三十三話 誰かを好きになることの是非
「…………はあ」
私に協力すると頷いてマナカは再び大きなため息を吐いた。それは先ほどの気が抜けたようなものと違い自己嫌悪のような雰囲気を覚えるものだった。
「どうか、したのかしら?」
「…………ちょっと自己嫌悪をしてるだけですよ」
「あなたには選択肢が元からなかった、ようなものよ?」
私が与えなかったわけではあるが、アキ君に会った時点でマナカは詰んでいたのも事実だ。
「でもそれも結局全部私が彼を好きになってしまったのが要因なので…………自分が容姿で惚れちゃうような安い人間だったと思ってしまっているだけです」
なるほど、マナカはそういう認識なのねと私は思う。
「相手への好意に容姿が含まれるのは別に問題ないと、思うわよ?」
もちろん内面を重視することが悪いとは言わないが、仮にその内面に好意を抱いても容姿が生理的嫌悪をもたらすようなものであったなら恋愛感情を抱くのは難しいだろう。それだけで相手を忌避することはしないにしても、それが大きなマイナス要因であることも事実なのだ。
「それに、別にあなたは外見だけでアキ君に惹かれたわけじゃ、ないのよ?」
「…………それ以外に彼を好きになるほど関わってないんですけど」
返答は敬語になっても私の言葉を唯々諾々《いいだくだく》と受け入れるわけではない。諦めてもなお自分で考える意思を残している辺り本当にマナカは骨がある。
「アキ君に惹かれやすいのは能力のある女と、言ったわよね? 相手を見定める能力も高いからこそ、無意識に外見を含めたその内面や魂の形などすらも感じ取って判断してしまうの。言うなればアキ君の全てを含めた存在そのものに、惹かれてしまうのよ」
ただそれは無意識であり意識的にやったわけではない。だから自分は外見だけに惹かれてしまったと勘違いしてしまうのだ。
「存在そのものに…………でもそれって相手の外見だけを好きになったのとあんまり変わらないんじゃないですか?」
マナカはまだ納得しないようだった。私に打ちのめされたことで真面目にあろうとしていた性格が少し捻くれたのかもしれない。
「つまるところ、あなたは一目惚れに否定的、なのかしら?」
「…………そうかもしれません」
マナカはそれを認める。恐らくだが彼女にとって恋愛とはとても重いものなのだろう。だからそこに到達するまでの過程を重要視していて、それゆえに一目惚れというものが安易で軽いものに感じられてしまう。
「一目惚れというのは直感的な相手との相性判断のような、ものよ。相手が自分のパートナーにふさわしいと効率よく判断できたのなら、後は仲を深めるだけでしょう?」
長く相手と共に過ごせないとそれが判断できないのは相手を測る能力が足りないからだ。無駄な相手と時間を浪費せずにすむのだから、一目惚れという相性判断は有用だと私は思う。
「私はそこまで割り切って考えられません」
「乙女、なのね」
「!?」
私が呟くとマナカは顔を真っ赤に染めた。
「べ、別に恋愛に憧れとかそんな抱いてないわよ!」
抱いているらしい。
「別にそんなに恥ずかしがるようなことじゃないと、思うけど」
「だから違うの!」
アキ君への恋心は認めたのにそこは認められないのが不思議だ。
「まあ、いいのだけど」
マナカがそれを認めようが認めまいが影響はない。ただ私が面白いだけだ。
「一目惚れが嫌だというのなら、これから改めてアキ君の良いところを確認していけば、いいだけなのよ」
「…………あなたはそれでいいんですか?」
少し落ち着いたのか敬語に戻してマナカが尋ねる。
「いいって、なにがかしら?」
「今の口ぶりだと私が彼とその…………仲良くなることを止めないみたい、ですけど」
「止めない、わね」
私はそれを肯定する。
「それとも止めて、欲しいのかしら?」
「…………」
私が尋ねるとマナカは沈黙する。一目惚れしたことに対しては複雑でもアキ君に対する感情は本物なのだ。それこそ彼を殺してまで独占したいほどに惹かれる感情なのだから、私が止まれと言っても止まりたいはずがない…………彼我の実力差を理解した今であっても、だ。
「安心して、いいのよ。私はあなたがアキ君と接することを止めはしないわ。いずれにせよアキ君を説得するなら完全に接触しないわけにも、いかないしね」
しかしそんな私の言葉にマナカはほっとするわけでもなく訝しげな表情になる。最初に尋ねた疑問の答えになっていないと言いたげだ。
「あなたは彼を独占したくはないんですか?」
だからなのかマナカは質問の言葉をより直球的に変えた。
「もちろん、したいわよ?」
したいに決まっている。もしも私に自身の力を万全に振るう自由があったなら、この世からアキ君に好意を寄せる可能性のある全ての女を消し去っていたことだろう…………しかし私にはそんな自由はないし、少なくとも今やるべきことではない。
「でもまだアキ君はそれを許してくれない、それだけのことよ」
私はアキ君と末永い関係を築きたいのだ。今彼を独占したところでそれは私のことをアキ君が重荷に思うだけだろう…………だからいずれアキ君が私以外の異性など必要ないと思ってくれるまで自重しなくてはいけないのだ。
もちろんアキ君に気づかれない範囲であれば、いらない異性を近づけるつもりはないけれど。
「それであなたは耐えられるんですか?」
「ああアキ君の前世のことを警戒して、いるのね」
アキ君の前世での死因は彼に惹かれた女たちの争いに巻き込まれてのものだ。恐らく個々人の能力が無駄に高かったせいで、抜け駆けを許さない牽制のしあいがひたすらに続いて感情がこじれたのだと思うのだけど…………それで私も同じようになると思われるのは心外だ。
「耐えられないならあなたをとっくに殺して、いるわ」
そもそもこの島に接近していた時点でマナカの存在には気づいていたのだ。その時点で殺して海に沈めてしまえばアキ君に気づかれるようなこともなかったはずだ…………そうしていれば今マナカの説得などもする必要はなかった。
ただ長い目で見ればマナカは生かした方が私とアキ君に有用だと思えたし、彼女がアキ君と接していても問題なく耐えられると判断したから生かしたのだ。
「私は最終的にアキ君が私を一番に選んでくれれば、それでいいの」
これは私が長命種であるからなのだろうけど、基本的に今よりも未来を重視する。長く生きるからこそ今を優先したがための将来の歪みが見えてしまうのだ…………だから私は急がず確実にアキ君を手に入れる道を選ぶ。その為であれば多少の苦渋は飲み込めるのだ。
「それよりもあなたの方こそ、大丈夫なのかしら?」
「…………問題ありませんよ」
渋い顔でマナカは頷く。納得しているわけではないが、それで私に対して憎悪や憤りを抱いている様子もない…………念入りに心を負ったかいがあったというものだろう。
「それなら、いいわ」
私は納得したと示すように頷いてみせる。
「それじゃあ夜も更けてきたし今日はお開きにしましょうか…………あなたは今晩の宿はどうするの、かしら?」
そう尋ねて私はマナカを見る。
「私の家に泊めてあげて…………女子会? というものを、してもいいのだけど」
「町に戻ります」
即断だった。
「そう、残念ね」
私は呟いて、逃げるように去っていくマナカの背中を見送った。
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