三十四話 些細なことも片づけておくのは大切
「あ、おはようございます」
「おはよう、アキ君」
翌日の朝を迎えるとノワールさんが訪ねてきた。
「あまり眠れていない、ようかしら?」
「…………ええと、まあ」
覗き込むように僕を見るノワールさんへと正直に頷く。彼女とマナカとの話し合いがどうなっているか気になっているのもあったし、それがなくとも前世の僕の死因についてなどの衝撃的な事実が明らかになって落ち着いて眠れなかったのだ。
「もう少し遅く着た方が良かった、かしら?」
「いえ、結果を早く教えてもえらえるのは助かります」
出なければ結局気持ちが落ち着かず満足に休むことができない。そういえば朝ごはんもまだだったなと思いだす。
「ノワールさんは朝ご飯を食べましたか?」
「今日はまだ、ね」
「それなら用意するので少し待ってもらえますか?」
「…………いいの、かしら?」
「はい、せっかくなので」
基本的に僕のほうから訪ねることが多いのでこれまでノワールさんに朝食を振舞う機会はなかった。ささやかではあるけれど日頃からお世話になっているのだし少しくらい恩を返しておくべきだろう。
問題は昨日の二人の話し合いの結果如何では朝食の味を損ねることになるわけだけど、そこはノワールさんであればそう悪いことにはしていないだろうと信頼していた…………信頼して、いいはずだ。
「それじゃあお願い、するわね」
「はい、少し待っていてください」
嬉しそうに微笑むノワールさんに、僕の眠気は少し晴れた。
◇
「簡単なものですけど」
普段は一人でしか食事しないけれど幸いにして椅子と机は足りていた。机は普段作業にも使うものだから大きめだし、椅子は予備がいくつか作ってあった。基本的に自給自足の生活なので余裕のある時に予備を作っておかないといざ壊れた時に困るのだ。
「ありがとう、ね」
お礼を言うノワールさんの前に置かれているのは本当に簡単な朝食だ。エッグトーストに裏庭で取れた果樹を切り分けたもの。
卵は前回町に行った時に町長さんからお土産にと渡されたもので、これが少し自慢なのだけれどトマトのような野菜から作ったケチャップもどきをかけてある。
僕は前世からこの昼食が一番好きなのだ。簡単だし。
「うん、美味しいわ」
「よかったです」
お世辞ではなく顔をほころばせるノワールさんに僕はほっと一息吐く。自分の好きなものを人に勧める時はそれが否定される不安と対面することになる。しかし好意的な反応が返って来ればその不安も消えて相手と自分の好みを共有できたという喜びを覚えるのだ…………うん、美味しい。ノワールさんの反応を確認してから僕も自分の分の朝食を食べ始めた。
「それで、昨日どうなったか聞いていいですか?」
お互いそれなりに食べ進めたところで僕は話を切り出す。全部食べて終えてからのほうが行儀はいいのかもしれないけれど、僕は食事をしながら誰かと話すのが割と好きだった。今世では基本的に食事は一人で済ませていたから偶の機会くらい行儀が悪くてもいいだろう。
「最初に言っておくけれど、アキ君が不安に思っているようなことは起こって、いないわね…………マナカとはちゃんと穏便に話し合いが済んだわ」
「そうですか」
ノワールさんを信用していなかったわけではないけど僕は安堵する。
「そもそも発端は彼女の勘違い、だったわけだしね」
「…………そうですね」
僕がマナカを洗脳したと勘違いされたことがそもそもの騒動の発端だ。もちろんそれは事実ではなかったのだけれど、僕についてそれはそれで納得しがたい事実が浮き彫りになったというか知ってしまったのも事実だった。
「そのことでアキ君にお詫びもしたいからと今日も尋ねてくる、予定よ」
「あ、ええと…………」
彼女と顔を合わせるのは少しばかり気まずい。
「ちゃんと会ってあげないと、駄目よ? 私としてもこのまま会わないで後で本当は森の中にマナカを埋めたのだと勘違いされても、困るからね」
「…………そんな勘違いしませんよ」
いくら何でもそれはノワールさんを信用してなさすぎる。
「疑いの目は早めに摘んでおかないと取り返しがつかなく、なるものよ?」
確かに今後マナカに会う機会が二度とないとしたら、僕が長い年月が過ぎてからふとノワールさんを疑う可能性もあるかもしれない。そしてその頃には確認しようにも時間が経ちすぎていて疑いを晴らすのも難しくなる。
マナカが生きていれば見つけ出すことで潔白も晴らしようがあるが、もしも別の理由で死んでしまっていたらどうしようもない。
「それに今後の話も、あるようね」
「今後の話…………ですか」
昼にノワールさんの家で話した時にはマナカが僕を島の外へと勧誘した。その時はノワールさんの介入もあってうやむやになったけど…………僕の認識もその時とは変わっている。
「あの、ノワールさん?」
少しばかりの勇気と期待を胸に僕はノワールさんを見る。
「なにかしら?」
「その…………昨日の夜の話って、本当ですか?」
「夜のどの辺りの話を、聞いているのかしら?」
「…………」
わかっているのかあえてなのかノワールさんが尋ね返してくる。
「その、僕に特定の異性が惹きつけられるという……話です」
ノワールさんの話によれば僕の前世の女友達であった彼女らも、それが故で僕を殺したというのだ。正直に言えば信じたい話ではなかった。
「本当よ」
溜めることもなくただ簡潔にはっきりとノワールさんは告げた。
「アキ君が信じたくないのは、わかるけれど…………事実から目を背けるのは、良くないわね」
目を背けたところで現実の方が変わらないのだから意味はない。それは僕自身もわかっているけれど。出来れば現実であってほしくなかった…………前世で僕を彼女たちが僕のことをこれ以上ないくらいに好きだった?
今更分かったところでこれほど嬉しくない事実はないように思う。ただただ余計に理不尽にしか思えない。
前世のトラウマからは立ち直ったつもりだったのに、それが鮮明に蘇ってくるようだった。
「ノワールさんは…………信じていいん、ですよね?」
急に湧いてきた不安に駆られて僕は思わずそんなことを尋ねる。前世での女友達であった彼女らが僕に惹かれた結果としてああなったというのなら、それと同じことがこの世界でも起こらないという保証はない。
そして目の前にいるノワールさんも…………僕に惹かれた一人であるはずなのだ。
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