三話 悪いものじゃなくても影響は莫大
「え、あ?」
ノワールさんの告白に僕は戸惑う。もちろんノワールさんが僕になにかしたという可能性も考えてはいた。これが後天的な要因によるものなら他に容疑者となる人間がいないからだ…………しかし僕を不老にしたところでノワールさんには何の得もないはずなのだ。
僕の寿命が延びるということは、そのままノワールさんが僕を保護しなければいけない期間が延びるということになってしまうからである…………本当に不老というなら延びるどころか終わりがない。
だから僕はあの少女の神が僕を人間とは違う種族として転生させたか、異世界という事なる環境で僕のような転生者は寿命が延びるような話があるかもしれないと予想していた。
それがまさかノワールさん当人から自分の仕業だと告白されるとは思わなかった。
しかもそれを何でもないことのようにあっさりと彼女は口にしたのだ。
「な、なんでそんなことをしたんですか」
「なんでって…………」
心臓が早打ちして焦燥感を覚える。そんな僕の様子を不思議そうにノワールさんは見つめていた。
「むしろ、お姉さんはどうしてアキ君がそんな風に焦っているのか、わからないの」
「わからないって…………」
「アキ君はそんなにも死にたかったの、かしら?」
「死っ…………!?」
どうしてそんな話になるのか僕にはわからなかった。
「だって、不老じゃないってことはいつか死ぬって、ことよ」
「そ、それはそう…………ですけど」
前世のように不意に死ぬことがなかったとしても、生物である以上寿命による死は避けられないものだ。それが不老となったのならば、それを否定することは確かに死にたいと言っているようなものかもしれない。
「それなら、死ななくなって良かったんじゃないかしら」
「…………」
冷静に状況だけ見てみればその通りではあるのだけど、すんなりと納得できない。
「一応付け加えておくけれど、副作用とかそういうものはないから安心、してね」
つまり懸念したような見えない害はなく、どういう方法で僕を不老にしたのかはまだわからないがそれを成したのはノワールさんで、彼女は信用できない相手でもないのも事実だ。
「なんで、僕を不老にしたんですか?」
けれどその理由がまだわかっていなかった。
「アキ君に死んでほしくなかったから、じゃダメかしら」
どこから憂いを感じさせるような笑みでノワールさんが僕を見る。
「でも、僕が不老になったらノワールさんはずっと僕の面倒を見ることになりますよ!」
あの少女の神から聞いた説明によると長命種が短命種を保護するというのはそれほど珍しいことでもないらしい。それは長い人生の言うなれば暇潰しにちょうど良く、それでいて彼らからすればその長い人生の中では瞬きのような短い時間であるから疎むこともないそうだ。
だから気兼ねなく彼女は君の面倒を見てくれるだろうとあの少女の神は言っていたのだ…………結果としてノワールさんとの出会いはそれほどすんなりとしたものではなかったけれど。
「それは全然かまわない、かしら」
僕の言葉にノワールさんは穏やかに微笑む。
「お姉さんがずっとアキ君の面倒を見て、あげるわ」
「っ!?」
ノワールさんからじっと見つめられると、その濁りのない黒い瞳にまるで吸い込まれそうな感覚を覚える。とても大きなものに包まれているような安心感だ。
「そ、それはありがとうござい……ます?」
しかしこれは感謝していいことなのだろうか……いや、いいはずなのだけどそれを素直に受け入れられらない自分がいる。まだ今日聞いたことの全てに実感を得られていない。どこかふわふわした気持ちが抜けないのだ。
「今日の要件はそれだけ、かしら」
「え、あ…………そうです」
僕は頷く。聞きたいことは解決した、してしまったのだ。
「それなら今日はもう帰るといいわ。家でやることも一杯ある、でしょう?」
「そう、ですね」
文明社会から離れた一人暮らし。魔術刻印の刻まれた便利な道具はあるもののそれだけで何もしないで生活ができるわけではない。ノワールさんに頼めば色々用立ててもくれるが、頼ってばかりはいられないので必要な道具は自分で作るようにもしていた…………そういえば用具棚を作りかけだったことを思い出す。
「えっと、それじゃあ今日は帰ります」
「ええ、また何かあれば来るといい、かしら」
「ありがとうございました」
ノワールさんに頭を下げて僕じゃ彼女の家を後にする。
あっさりと、まるで何事もなかったように。
◇
「…………」
それから自宅に戻って僕は思い出した作業の続きをしようと家の物置きにいた。そこは最初にノワールさんが立ててくれた家に増設するように僕が建築した小さな小屋で、見た目は不格好ではあるけれど隙間風もないしそれなりの出来だ。
その物置きは普段使わないものを置いておくのと同時に作業スペースも確保している。そこで僕は作りかけだった用具棚の続きを作ろうとしていたのだけど、一向に手が進まない。
なぜ、というのは考えるまでもない…………いつの間にか自分が不老になっていたという事実のせいだ。
しかしそれ自体はノワールさんにも言われた通り決して悪いことではない、ないはずなのだが僕は気持ちを切り替えて作業に集中しようという気分になれなかった。
「不老、か」
不老不死ではないにせよそれは人類の永遠の夢の一つだった代物だ。それをいきなり得てしまっていると言われても実感が…………ないわけではない。なにせ成長していない自分に疑問を覚えて僕はノワールさんを訪ねていったのだ。少なくとも自分の体が全く成長していないという実感それ自体はある。
それなのに、なぜ自分はそれを良かったと思えないのだろうか。
死なない、に越したことはないはずだ。もちろん永遠の命には大抵それにいつか飽きるのではないかという命題が伴ってくる…………しかし僕は不老になったのであって不老不死になったわけではない。死のうと思えば死ねる自由が僕には残されているのだ。
それに膨大な時間に対して僕が不安を覚えるのはまだもう少し先のことだろう。不老になったと気づいたばかりの僕にはまだそんな実感は…………いや、違うのか。
「もしかして」
僕は気づく。
「僕って今、人生の目標がなくなったのかな」
もちろん僕は常に人生の目標なんてものを意識していたわけではない…………しかしふと不老になった事実に落胆している自分を鑑みて気づいたのだ。僕はこの第二の人生を自分なりに納得して生きて死ぬことを目標にしていたのだと。
けれど、その人生は終わりが無くなった。
いやもちろん終わりにすることはできる…………ただ、それはいつか年老いて自分の人生に満足して死ぬのではなく、自分の人生にただただ飽いて自ら終わらせるものとなってしまったのだ。
「あー…………」
人生には目標が必要だ。もちろんそうでない人もいるのだろうけど、今の僕にはその目標が必要だった。そしてその目標となりうるものが僕自身からは浮かんでこず…………いつか聞いたものが代わりに浮かんだ。
魔王を倒す。
僕が断った、あの少女の神が転生者に与える使命を。
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