三十一話 同じものを見て違うものを見出す
私の指摘したその事実が未来を想像させたのだろう。絶望したような表情をマナカが浮かべる。その反応が面白くて私は少し彼女のことを好きになった…………打てば響く女だ。利用して使い捨てるのは少しもったいないかもしれないと思う。
「べ、別に私が島を出ても彼と別れるとは…………限りませんよね」
そんなことを考えていると持ち直した表情でマナカが私を見る。回復が早いというか感情で思考停止しないようにしているのだろう…………恐らくあれから与えられた力で自身の中の冷静さというものを固定しているのだ。それで常に状況を打開する道を思考し、前に進めるように奮起している。
「つまりアキ君を島の外へと連れていく、ということかしら?」
たっぷりと威圧感を込めて私は尋ねる。それだけで息の詰まったような表情をマナカは浮かべた。
それこそ常人であればショックで心臓が止まる可能性だってあるレベルの威圧なのだから、狼狽すらせずにそれで留まったのはよく耐えているといえる。
「彼がそれを望めばあなたは、止められませんよね?」
反論の言葉まで口にする…………しかし残念ながらそれは間違いだ。
「止められるわよ?」
「えっ!?」
あっさりと返した私の言葉にマナカは今度こそ狼狽したように見えた。
「勘違いしているみたいだから訂正しておくけど、私は別にアキ君のすること全てを肯定するわけでは、ないのよ?」
なぜならそれは健全な関係ではない。私は彼の召使になりたいのではなく対等のパートナーになりたいのだ…………愛し慈しみ合いながら末永く暮らせる関係というのはそういうものだろう。
「私はアキ君のしたいことを問答無用で止める気はないけれど、それが間違っていると思ったならきちんと説得して、止めるわよ?」
将来的な関係に水を差すような真似は控えるというだけだ。それがきちんとした話し合いであるのならアキ君に嫌われることはない。
「それならば、あなたのその説得を上回ればいいだけですよね」
結局のところ私がアキ君に嫌われるようなことができないのは変わらない。それを理解したからかマナカは平静を取り戻しつつあるように見えた。
真っ当な方法でアキ君さえ押さえてしまえば私は手出しできないし、うまくやれば私という強大な戦力を引き込めると自身の本来の目的も果たす算段すらしているようだった…………しかし彼女は重大な事実を見落としている。
もしくは認識していてもそれを深刻に捉えていないのだろう。
「ひとつ、忘れているわね」
だから私はそれを指摘する。
「アキ君が好かれるのは私やあなただけでは、ないのよ?」
もちろん誰も彼もがアキ君を好きになるわけではないし、数だけ見ればそれほど多いわけでもないだろう。しかし島の外に出れば当然相対する人の数も多くなる…………そうなればその中にアキ君を好きになる人間は必ずいるはずだ。
「そんなことは理解しているわ…………別に他の誰が彼を好きになったところでそれは止めるようなものでもないでしょう?」
そう答えながらもマナカは不快そうな表情を浮かべていた。確かに誰かが誰かを好きになることそれ自体は咎められるものではない。
もちろん既婚者など別の人間を好きになることが好ましくない者は存在するが、それが問題になるのは今の立場を顧みずに行動を起こした場合であって好きになることそれ自体が問題になることはない。
ただそれでも不快そうな表情になってしまうのは、すでにマナカがアキ君に対して独占欲のようなものを抱いてしまっているからだろう。
「あなたは聞いていた、はずよね? アキ君の前世での死因を」
「それは…………」
あの時マナカは私の作った木の根の牢に囚われていたが、外の音は聞こえるようにしていたし反応もちゃんと見せていたのだから聞いていないはずがない。
「あなたはアキ君をこの世界でも同じ死に方をさせる、つもりかしら?」
はっきり言ってアキ君がこれまで平穏無事に暮らせていたのはこの島で顔合わせていたのが私だけだったからだ。多くの人に接触すればその中からアキ君を好きになる女が出て、その数が増えれば増えるほど彼をめぐっての争いが起きやすくなる…………それが最悪の形となればアキ君が巻き添えになってしまうことだろう。
「いざとなれば私が守ります」
「…………私の話を聞いて、いなかったのかしら?」
まだマナカは理解できていない。
「アキ君に惹かれるのは能力が高くて性格に難のある女と言ったはず、なのよね。私が思うにあなたが連れて行こうとしている場所はそういう女が多いんじゃ、ないかしら?」
「…………」
私の指摘にマナカが顔をしかめる。次回の魔王討伐を成功させる戦力を彼女は集めているのだ。つまるところその拠点にはそういって集められたこの世界の実力者や転生者たちが集まることになるだろう。
もちろんその全員が女ではないしアキ君に惹かれるというわけでもないだろう。しかしそれが数人であっても、魔王に挑めるような実力を持つ者が一人の人間を巡って争い合うとなればどんな惨事が引き起こされるか。
初手で実力行使に出るならまだ事は単純で済むが、なまじ能力が高いだけあってまずは謀略の仕掛け合いとなるだろう…………下手をすればそれで国家連合が瓦解する可能性もあり得る。
「…………あなたが付いてきてくれれば」
「残念だけど私は、いけないわね」
そう来るだろうと思っていたが私の答えは決まっている。
「仮にあなたがアキ君をうまく説得したなら私は諦めるつもり、なのよね」
その時は拘泥せずにアキ君を見送るつもりだ。
「…………彼のことが好きなんじゃないんですか?」
「好きよ」
私は答える。
「だからその時はずっと待つつもり…………ここでアキ君が帰って、来るのをね」
長命種である私には時間があり、不老長寿の妙薬を盛ったアキ君にも同じ時間がある。彼が外に出れば恐らくほぼ間違いなく私の危惧した事態は起こるだろう…………そうして彼が私という存在のありがたみに気づくだろうからそれならそれでいいのだ。
仮にアキ君の命がそれで危険にさらされるのだとしても、私であればこの島からであっても彼の命を守ることは出来る。その一点さえ確保できているなら少しばかり…………いや、かなり私が寂しい思いをするだけで得られるものとしては悪くない。
「…………」
私の言葉を疑っているのか、それとも私のようにアキ君と離れるという選択肢を取れないことに情けなさを覚えているのかマナカが押し黙る。しかしいつまでも黙っていられても困るので私は話を進めることにした。
「それより、あなたこそいいの?」
「…………なにがですか」
「本当にアキ君を連れ出してしまって、という話よ」
「あなたの懸念なら…………」
「今しているのはアキ君じゃなくてあなた自身の話、なのよね」
「どういうことです?」
私の意図がわからずマナカが眉を顰める。
「今代の魔王は女、なのよね?」
世間に知られている話ではないが、直接見ているマナカであれば知っているはずだ。
「それが、どうかしたんですか?」
マナカにとっては倒すべき敵であって性別など関係ないのだろう…………しかし、だ。
「もしも魔王がアキ君を見染めたら、あなたはどうするのかしら?」
神やその代行者である私すらアキ君は惹きつけたのだ。
魔王すらも惹きつけたとしても、それは全くおかしくないだろう。
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