二十八話 望んで無くても止められないものはある
「えっと、どういうことですか?」
僕はノワールさんへと尋ねる。彼女が僕のことを好きというのはもう何度も伝えて貰っているので恥ずかしくはあるが既知の事実だ…………しかしそれと同じ感情をマナカが僕に抱いているというのはよくわからない。
彼女とは今日初めて会ったばかりでしかも碌な会話も交わしていないはずなのだ。
「つまり一目惚れ、というやつなのよ」
「…………えぇ?」
僕はますます困惑する。つまりマナカは僕に一目惚れしたのだけど、それが洗脳などの能力によるものと思って僕を殺そうとしたということなのだろうか…………極端すぎる。
「いくら何でもそれくらいで相手を殺そうとしますか?」
マナカは魔王討伐に参加したほどの実戦経験者だから、恐らく洗脳系の能力をもった敵との経験もあるのだろう。しかしだからって一目惚れしたくらいで洗脳を疑って殺しにかかるのはあまりに反応が過敏すぎるように思う。
「それはね、アキ君…………それこそ洗脳を疑ってしまうくらいアキ君へ強い好意を抱いてしまった、からなのよ。それこそこれまでの価値観を覆される、くらいにね」
「えぇ」
それこそありえない話だろうと僕は思わずマナカを見るが、彼女からキッと睨みつけて返された。今のノワールさんの話を聞いた後だとそれも僕への好意を誤魔化すように敵意を向けているように見えるけれど…………本当に?
「でも僕は別にそんなに整った容姿でもないと思いますけど」
悪い、とも思わないがまあ普通の容姿だと僕は判断している。実際僕の前世の友人には性格のいいイケメンがいたので女子は僕を素通りして彼の方へと吸い寄せられていた…………その代わり僕も女友達であれば少なくなかったけど、その彼女らに僕は殺されたわけでもある。
「アキ君。人の容姿なんて結局は好みの問題、なのよ?」
「まあ、それはそうかもしれませんけど…………」
美醜というのは結局のところその時代時代の人々の好みの平均値だ。一昔前で美人とされていた人を現代の人が見ても美人だと思えないように、その時々の流行による影響がある。
しかし時代関係なく他の人が美人だと思う人間を美人と思えない人もいるわけで、それらはあくまで全体的な傾向であって結局は当人の好みの問題になるのだ。
「そんな、そんなはずはないわ!」
けれどそれを否定するようにマナカが叫ぶ。
「一目惚れなどあるはずないの! 私があの時抱いたあの気持ちがそんなもので揺らぐはずがないんだから!」
「ああ、そうなのね」
納得したようにノワールさんがマナカを見る。
「あなたは揺らいで大切にしていたはずの気持ちを忘れたいとすら思って、しまったのね」
「っ!?」
マナカが必死で否定したはずのものをノワールさんは口にする。
「死んだ仲間たちに託された思いでも、あるのね…………でも、そんな思いすらもなかったことにしてアキ君と一緒にいたいと思って、しまったのね?」
「言うなぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫と同時にマナカが木の根の牢を破ろうと暴れる音がする…………しかしノワールさんの作り出したそれは全く揺らぎすらしない。マナカの感情のままの衝動を完全に抑え込んで外へと漏らさなかった。
「あのでもやっぱり、おかしいですよ」
いくら何でもと僕は思う。確かに恋愛感情は人の行動を大きく左右させるものではある。
しかし恋愛で勉強に身が入らなくなって受験を失敗なんてことはあっても、魔王討伐で散った仲間たちから託された思いを捨てるなんてことにはならないだろうと思うのだ…………少なくともマナカはそんな無責任な人間ではないように見える。
「それはね、アキ君が特別、だからなのよね」
「…………僕は本当にあの神様から何の力も貰っていないですよ?」
本当は貰っていてのノワールさんにも隠しているわけではない。
「だからそれはアキ君が元から持っているもの、なのね」
「いや僕は前の世界ではごく普通の人間でしたよ」
勉強はできた方だし運動神経も悪くはなかったが、突出して高かったわけでもない。前の世界には魔術などの特別な力は存在しなかったと思うけれど、仮に知らないだけで存在していたとしても僕がそうでなかったのだけは確かだ。
「別にアキ君が何か特別な力を持っているというわけでは、ないわ」
「え、それじゃあ」
「アキ君が特別な存在というだけ、なのよね」
ますます意味が分からない。
「だからつまりね、アキ君は特定の異性に対してものすごく惹きつける存在である、ということなのよね」
「…………」
ええとつまりどんな容姿に惹かれるかは結局個々人の好みであって、その理屈からすると平凡と思っていた僕の容姿にものすごく刺さる人がいると。
「えっと、それだけですか?」
「それだけよ?」
それの何が特別なのか僕にはよくわからない。
「特別、よ。なにせ、あれ…………この世界の神ですらアキ君の存在は奇跡と評した、のだからね」
「…………えっと、もしかして奇跡の造形ってやつですか?」
あの少女の神に会ってからもう十年も経っているからうろ覚えだが、僕を見てそんなようなことを彼女が言っていた気がする。
「そう、アキ君はね……神にすら好意を抱かれているような造形を、しているのね」
「…………そう、なんですか?」
そんなこと言われても自分ではよくわからない。前世でだってそんなに誰かに好かれているような印象を覚えたことはなかったのだ。
「あら、アキ君には心当たりが、あるはずよ?」
「え」
そんな覚えはないと思い返したばかりなのに。
「前世でのアキ君の死因はなんだった、かしら?」
「それは…………殺されたんです」
「女友達に、よね? それも複数の」
「…………そうですけど」
あまり思い出したくない記憶だ…………僕は複数の女友達に寄ってたかって殺されたのだ。彼女らは競うように奪い合うように僕の体を切り分けていって…………僕は死んだ。鮮烈に刻み込まれたその記憶は今でも色あせてくれない。
「あなたの友達はなんでアキ君を殺したんだと、思う?」
「…………わかりません」
僕は首を振る。殺されそうになった時も、殺されてからもずっとその理由は謎のままでわからない。本当にあの時まで彼女らとはいい友達であったはずなのだ。僕を憎んでいるような素振りなんてまるでなかった。
「本当にわからないの、かしら?」
「…………」
僕は押し黙る。話の流れからすればノワールさんが言わんとしている答えは想像がつく。だけどそれを僕自身で口にしたくはないし、それにやっぱりそうだとは思えないのだ。
「その子たちはアキ君をとても愛していたのだと、思うわね。だから誰にも渡さないようにしてしまったのだと思うわ」
それでもノワールさんは僕に告げる、僕の求めていなかった答えを。
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