三十話 事実を認めるだけでも割と覚悟がいる
私が転生したこの世界において魔力というのは万能の力だった。魔力を用いて構築される魔術はあらゆる現象を引き起こせるし、魔術に限らずとも、例えば戦士であれば魔力そのものをエネルギー源として本来ありえないような力を発揮する。
前世の世界では人のできることは物理法則を超えることはなかったが、この世界においては魔力によって物理法則を超えた現象を簡単に引き起こせるのだ。
つまり、魔力とはこの世界における強さを示すわかりやすい指標だった。
どれだけ精巧で高度な魔術を構築することができるのだとしても、そのエネルギー源である魔力が少なければ大した現象は引き起こせない。逆に魔術を構築する力を持たずとも膨大な魔力をその身に秘めていれば身体強化だけで大地を割ることだってできるだろう。
ゆえにこの世界の戦いにおいて戦闘前に相手の保有する魔力量を測るのは常識だ。相手の魔力量がわかれば概ね使える力の大きさも想定できる。
だから逆に相手に魔力量を図らせない技術というのも大切だ。保有する魔力量を誤認させることができれば、例え相手が格上であっても隙をつくことができる可能性だって生まれるのだから。
で、あるから私はノワールとアキに会った時にも魔力を測った。もちろんそれは戦闘行為ともとられるかもしれない行為だから気づかれないよう軽く測った程度ではある。それでわかったのがノワールは私と同じか少し多いくらい、アキのそれは一般人とそれほど変わらないくらいだということだった。
もちろん魔力を測られないように隠している可能性は考えていた。だからこそアキのことも疑ったのだし、ノワールほどの強者であれば魔力を隠していないはずがないと思ってはいた…………しかしこれは想定外だ。私はノワールから放出された魔力にあてられて身動きすらできなかった。
「あなた、何者…………なの?」
辛うじて尋ねられたのはそれだけだ。私の感覚が確かなら…………いや、多少鈍っていたところで関係がない。どう考えてもこの魔力量は私たちが挑んで敗れた魔王よりも多い。彼女であれば片手間に魔王を倒してしまえるのではと想像できるくらいには。
「ただの隠遁した長命種、なのよね」
嘘だ。そんなのは聞くまでもなく嘘だとわかる。
「馬鹿に、しないでください」
「あらこういう冗談は、嫌いかしら?」
くすくすとノワールが嗤う…………駄目だ。怒るべきだとわかっているのに私はすでに屈服してしまっている。何をしても無駄だと本能が理解してしまっているから馬鹿にされても怒りすらわいてこない。
仮に今から彼女が私を殺そうとしても、多分私は抵抗せずにそれを受け入れてしまうだろう。
「これで、わかったかしら?」
そんな私に彼女が不意に問いかける…………その意図がわからずに私はただ彼女の視線を見返すことしかできなかった。
「アキ君が洗脳の力なんて使っていなかった、ことなのよ」
「あ」
完全にそんなもの意識から飛んでいた。しかしそれはその通りでこれだけの力を持った相手にいくら何でも洗脳が通じるはずもない。
確かに洗脳系はジャイアントキリングを起こせる可能性がある力だが、それでも相手が強者であればあるほど成功する可能性は下がっていくわけで…………彼女相手であれば限りなくゼロに近いだろうというかゼロだろうと思える。
「そんなのことの確認のため、に?」
しかし私の疑問はそれに尽きる。ここに来る前の時点で概ね私はアキが洗脳系の力の持ち主ではないと納得させられていた。それなのにここであえて隠していた力を見せてまで改めてそのことを私に納得させる理由がわからない。
「ほら完全に認めないと…………言い訳ができて、しまうでしょう?」
「…………」
つまりこの期に及んでも私が自分の感情を認めない可能性を潰したかったということらしい…………たったそれだけのために私の心を折りに来たのか、この女は。
「私は洗脳などされておらず純粋に彼に惹かれています…………これでいいですか?」
「はい、よくできました」
顔をしかめながら口にする私に、まるで子供を褒める様に声をかける…………屈辱だが、どうにもならないという諦めの感情しか浮かんでこなかった。
「それであなたは、これからどうするのかしら?」
「は?」
私をどうするかという話ではなく、私自身がどうするか…………この状況で私に選択の自由与える? 私の行動の自由を潰す意味もかねて力の差を理解させたのではないのだろうか。
「あなたの考えていることは間違って、いないわよ」
そんな私を見て彼女が言う。
「私があえてお前に力を見せたのは格の違いを分からせてお前の取れる選択肢を狭めるためでもある…………しかしその後のお前の行動を縛るつもりはない」
冷淡な、それが恐らく彼女の素なのであろう口調でノワールは告げた。
「なんでそんな配慮を、してくれるんですか?」
はっきり言ってノワールにとって私は降って湧いて出た邪魔者でしかないだろう。そんなもの消し去って排除する方が彼女にとっては簡単なはずなのに。
「確かに私にとってはお前を消してしまうのが一番面倒はない…………だが、そんなことをしたらアキ君に、嫌われてしまうでしょう?」
口調を戻して彼女が微笑む。それは私に対してではなく、思い人を思い浮かべることで不条理な感情を宥めているようにも私には見えた。
「なんでそこまで、彼のことを好きなんですか?」
「あら、あなたがそれを言うのかしら?」
おかしそうに彼女が私を見る。
「大切な仲間たちから託された思いすら全部捨ててしまってもいいとすら、あなたは思ってしまったのよね?」
「っ!?」
改めてその事実を指摘されて私の心が抉られたような痛みを覚える…………なぜならその感情はまだ私の内にあるのだ。
元々私だって人間だから感情はある。仲間たちから託された思いは大切なものではあるけれど、同時に重荷と思う感情だってあるのだ。
ただこれまでその感情は仲間たちから託された思いを果たしたいという私の決意を上回るものではなかった…………しかしアキに出会ってしまったことで彼に対して抱いた感情は重荷と思う方の感情へと結びついてしまった。
つまるところ、私はアキへの恋心を理由にして逃げたいと思ってしまっているのだ。
冷静に分析すると最低だ。それではアキにも散っていった仲間たちに対しても不義理を働いている。しかも結びついた感情が大きいせいか、気を抜けばそちらに引きずり込まれてしまいそうになってしまう。
「私は、そこまで無責任な人間にはなれません」
必死で抑えつけている手を払いのけようとする感情をより深くに押し込むために、私は決意を言葉にするように口にする。目を背けたところで現実が消えてなくなるわけではない。
例え全てに目を瞑って恋に走ったとしても、現実はいずれ追いついて私の背中を刺すだろう…………だからまず私は背負ったものを果たさなければならない。
「ふうん…………なかなか気骨が、あるのね」
そんな私をノワールは感心したように見つめる…………けれどすぐにいやらしくその唇が吊り上がった。だからこそ、それを崩すのが楽しいのだとでもいうように。
「それならあなたは早いうちにこの島を出なくては、ならないわね」
それはそうだ。私には果たすべき使命がある。その為にはこの島にずっといるわけには行かない。ノワールが協力してくれないのであれば別の戦力を見つけなくてはいけないのだから。
「アキ君とも、お別れね」
しかしそんな私の決意をあっさりとノワールのその言葉が打ち砕く。
そのことを想像するだけで、奈落に落ちたように私の心が黒く染まった。
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