十六話 急いでないからといって行動しないわけではない
日が沈む前には僕は街から森の中の自宅へと戻って来ていた…………けれど何もやる気が起きないまま気が付けば日が暮れている。
外の状況は僕が想像していたよりも悪く、そして僕は自分が思っていた以上に恵まれていて…………けれど何の力もない。それなのに僕は手に余るような大きなものを救おうと思い上がって身近な小さな物を壊そうとしていた。
ようやく森の外に出ることができたのに、それで僕が得たのは解放感ではなく真逆の閉塞感だった。開かれた世界を見たからこそ僕は自分に進む道がないことを自覚してしまったのだ。
「…………そもそも僕が何とかしようってのがおこがましかったのかな」
僕は神様の使命を転生する前に拒否した人間だ。あの少女の神から他の転生者がいるからと構わないと言われた時は、むしろ気兼ねせず使命を放棄できると安心したくらいだった…………そんな僕が今更使命を果たそうなんて傲慢もいい話だろう。
「いや駄目だ」
僕は頭を振ってそんな今の考えを振り払う。最初から使命を放棄しているのだから外の状況と今の僕は関係ないと言うのは逃げ道でしかない。最初に使命を放棄したからこそ今の僕には何かしなくてはいけない責任がある…………そう考えなくてはならないのだ。
「ご飯、食べよう」
けれどそう考えたところで何かできる手段が浮かぶわけでもなく、とりあえずは現実逃避に空腹という現実に目を向ける。
僕は島の外に出たところで大勢に影響を与えられる力はなく、むしろ島を出ることで町の人たちの安全を脅かすことになってしまうのは事実だ…………つまるところ僕はこの島にいてノワールさんの機嫌を取って生活するほうが確実に平和に貢献できるのだ。
それはこの島だけの平和ではあるのだけれど、それでも確実に人は救われる。
ただそれも今の僕には自分の保身を考えたものにしか思えなかった。
僕には果たすべき使命がない…………あの時はそんな責任から逃げたくてそれを選んだはずなのに、今は責任から逃げたというその事実が重く胸にのしかかっている。
こんなことならば、最初からあの少女の神から与えられた使命を放棄するんじゃなかったとすら思えていた。
そんな感情を打ち消すように、僕は晩御飯を何を食べるかを真剣に考えた。
◇
人間が眠るのは休息するためだ。それは肉体的なものではなく精神的なものも含まれる。考えていても自己嫌悪し続けるだけなので、僕はとりあえず寝てしまおうと普段よりも早い時間に寝床についた。
そして幸いにもそれほど時間をかけずに眠ることができた…………はずだった。
「ん」
ふと意識が覚醒する。薄く開いた眼はぼやけて暗闇以外何も映らない。つまりはまだ夜は開けていないわけで、僕は他の要因で目が覚めたということになる…………重い。何かが僕にのしかかっているような重量感があった。
とりあえず体を起こして確認しようとするけれど、寝ぼけて力が入らないのもあって身動きできなかった…………金縛りだろうかと一瞬浮かんだけれど、金縛りであればこんな重量感はないだろう。
「…………」
重い瞼を何とか持ち上げようとする。眠気のせいで頭が回らないことからすると僕はまだあんまり眠れていないのだろう。
この眠気の強さを考えるとちょうど深い眠りに落ちたところを起こされた感じだ…………そう、起こされたのだ。この重量には温かみがある。それはつまり他の生き物が僕に乗っているということだ。
「こんばんは、お姉さんよ」
しっかりと目を開くと目の前にノワールさんの顔があった。
「え、あ?」
僕は混乱する。森の動物か何かが忍び込んで僕に乗っかっていたわけじゃないのはよかったが、その代わりにノワールさんが僕の上にいるのも理解できない。
「なんで、深夜の僕のベッドにいるんですか?」
しかもなぜまたがるように僕の上に乗っているのか。その理由を考えようにも寝起きの僕の頭はまだ回らず、ただ単純に尋ねることしかできない。
「ふふ、寝起きのアキ君も可愛らしい、わね」
そんな僕にノワールさんは妖艶に微笑む。
「いやあの、だから…………なんですか?」
さっぱりわからない。なんでノワールさんがここにいて、僕の上に乗っているのか。
「それはお姉さんがアキ君に夜這いをかけに来た、からじゃないかしら」
「はあ、夜這い…………」
僕は回らない頭を覚醒させるようにその言葉を頭の中で繰り返す。夜這い夜這い夜這い夜這い夜這い…………夜這い? 僕の意識が一気に覚醒する。
「え、夜這いですか?」
「夜這い、よ」
その夜這いには夜這い以外の意味はないのではないだろうかと僕は思う。
「え、なんでですか!?」
なんで僕が今ノワールさんに夜這いされているのか、それがわからない。
「そんなに不思議、かしら?」
とぼけるようにノワールさんは首を捻る。
「お姉さんがアキ君を好きなのはもう伝えたと、思うのだけど」
「そ、それはそうですけど」
確かに僕はノワールさんに告白されているし、つい最近それを思い返したばかりだ。
「でもあの、急いでないって言ってませんでしたか?」
今日あの町からの帰り道にそう聞いたばかりだ…………急いでないから僕が他の女の子に気を惹かれたとしても構わないとまで言っていた。
それなのにこれは、急ぎ過ぎだ。
「急いで、ないのよ?」
「どこがですか!?」
夜這いなんて最終手段に近い行為であるはずなのに。
「だってアキ君はまだ他の女の子に手を出すつもりは、無いのよね?」
「それはまあ、ないですけど」
ノワールさんは気にしないといっても僕の方にその意欲はまだない。前世の死因が女友達に殺されたのもあってまだ異性と関係を築くのは怖いからだ。
「だったら、少しお互いを知るのも悪くないかな、と思ったの」
「少しじゃなくないですか!?」
「少し、よ?」
ぎゅう、っとノワールさんが僕に体を押し付ける。
「私たち長命種は長い時間をかけて相手が自分にふさわしいか、確かめるのね。だから身体の相性は膨大な確認事項の中の一つ、でしかないのよ?」
「いやでも、子供とかできちゃいますよ!?」
ノワールさんの言うことを理解はできるが、それで子供ができてしまったら確認事項なんて棚上げになってしまうのではないだろうか。
「大丈夫、長命種は子供がとってもできにくい、からね」
基本的に生殖能力の強さはその生物の環境や寿命の長短で決まる。置かれている環境が過酷であったり寿命が短い生物ほど妊娠しやすく多産の傾向だ…………長命種はその真逆であり数が増えすぎないように子供ができにくい体質なのだろう。
だから長命種にとってはそれに伴う妊娠というリスクは低く、短命の人間と違って性行為への敷居が低いのかもしれない。
「いやでも僕は人間でっ!?」
「もう似たような、ものよね?」
確かに僕は不老長寿になっているらしいけれど。
「それともそんなに、お姉さんには…………魅力が、ないのかしら?」
そんな少し寂しそうな表情を浮かべられると僕の胸は締め付けられる。
「そんなことは、ない……です」
「よかった、わ」
僕の言葉にノワールさんはほっと微笑む。
「じゃ、しましょ」
「いやそれとこれとは…………」
遮る僕の言葉を聞くことはなく、ノワールさんは僕の顔へと覆いかぶさった。
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