三十五話 疑い深くなっても仕方ない
僕がこの世界に転生してからノワールさんにはずっとお世話になって来た。前世のトラウマから立ち直っていなかった頃は無理に接触しないよう気を遣ってもらったし、それでもわからないことがあれば何でも教えてくれて必要なものを用立ててくれた。
客観的に見ても僕はノワールさんに頼りきりでこの十年を生活していたのだ。基本的には一人暮らしだったとはいえ、それも自力で困らない範囲では黙って見守ってくれていただけだろう…………前世であれば僕はノワールさんのヒモと揶揄されていたかもしれない。
そんな経緯があったからこそ僕はノワールさんを信用していた。知らぬ間に不老長寿の薬を飲まされたり外に興味を抱かないよう意識を誘導されはしていたけれど、それも僕のことを思ってくれていたのだろうと納得できたのだ。
けれど、昨夜の話を聞いてしまうとその認識も揺らいでしまう。前世で僕を殺した彼女らだってその瞬間まではいい女友達と僕は思っていたのだ。ノワールさんだって裏で何を考えているかわからないし…………というかいくら僕のためでもやり過ぎのこと多くない? と考えてしまったのだ。
「もう何度も言ったことだけれど…………お姉さんはアキ君のこと、大好きよ? そういう意味ではアキ君を殺した女たちと変わらないとも、言えるわね」
そういってこちらを見るノワールさんの視線に僕の中で不安が膨れ上がって来る…………けれどそれを安心させるようにノワールさんは微笑む。
「ただ、前にも言ったけれど私はアキ君と末永い関係になりたいと思って、いるのね? だからアキ君に嘘は吐かないし後で失望されるような隠し事もしないわ」
末永い付き合いをしたいからこそ誠実に僕に接するのだとノワールさんは前にも言っていた。嘘や隠し事はいずればれてしまうものだからと。
「それにもしもお姉さんがアキ君に本性を隠しているのなら、そもそも疑われるような話をしないと、思わないかしら?」
「…………それもそうですね」
僕がノワールさんにまで疑いの目を向けてしまったのは前世での女友達たちが僕を殺した理由を知ったからだ…………けれどそれを教えてくれたのもノワールさんで、それを話す必要ができたのはマナカを説得しなければならなかったからだ。
だけどノワールさんの力であればそもそもマナカが島に到達しないようにだってできたように思う。殺すのはやり過ぎにしても例えば島を見つけられないように隠してしまうとか、海を荒れさせてマナカを別の場所に誘導するとかできただろう…………それをしなかったのはそれこそ彼女の言葉通り僕に誠実であるためだ。
僕が島を出ようとすることに協力はしないが妨害もしないとノワールさんは約束していたからこそ、その手掛かりになるであろうマナカの来訪も妨害しなかった。
「えっと、ごめんなさい……………その、疑ってしまって」
「いいのよ」
そう理解するとかなり失礼なことを言ってしまったと謝罪する僕に、ノワールさんは鷹揚に頷く。
「色々とアキ君にとっては好ましくない話だったのは確か、だものね。そんな風に思ってしまっても仕方ないと思うわよ」
やはりノワールさんは寛容だ…………しかしふとした疑問も浮かんでしまった。前世の彼女らやマナカの反応と比較するとノワールさんはあまりにも落ち着いている…………落ち着きすぎているように思える。
それがなぜかと考えると僕を独占できているのではないかと浮かんでしまうのだ。
前世で僕を殺した彼女らは互いに牽制しあっていて手が出せず、そのバランスが崩れた結果それまでの感情が暴走してあんな結果になったのではないかとノワールさんは推測した。
逆に言えばノワールさんは僕を独占できているからこそ安定しているともいえるのではないだろうか? 今しがた謝罪したばかりなのにそんな失礼な考えが浮かんでしまう。
そして一度考えてしまうと再び不安が心の奥底からせり上がってしまった。
「あの、もう一つだけ聞いても…………いいですか?」
「いいわよ」
明らかにまた失礼な質問をするであろう表情をした僕にノワールさんは優しく頷く。
「もしも僕がノワールさんにも納得してもらえる形で島を出る方法を見つけたら、どうしますか?」
今のところそんな方法を僕は見つけていないが、これから見つかる可能性は十分にあるだろう…………というかマナカを説得できればそれで解決できる。
