
「その、例えば今僕が普通に頼んだら駄目、なんですかね?」
考えてみれば僕はそういう方向でノワールさんに頼みごとをしていない。ノワールさんは僕が島の外に行くことは反対したが、それは僕が危険であるから反対したわけで魔王討伐に協力することそれ自体を反対したわけではない。
それであれば僕自身ではなくノワールさんに協力を頼むのなら受けてくれる可能性はあるのではないだろうかと思う…………これまでそんな考えに至らなかったのは僕が自分自身で何とかしたかったからだ。
自分の中の罪悪感を消すためのことですらノワールさん頼みになってしまうのはあまりにも情けないと僕は思っていたが…………この期に及んでは他に選択肢などない。
「嫌、よ」
けれど先ほどと変わらぬにっこりとして笑みでノワールさんは断った。
「…………なんで、ですか?」
とりあえず僕は尋ねる。
「まずそれはお姉さんに何の得も、ないわよね?」
「…………そうですね」
ノワールさんにとって魔王軍なんて何の害もない存在だ。向こうから絡んでこない限り代行者としての役割を果たす時が来るまで放っておいて問題ない。
それを神様から受けている制限をどうにかしつつ倒す、なんてのはノワールさんからすれば無駄な労力でしかないだろう…………それであれば何かしら見返りを求めるのは当然だ。
「好きな相手の頼み事なんだから得なんてなくてもいいじゃない」
そこに口を挟んだのはそもそもの提案をしたマナカだった。好きな人の頼み事なんだから無償奉仕しろというのは暴言だと僕は思うけれど、実際にそういう思考で動いてしまう人間がいるのも事実ではあった…………いやもちろん僕はそんなことさせたくないけど。
「実際にあなたは彼の頼み事なら無条件に聞き入れていますよね?」
そんなことを考える僕をよそにマナカが言う…………胸に刺さる。確かに考えてみれば僕はこの十年事あるごとにノワールさんに頼みごとをして来た。もちろんその頃の僕はノワールさんが自分を好きなのだとは考えておらず、神様から僕を保護するよう命じられているから聞いてくれているのだと思っていた。
それにしたって甘えすぎであったのは確かだけれど。
「そうね、それは概ね事実だわ」
ノワールさんは素直にそれを認める…………いや、全てを認めたわけではなかった。
「でも、何でもかんでも叶えてあげたわけじゃ、ないのよ? アキ君の為にならないような頼みごとは聞いていないわ」
そう、それも事実なのだ。この島を出たいと僕が頼んだ時のように、彼女が僕のためにならないと判断したことまで聞いてくれるわけではない。
「私たちを助けることは、彼のためにならないと?」
「ならないわね」
きっぱりとノワールさんは告げる。
「だって何の自分の力も使わずにアキ君の中の罪悪感を晴らしたところで、いつかもっと大きな罪悪感を抱いてしまうか堕落してしまうかの、どちらかだもの」
「う」
僕は思わず呻く。確かにその通りだろう。結局自分の手で何の力にもなれなかったという事実は僕の中に大きなしこりを残す。
それはいつかノワールさんの言う通り大きな罪悪感となってしまうかもしれないし、もう何でもかんでもノワールさんに頼んでしまえばいいやと思考を堕落させることになるかもしれない。
「つまり頼みごとをするなら、相応の誠意を見せろということね」
「そう、なるかしら」
同じ頼むのでも身銭を切っているのなら話は変わる。そのままでは頷いてくれなかった相手を努力して頷かせたのだとしたらそれは僕の功績なのだから…………その方法が相手を誑し込むことなのはどうかと思うけれど。
「…………つまり結局、僕はノワールさんを口説くしかないってことですか?」
「そう、なるわね」
再びにっこりと、ノワールさんは僕に向かって微笑んだ。
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