二十七話 どうしようもない存在は本当にどうしようもない
「…………仕方ない、かしら」
できれば最後まで気づいて欲しくなかったけれど、アキ君は気づいてしまった。それは躊躇半端にアキ君が外の音を拾えるようにしておいたせいなのだけど、しかし完全にアキ君が外の状況がわからない状況でマナカを殺してしまうとアキ君から妙な疑いを抱かれかねない。
だからそれはやむを得ない配慮ではあったのだけど、それで止められてしまったのは残念だ…………邪魔者を排除するにはちょうどいい機会だったのに。
まあ、マナカをここで殺せないならそれはそれで使い道はある。私からの説得では納得しきれなくても、現場の人間から説得されればアキ君も島を出ることを諦めるかもしれない…………それにアキ君もそろそろ自分という存在について知っておいてもいい頃だ。
「仕方ないから優しく優しくその勘違いを解いて、あげるわね」
魔王との戦いを生き延びたのだからマナカも転生者の中では優秀な方なのだろう。しかしあれの与える力は基本的にその使命を果たすには足りない。
今回であれば転生者たちは単独で魔王を倒せるような力を与えられてはいないはず…………足りない分は努力や成長で埋めろというのがあの女の方針なのだ。その過程を見物するのが好きであるがゆえに。
だから、マナカが私に勝つことはない。私があれに与えられた力はこの世界のあらゆる危機に対処できるレベルのものなのだ。もちろんその力を使うには制約があるけれど、新たにあの神が与えてきた義務によってアキ君を守るためであればそれも自由に使える。
「使わない、けれどね」
小さく呟く。なぜならそれを使うとマナカを殺してしまう可能性が高い。アキ君を怖がらせることにもなってしまうし、彼女程度を抑え込むのであればあれに与えられた力でなくとも問題はない。
あれから与えられた力にだけあぐらをかくことはなく、私は生まれてからずっと持っていた力も研鑽し続けていたのだから。
「とりあえず、動かないでもらおうかしら」
使い慣れた植物を操る魔術はもはや呪文を口にする必要もなく念じただけで発動できる。この島の隅々まで私の魔力は浸透していて新しく魔力を通す必要もない。地中から突き出た無数の樹の根がマナカを拘束しようと蠢いた。
「こんなもの!」
気勢を吐いてマナカが両手を振るうがその程度で私の操る木の根を斬ることなどできない…………が、触れられた端から木の根の動きが止まる。私の魔術が切れたわけではなく単純に触れられた個所から一定範囲が操れなくなったのだ。
しかもその部分は力失うわけでもなくマナカを絡み取ろうとしたその状態で固まっている…………固まる、固定。私はマナカが与えられた力のおおよその効果を理解する。それであればアキ君のように不老長寿にならずとも年齢を維持することも可能だろう。
「はぁあっ!」
固定された木の根をすり抜けるようにマナカが跳躍する…………跳んだ先は当然私だ。振りかぶられた拳にはドラゴン辺りであれば一撃で殴り殺せるような力が込められているように見える。
しかし彼女に私を殺す気はないようだし、そもそもその一撃を受けても私は死なないと判断しているのだろう…………残念ながら過小評価だ。
彼女は自分が私の圧倒的格下であるということを理解できていない。転生者はとりわけ自分が絶対的強者であると思い込み他者の実力を甘く見積もることが多いが、魔王討伐という敗戦を生き延びても彼女からその傾向は消え切っていないようだ。
「残念だけど」
一瞬にして伸びた木の根が私の眼前を壁となって覆い隠す。構わずマナカはその壁に拳を叩きつけたようだが破ることなどできない。
そもそも私の操る木は頑強に強化されているのに加えて、衝撃そのものを全体に散らす効果を持たせている…………どれだけその右手を頑強に固定しようが木に触れた瞬間に勢いを失うのでは貫くことなどできるはずもない。
「無駄、なのよね」
そして彼女が木の壁へと拳を叩き込んだその瞬間に、その周囲から同時に生えた木の根が彼女の周囲を覆い尽くした。今度は直接彼女を捕らえるのではなく木の根のドームで牢獄を作り上げた形だ。
「こんなもの!」
即座に天音は木の根のドームを破壊しようとするが無駄なこと。単純な破壊は不可能だし固定するという彼女の力は自身を囲う牢獄に対しては無意味だ。脱出を阻む木の根の壁を固定したところで余計に脱出し難くなるだけである。
「もうどうしようも、ないわよね?」
私は尋ねるが代わりに彼女は木の根へと拳を叩きつけた…………先ほどよりも威力が上がっている。なるほど。強化魔術を自身にかけてそれを固定することを繰り返しているのか。それであれば効果時間を無視していくらでも重ねがけができるし、自身の体の状態を固定することで過剰な強化による反応も無視できるのだろう。
しかし衝撃を散らす木の根はどれだけ強化しようが物理的に破壊することは困難だ。私はそれでも諦めず強化を重ねて破壊を試みるマナカへと木の根をさらに操って伸ばす。
「!?」
自身を拘束しようとするその木の根をマナカは再び固定してやり過ごそうとしたのだろう…………しかしそこは木の根のドームという牢獄の中だ。その中で伸びる木の根を固定すればそれだけ空間を圧迫することになる。彼女を直接木の根で捕まえなくてもまともな身動きなど取れなくなることだろう。
「観念、したかしら?」
「…………っ!」
答えも何かしらのリアクションも見られず、ただ悔しそうな慟哭だけが伝わってくる。少なくとも実力でこの場を切り抜けることが不可能であることは理解できたようだ。
「これでようやく落ち着いて話が、できるわね」
返事はなかったが、私はぱちりと指を鳴らしてアキ君を覆っていた木の根を解除した。
「ノワールさん!」
慌てたようにアキ君が駆け寄ってくる。
「大丈夫、殺してはいないわよ」
そんな彼を安心させるように私は微笑みかける。ほっとしたようなその表情は本当に愛おしい。今晩辺りまた夜這いに行こうかしらと思ってしまう…………いけない。あまり求めすぎてもはしたないとアキ君に思われてしまうだろう。
「あの、その、色々と確認したいことが…………」
「わかっているわ」
不安そうなその表情に私は答える。
「心配しなくても私も彼女もアキ君に洗脳なんてされて、いないわよ」
なぜならアキ君にそんな力はないからだ。彼があれから大した加護も受け取ることなく、一般人程度の力しか持たずにこの世界へと転生したのは紛れもない事実なのだから。
「それなら、なんでマナカさんは」
「ちょっとした勘違い、かしらね」
勘違いというか思い込み。そうであってくれなくては困るという自分自身を守るための防御反応みたいなものだろう。挑んだ転生者が全滅したとされる魔王討伐に参加しておきながら自分だけが生き残ったという罪悪感によるものかもしれない。
「私は勘違いなんかしていない! あなたは彼に洗脳されているの!」
「されてなんか、いないのよね」
こちらの会話は聞こえるようにしていたので、叫んで否定するマナカを否定する。
「別に洗脳なんかされているわけじゃなく私はアキ君のことが好きなだけ、なのよね」
そう、ただそれだけだ。あれによって私はアキ君を守る義務を追加で与えられてはいるが、それがなくても彼のことを守っただろう。
「あなたが抱いている感情と、同じようにね」
そう、ただそれだけ。
単にマナカがそれを認めたくないだけであるのだから。
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