三十八話 やれることはあるけどやりたいことではない
僕も生前の死によってトラウマを負う前は健康な一男子であったから、異性に対して思うところがなかったと言えば嘘になる…………いえ、嘘です。ものすごく興味はありましたし彼女が欲しいと努力することもありました。
それこそ自分がモテモテになってハーレムを築く妄想だってしたことはあったかもしれない。
しかしあれだ、こんなモテ方はしたくなかったなあと切に思う。
もっとも正確に言えば前世から僕はモテていたらしい。思えば彼女を作ろうと努力したのがうまくいかなかったのも彼女らによる妨害が裏で行われていたのかもしれない。
いずれにせよ今世においても僕は喜べないようなモテ方どころか、行動に制限がかかるようなモテ方しかできないようだった。
「つまり、僕にできることはないってことですか?」
元よりチートを望まなかった僕は無力であるが、例えそれが自己満足であっても散っていった転生者たちの為に何かできることをしたいと思っていた…………しかしそれを僕がすることそれ自体が害になるのではどうしようもない。
「ああ、そういう意味じゃないのよ」
けれどマナカはそれに首を振った。
「確かに説明した通りあなたは島の外に出るべきじゃないけれど、逆に言えば島からさえ出なければ問題ないの…………むしろ出ないからこそやれることがあるわ」
「…………正直ここで僕にできることがあるとは思えないんですが」
僕には神様から与えられた力はないし、努力の才能だけは貰ったもののそれで戦闘技能や魔術を鍛えていたわけでもない…………僕はこの十年をただ平穏に過ごしていただけなのだ。だからこそ魔王に挑んで散った転生者たちには申し訳なく思ってしまう。
「元よりあなたの戦闘力に期待していないわよ」
期待しているなら島から連れ出す方法を考えるだろうからそれは当然だ。
「えっと、それじゃあ僕はここで何をすれば?」
「あなたはあなたにできることを最大限にやればいいの」
「…………つまり?」
「あなたの持つその魅力を最大限に生かしなさい、ということよ」
「…………」
僕の持つ魅力と言うと呪いのように害をまき散らすそれしかないのだけど。
「ああ別にそれを無差別にふりまけって言ってるわけじゃないわよ」
付け加えるようにマナカが言う。
「あなたのその魅力は無造作に振り撒いたら多大な混乱を引き起こすわ…………しかしその対象を絞るなら強い武器になる」
「対象を絞るって…………」
「そこにいるじゃない」
マナカがノワールさんへと視線を向ける。当のノワールさんは話の流れを見守るように僕とマナカの視線を悠然と受け止めていた。
「彼女の力のことはあなたも知っているんでしょう?」
「それは、まあ」
僕は曖昧に頷く。聞いた限りではノワールさんは自身が神の代行者であることをマナカには伝えていないようだ。どこまで知っている体で話せばいいのか少し迷う。
「彼女の力があれば私たちは勝てるわ」
「えっと、でもノワールさんは…………」
「知っているわ。自由に力を使うことに制限があるのでしょう?」
「え」
僕は思わずノワールさんに視線を向ける。彼女に教えたのだろうかと…………それにノワールさんはゆっくりと首を振る。つまり教えていないのだ。
「彼女が力を意図的に制限してることくらいわかるわよ」
そんな僕らのやりとりを見てマナカが口にする。
「その辺りの事情を聞く気はないわ…………気にならないと言えば嘘になるけど、無理やり聞けるような立場でもないしね」
聞いても答えてもらえないなら搦め手か実力行使にでるしかないが、老練なノワールさんに搦め手は通じないし実力行使できる相手でもない。
「でもそれじゃあ力は借りられないんじゃ…………」
「そこをあなたは勘違いしてるのよ…………いや、勘違いさせられてるのかしらね」
「?」
僕はきょとんとする。
「多分だけど、彼女から自分は力を制限されているからこの世界で起きていることに手出しできないとか聞かされてるんじゃない?」
「…………ええと、はい」
頷きながらちらりとノワールさんの様子を確認するが、口を挟む気はない様子だった。
「あなたはそれで納得しちゃったみたいだけど、考えても見なさいよ…………力を制限されてるからってそれで無力ってわけじゃないでしょ」
「えっと、それは…………」
否定しようとしてそれはその通りだと納得してしまった。ノワールさんが最大限に力を発揮できるのは人種の絶滅が確定する状態になってからという話だったが、別にそれまで彼女が一切力を使えないわけではない。
そうでなかったらこの島は極寒で人も済めない島だっただろうし、昨日のマナカとの戦いだって行えていない。
「あ、でも使える力の制限だけじゃなくてそもそも影響を与えられる範囲にも制限があったんじゃ…………」
使える力の大きさ以前に、ノワールさんは世界に大きな影響を与えることを神様から禁じられているはずだ。
「それじゃあ制限にかからないようにやれることもないの?」
「え」
「別に直接魔王を倒すことだけがやれることってこともないでしょう? 制限があるというのならその制限の範囲で協力できるようなことを考えればいいだけよ…………そういう話は彼女とした?」
「…………してないです」
ノワールさんはすごい力を持っているが神様から色々と制限をかけられている。だから本当にどうしようもない状態にならない限り今の世界の状況をどうにもできない…………そう説明されて僕はそのまま納得してしまっていた。
「あなたが気づかなかったにせよ、そういう提案を彼女の方からしなかったということは彼女にやる気がないということよ」
積極的に世界を救う気があるのなら自分から提案しているはずなのだ。
「だから、あなたが彼女にやる気を出させるの」
「え」
「彼女に世界を救う気がなくても、あなたの頼みであれば彼女は聞くでしょう?」
「…………そんなこともないと思うんですけど」
ノワールさんは僕に甘いとは思うけれど、だからといってなんでも頼みごとを聞いてくれるというわけではない。実際僕は彼女に島の外に出たいと頼んでそれを断られている…………それが僕のためにならないと判断すればノワールさんはきっぱりと断るのだ。
「それはあなたの惚れさせ方が足らないからよ」
「え」
僕はまた同じ動揺を現し、その僕へとマナカがぐいっと詰め寄る。
「あなたの言うことならなんでも無条件で聞いちゃう…………そんな状態まで彼女を惚れさせなさい」
他に方法はないとマナカは告げる。
その当人であるノワールさんの目の前で。
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