二十三話 義務じゃなくても大体義務
「か、神様は使命を義務ではないと言っていました! だからあれは純粋な私たちの意思だったはずです!」
ノワールさんの問いかけに少しの間をおいて、答えを見つけたようにマナカが叫ぶ。実際僕もあの少女の神からこれは別に義務ではないと言われていた。
魔王を倒す使命を断った僕を最初神様はそれを果たすのは義務ではない、気が向いた時でも構わないからと説得したのだ…………それでも僕は結局拒否してチート能力を貰うのも断ったのだが。
「義務ではないのならそもそも使命なんて言い方をする、ものかしら?」
しかしそれを不思議そうにノワールさんはマナカを見る。
「私には義務ではないと言いながらも誘導しているように、思えるのだけど?」
「そ、そんなことは…………」
「そこに罪悪感がないと、言い切れるのかしら?」
「罪悪、感?」
その言葉の意図がわからずマナカはノワールさんを見返す。
「あなた達に与えられた神の加護は強力な、ものよね?」
「それは…………その通りです」
マナカは頷く。魔王には敗北したがそれでも神様からチート能力を与えられた転生者たちがこの世界で強者であるのは紛れもない事実だ。
「そんな強力な力をあなた達は自身の努力で得たわけでは、ないのよね?」
「…………そうです」
転生者の持つ力はあの少女の神から与えられただけのもの…………それを貰うための努力もしていない。偶々転生者として選ばれたから与えられただけのものなのは事実だった。
もちろんその力を使いこなすための努力を彼女たちはしていると思うけれど、根本が貰い物であることに変わりはない。
「何の努力もせずただ貰っただけの力…………それが強力であればあるほどに後ろめたさを覚えるものでは、ないかしら?」
人は自分だけが得をすることに後ろめたさを覚える生き物だと思う。もちろんそうでない人間もいるだろうけど、転生者に選ばれたのは多分それに後ろめたさを感じる善良な人格を持った人たちなのだと思う。
僕らの元の世界と交換した魂はかなりの数だったはずだから、その中からわざわざ自分の世界でトラブルを起こしそうな魂を選ぶ理由がないからだ。
「そうして罪悪感を抱いた時に、それを晴らすとしたら当然使命を果たす、ということになるわよね?」
別に罪悪感を紛らわすだけなら他の人助けなんていくらでもある…………しかしあらかじめ使命として魔王討伐を提示しておくことでその選択肢が狭まるのだ。それが義務ではないと明示されていてもそこで選ばないというのは難しいと思える。
「つまり結局は先払いの報酬として義務を果たしている、だけなのよ」
「…………っ!」
きっぱりとノワールさんは言い切る。傍から聞いている僕からすると割と言いがかりのような物言いに思えるのだけど、それに言い返せない辺りマナカさんは力に対する罪悪感を抱いているのだろう。僕と違いこの世界の多くの人に接しているからこそ、真っ当に努力して力を得た人たちと話す機会も多いはずだ。
「わ、私は…………」
うろたえるようにマナカは言葉を詰まらせる。
「でも、別にそれは悪いことでは、ないのよ?」
そんな彼女を落ち着かせるようにノワールさんは優しい笑みを浮かべた。
「報酬を貰ったなら仕事をするのは義務だけど、それを放棄するのではなく履行することは咎められるような話では、ないわよね?」
それはその通りだ。仕事に対して誠実であるだけで悪い行いというわけではない。
「ただ私は報酬をもらっていないというだけの話、なのよね」
つまるところノワールさんの言いたいことは無償の仕事を押し付けるなということだ…………しかし実際のところ彼女もあの少女の神から代行者という使命を与えられている。
それを口に出さないのはマナカにそのことを教えないつもりだからだろう。
「…………」
まあ、それは正しい判断だろうと僕も思う。あの少女の神の思惑とか魔族や魔王の真実を話したところで信じてもらえるかどうか…………下手をすれば虚言を吐くなと怒ってくるだろうし、信じたら信じたで問題だろう。
それはあまりにもこの異世界の常識に反している事柄であり、それを信じてマナカが広めようとすればどんな騒ぎになるかもわからない。
「報酬なら支払う用意はあります」
そんなことを考えているとマナカさんが再び口を開く。報酬が問題なのであればむしろそれを説得のきっかけにしようという切り替えの早さは流石実戦経験者ということなのだろう。先ほどまでの動揺ももうないように表情は平静を取り戻している。
「新たな戦力を勧誘するにあたって国家連合から相応の予算を私は与えられています。金銭的な要求であれば希望の額を提示できると思いますし、土地や何かしらの権利を要求するのであっても私が責任をもって国家連合と交渉します」
彼女は自分の国家連合における立場を説明していなかったけれど、やはり魔王に挑んだ転生者ということもあって国家連合の中でも重要な立場にいるようだ。金銭であれば望むだけ、土地や権利も条件に出せるというのだから相当な権限だ。
「無理、ね」
しかしノワールさんはそれを一顧だにしない。
「あなたでは私の望む報酬は用意、できないわね」
「そんなことは…………」
「お金とか土地とか権利とか…………そんなものは私には、必要ないものよ」
それはその通りだ。そういうものが必要であるならそもそもノワールさんはこんな場所にはいない。
「それにそんなものは手に入れようと思えば自力で、手に入るもの」
それだけの力がノワールさんにはある。むしろそうでないならそもそもマナカが彼女を勧誘する理由はない。
「わかりました」
しかしそれにマナカは以外にもあっさりと引き下がる。
「今の私の手持ちではあなたを納得させる報酬は用意できないようです」
「あら、意外と素直に、諦めるのね?」
「諦めてはいません」
きっぱりと彼女は答える。
「あなたを勧誘するにはまだ情報が足りていないことを理解しただけです。ですから当面の間はこの島に滞在してあなたを説得するための材料を探したいと思います」
それ、本人に直接言っちゃうんだと僕は思った。
「まあ、好きにしたらいいと、思うわね」
呆れるように肩を竦めつつもノワールさんはそれを咎めなかった。彼女の立場からすればうっとうしいからさっさと島を出ていくように言いたいくらいだと思うのだけど…………それを認めたのは僕がいるからだろうか。
少なくともマナカはノワールさんに無礼な態度はとっていないし、だからこそ僕の手前無理に追い払うこともできないのかもしれない。
「はい、好きにさせてもらいます」
そう答えるマナカの視線が不意に僕へと向けられた。
「アサガさん」
「え、はい」
じっと僕を見るマナカに僕は答える。
「魔王討伐に興味はありませんか?」
そんな僕へと彼女はそう尋ねた。
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