十四話 なりふり構わないだけの価値があるもの
「それは、どうするんですか?」
「どうしようもありません」
芝居がかった仕草で町長は首を振る。魔王軍の侵攻で故郷を失い居場所のなくなった難民たち。もうどうしようもないからこそ不確かな噂を信じてこの島への無謀な航海へと挑む。
もちろんその全てが到達するわけではないだろうけれど、幾分かは辿り着いてこの島で許容できる人数を確実に埋めていく…………それはすでにノワールさんが警告を口にする段階だ。
「はっきり言ってこの島にやって来る難民を止める手段はありません。噂を否定することくらいならできるでしょうが、そもそも今流れている噂もそれほど精度の高いものではありませんからね」
けれどそんな噂に縋って難民たちは北を目指す…………それくらい彼らには余裕がないのだ。
「しかし魔女様がおっしゃっていた通り私たちに与えられた余裕はもうほとんどない…………私たちとて元は同じ難民でしたから心苦しいですが、これからは厳密に対処するしかないでしょうね」
「対処、ですか?」
「ええ、上陸を拒んで追い払うしかない」
「でもそれは…………」
あまり良い対処とは言えない。
「わかっています。それは間違いなく人種同士の争いとなるでしょうし、それが続けばこの町の中でも対立が生まれるはずです」
難民も後がないから噂を頼りに無謀な航海に挑んでいるのだ。上陸を拒まれたところで素直に従いはしないだろう…………恐らくは、この町を攻め落としてでも島に残ろうとするはずだ。それを防ぎ続けることができても町には悪い影響が残る。
基本的に人間は自分を善人と思いたいものだ。助けられる相手ならば助けた方が気分はいいし、見捨ててしまえば心を痛める。だからこそ難民を追い払い続ければいずれ町の中にも難民を助けるべきという勢力が生まれてしまうだろう。
そしてそれが善意によるものであるからこそ町長さんの現実的な説得にも耳を貸さない…………恐らくだけど、最終的には町に制限を強いているノワールさんが悪いという結論になるのではないだろうか。それこそ魔女狩りのように彼女を邪悪な存在として責め立てる姿が目に浮かぶ。
もちろん、ノワールさんが現状に妥協すれば状況は改善するだろう。けれど結局この島が小さな孤島であり許容できる人数に上限があるのには変わりないし、ノワールさんには妥協してやる理由がない。
だってそもそもこの島はノワールさんがいるからこそ人の住みやすい環境となっているだけなのだ。町はそのおこぼれに預かっているに過ぎず、彼女は面倒になれば島を去るだけだ。
それを理解しているからこそ町長さんはノワールさんへ妥協を求めるようなことは一切しない。彼女がこの島を去ることだけを最悪として物事を判断している…………けれどそれを理解できる人間は少ないだろう。
「とはいえそれは最後の手段でやれることはまだあります…………さし当たっては街の人間を送って新しい噂を流すつもりです」
「え、でも噂の否定は難しいのでは?」
それは先ほど町長自身が口にしたことだ。
「確かにすでに生まれてしまった噂を否定するのは難しいですが、噂の方向を誘導することはできますよ。つまるところ噂を信じてもこの島に辿り着けなければよいのです…………例えば今は北の果てに楽園があるという噂になっていますが、本当は西の果てにあるのだという噂を流せばそれを信じる人間も少なくはないでしょう」
なにせ現状で楽園に辿り着いて戻って来た人間はいない。この島を目指した大半の難民は遭難するか限界を迎えて途中で引き返しているし、辿り着いた者はそのまま定住して町長もすぐに島を出ることを許可していないようだ。それであれば新しく確かな情報として噂が出回ればそれを信じる人間も少なくはないだろう。
仮に全員が信じずとも北を目指す人間が半分になるだけでも十分なのだ。元より北を目指した人間が全員この島に辿り着くわけでもなく、目指す人間が半分になるだけえでも辿り着く数は相当少なくなる…………でもそれは悪魔の所業だ。それに騙された難民たちは辿り着く場所などない航海に出るということなのだから。