もちろん僕の特定の異性に好かれる体質(?)とかそもそも島に出てやれることがあるのかという問題はあるけれど、出る努力それ自体を妨害しないとノワールさんは明言している。
いざその時が来ればノワールさんは見送るしかできないはずなのだ。
「その時は仕方ないからアキ君が帰って来るまで、ここで待つことにするわ」
「…………いいんですか?」
「妨害はしないと、約束したものね」
取り乱す様子もなくノワールさんはあっさりと答えた。それに拍子抜けしたような表情を浮かべる僕に彼女はおかしそうに頬を緩める。
「もっとお姉さんが取り乱したり慌てたりすると、思っていたの?」
「いえ、そこまでは思ってないですけど…………」
何かしらの負の反応があるのではないかと思ってはいた。
「お姉さんには時間が、あるからなのよ」
その答えとしてノワールさんはそんなことを口にする。
「アキ君と離れるのは寂しいけれど、アキ君はいつかお姉さんのところに戻って来てくれると信じているわ…………それを待つだけの時間が、お姉さんにはあるのね」
ノワールさんが普通の人間であれば僕が島の外へ出ることには焦ったかもしれない。なぜなら一度外に出たらどれくらいで僕が戻って来るかわからないからだ。
仮に魔王を倒したら戻って来るとしても、前回転生者たちが魔王に挑むまでには十年かかっている。もちろん前提条件が違うから同じ時間かかるかわからないけれど人間にとって十年は長いだろう。
その十年の間に様々な感情や環境には様々な変化が起こるもので、思いあった恋人同士であってもそれだけ離れていれば気持ちが離れてもおかしくはない。
しかしノワールさんは長命種でありさらに神の代行者として永遠に生きることができる。僕がどれだけ島の外に出ていても帰りを待つことができるし、その間に僕の方に気持ちの変化があったとしても関係の再構築をする時間もある…………むしろ彼女の言う末永いお付き合いのための必要な経験とさえ思っているのかもしれない。
もちろんそれはノワールさんだけではなく僕の方も長命種でなくては成立しない話だが、僕はノワールさんによって不老長寿の薬を飲まされて寿命の面では同等になっているのだ。
それこそ彼女は僕に対して寿命の違いで焦って醜態を見せないように不老長寿の薬を飲ませたのかもしれないと思う。
「納得、できたかしら?」
「…………はい」
ノワールさんと僕を殺した彼女らとどれくらい感情の差があるのかわからないが、少なくとも彼女にはそういった余裕があるから凶行に走る必要がないというのは安心材料だ。
僕はノワールさんを信用したいと思っているけれど、だからこそ信用するための材料は集めておかなくてはならない。
「それで本当にアキ君はこの島を、出ていくの?」
「え」
不意に尋ねられて僕はぽかんとする。
「もちろん今のは例えだってわかっているけれど、ね…………今のところそれがアキ君の目標、なのでしょう?」
「それは、はい」
自分の実力のなさだったりそもそも島の外へ出る方法だったり、そうした場合にあの町に掛ける迷惑の可能性など懸念要素はいくらでもあるしマナカの誘いにも躊躇してしまったりと僕自身の覚悟の問題もある。
しかしそれでもやはり同じ転生者として何かできることはないのだろうかという考えは変わっていない。その為にはやはりいずれ島の外へ出るしかないだろう。
「でもアキ君…………昨夜も言ったけれど島の外に出るのは、危険なのよ?」
「それは覚悟しています」
「…………そうじゃなくて、アキ君を好きになる人が増えて、しまうわよ?」
「あ」
忘れていた。僕は能力があって性格に難のある異性を惹きつけてしまうらしい。だから島の外へ出て大勢の人に接触するのは危険だと昨夜ノワールさんは言っていたのだ。
前世ほどでないにせよマナカと同じようなことが何度も起こると考えると、それは僕だけではなく周りにも多大な迷惑をかけることになるだろう。
「本当に、そんなに僕が惹きつけるん……でしょうか」
さっきも聞いたばかりになのに、思わず僕はまた同じことを尋ねてしまった。
「とっても、惹きつけるわね」
ノワールさんはそんな僕へと妖艶に…………とても熱のこもった視線を向けた。
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