「いずれ私は地獄に落ちるかもしれませんが、私は町長としてこの町を守る責任がありますからね」
そんな僕の表情を見てか町長は自嘲するように口にする。
「さて、この町と外の状況はこんなところですが…………まだ何か聞きたいことはありますか?」
「えっ、ええと…………」
いくらでも聞きたいことはあるといえばあるのだけど、今のような話を聞いてしまった後だと聞きがたい。これ以上町長さんに負担をかけるようなことは気が引けてしまうのだ。
「ああ、すみません。今のような話の後ではしづらいですよね…………口にされなくても私にはあなたが聞きたいことは概ね想像がついています」
「えっ」
僕はまだ自分に関する話などなにもしていないのに。
「島の外に出る方法などについて知りたかったのではありませんか?」
「そ、それは…………」
僕は言い淀むが、こんな反応を見せてしまっている時点で手遅れだとすぐに気づく。
「その通り、です」
諦めたように僕は頷く。
「でもなんで、わかったんですか?」
「あなたが何か失言をしたとかそういうことではありませんよ。魔女様があなたを連れてきた目的やあなたの素性を想像すれば推測できるもの、というだけです」
「…………具体的に話してもらってもいいですか」
「もちろん構いません」
今後の参考にと苦い表情で訪ねると町長さんは快諾した。
「まず魔女様が私にあなたと話をさせたのは外の世界の現状…………つまりはその過酷さを第三者からあなたに教えるためでしょう。はっきり言ってしまえば私などより魔女様のほうが外の世界の情報は確かなものを持っていらっしゃるでしょうから」
それなのにあえて町長さんの元へと僕を連れて行き自身は席を外した。それはつまりノワールさんの意図の入らない情報を僕に伝えて、自分が伝えた情報と変わらないことを…………それも当事者の生の感情が入ったもので証明したかったということになる。
「ではなぜそんなことをと考えるとあなたの外への興味を失わせるためではないかと浮かびます。なにせあなたは外の世界の事も知らずこの島どころか魔女様の住む森を出たことすらない様子…………事情はあえて聞きませんが、あなたが外に出たいのだと想像するのはそう難しい話でもありませんよ」
「…………そうですね」
言われてみれば確かにその通りだ。
「ですが見たところ外に憧れがあるとかそういう話でもないのでしょう?」
「それは、はい」
「魔女様に何か不満でもおありですか?」
「そんなことはないです」
それだけははっきりと否定する。今までの話を聞いただけでも自分がものすごく恵まれていることは僕にも理解できる。確かにノワールさんは僕に対して倫理的にどうなんだということを幾度かしているけれど、それにしたって僕を思ってのものであるのは間違いない。
外世界の状況も知らぬまま安穏と生活していた僕に文句の言えることではないだろう。
「では私からの忠告です…………このまま魔女様と森でお暮らしなさい。あなたが外に出たところで誰も幸せにはなりません。出来ることもないでしょう」
「そんなこと、は…………」
ない、と否定しようとして言葉に詰まる。僕には力がない。努力して力を蓄えることはできるけれど今の時点では何の力もないのだ。そんな僕が今島を出たところで今聞いたような外の状況をどうにかするのは不可能だ…………ただ色々な人に迷惑をかけるだけだろう。
「それに今の話を聞いてわかっているとは思いますが、私たちの船にあなたを乗せるつもりはありません…………もちろん魔女様が許可すれば話は別ですが、そうでない限りは乗せることがないよう町民達にも徹底しておきます」
それはそうだろう。そんなことでノワールさんの機嫌を損ねて町が終わってしまえば目も当てられない。
「ですがそれ以外であなたを拒絶することはありませんし、今後の町への来訪も歓迎します。ですから今は焦って行動なさらずに状況を理解することに努めてみてはどうでしょう」
穏やかに町長さんは僕へと微笑む。
「そうすればきっと理解できるでしょう、この島は本当の意味での楽園だということに」
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