十一話 距離感は大事
町長の場所はノワールさんが知っているようで、僕はまっすぐに歩く彼女の背を追うように街の中を歩いた。外からはその高い塀でわからなかったが、そこはやはり町と呼ぶのにふさわしいくらいには発展している様子だ。
街を覆う塀は木によって作られていたが、中の建物は全て石造りでしっかりと作られているのがわかる。外見もおしゃれなものが多くそれだけ余裕と技術があるということなのだろう。
通りを歩く人にも多く町全体に活気がある感じだ…………もっともその通行人のほとんどが僕らからは目を逸らすように足早に去っていくけれど。
「お姉さんと関わらないように言い含められて、いるの」
今は二人だけだからか、普段の口調でノワールさんが言う。
「そう、なんですか?」
「勘違いしないで欲しいのはお姉さんがそう望んでいるから、ということよ」
ノワールさんが嫌われるようなことをしたからではなく、ただ寄ってこないように望んでいるから…………考えてみればノワールさんは好んで森に隠遁しているのだし、あまり人が寄ってくるのは好ましくないのだろう。
「それにしても結構にぎわってますね」
話題を変えるように僕は言う。本当に最初想像したよりも人が多い。話によるとここは孤島らしいから本来であればこんなに人で賑わうこともないだろう。
もちろん孤島であっても船による貿易が盛んであれば補給などの中継地点として栄えることもある…………しかしここは主要な大陸から大きく離れた北方ということなので、恐らくこの先には何もないはずなのだ。
「そうね、賑わいすぎて、いるわね」
「…………賑わいすぎて、ですか?」
まるでそれが悪いことのようにノワールさんは言う。
「アキ君、この町の許容できる人数には限度があるの…………その為にお姉さんが塀で囲ったの、だからね」
前世での経験があるから僕にもノワールさんの言っていることはわかる。基本的に人的資源はその場所を発展させるための力になるが、食糧などその場所で賄える資源の許容量を超えてしまえば破滅へと繋がる要因となる。
ましてやこの島のように限られた土地しかないのであれば、畑を増やして食料を増産して対応するとか、増えすぎた人口をよそに移すというような真似も難しい。
「もしかして、この町の塀はノワールさんが作ったものなんですか?」
しかし最後にノワールさんが付け加えた言葉があると意味が違って聞こえる。ノワールさんが塀で囲ったということはそれがこの町の人間ではなく彼女の意思によるものだということになる。
そうなるとあの塀は守るための物ではないように僕には見えてしまった。
「アキ君の考えていることは間違って、いないのよ」
壁をノワールさんが作ったという点ではなく、恐らくその後に僕の考えってしまったことに対してノワールさんは肯定している。
「増えすぎたら、困るからね」
「それは…………どういう意味で、ですか?」
僕は少しその答えに恐れつつも尋ねる。
「ここにいられなくなってしまう、からなのよ」
「えっと、それってどういう…………」
「着いたの、よ」
想像してしまった暗い答えとはまた別の返答に僕は詳しく尋ねようとするが、それを遮るようにノワールさんは前へと視線を促す。途中から僕は前を見ているようで見ていなかったが、気が付けば目的地であるらしい建物へと到着していたようだ。
他の家々に比べて一際立派で大きな建物…………恐らくは町長の屋敷に。
◇
「ようこそいらっしゃいました魔女様…………そして初めまして、になりますかな? 私がこの町の長を務めるヘリオスと申します」
町長、それもこれくらいの規模の長ともなればかなりの権力者。しかもこの街が孤島唯一の人里となれば一国の主と言っても過言ではない…………けれどそんな彼は明らかにノワールさんに対して下手で、その同行者である僕に対しても同じように敬意を払っているように見えた。
「よくやっているようだな」
それを当然のようにノワールさんは受け入れて、再び外向きの態度で応じる。
「ありがとうございます」
それに町長は頭を下げるが僕の目にはノワールさんは褒めているようには見えず、ただ冷たい視線でそれを見下ろしているように見えた。
「褒めてはいない、やり過ぎていないかと聞いている」
「…………!」
頭を下げたままの町長の肩がびくりと震える。
「町はずいぶんと賑わっているようで人が多い…………多すぎるように私には見えた」
「…………まだ、許容には余裕があります」
「余裕はとっておくものであって使い潰すものではない…………わかっているか?」
余裕はあくまで不測の事態の備えだ。そうでない時に使ってしまっては本当の不測の事態に対応しきれなくなる。
「戦線は落ち着きましたが滅んだ町はいくつか知れず…………難民がこの島にもやってきておるのです」
「この島のことが知れ渡っているのか?」
「いえ…………ですが北の海を越えた先に新天地があるというような噂は流れているようです」
ノワールさんによると島の外は魔王軍の侵攻もあって悲惨な状態であるらしいが、この島は確かに平和に見える。だからこそ戦争で故郷を失った難民たちが安全な場所を求めてこの島にもやって来ているということらしい。
表の賑わいはそれで人が増えたせいもあるのだろう。
ノワールさんはそれらの難民によってこの町の許容を超えることを警告しているようだ。
「わかっていると思うが、私はこれ以上妥協するつもりはない。お前たちが暮らすことを許すのはこの町と森に面せぬ向こう側だけだ。多少の侵犯で目くじら立てるつもりはないが、いよいよ目障りになるようであれば私は去る」
いったいどんな罰を与えるつもりなのかと僕は内心で怖かったが、ノワールさんは罰を与えずにただこの地を離れるだけと告げる…………確かにノワールさんの力であれば他の場所だってすぐに安住の地にできる。面倒になるのであればわざわざこの場にこだわる必要はないのかもしれない。
「…………承知しております」
しかしそれに答える町長の表情はとても重苦しい。まるでノワールさんがいなくなることそれ自体が街の終わりという表情だった。
「あの、それで本日の御用はその件でしょうか?」
「いや、それはついでだ」
答えてノワールさんが僕に視線を向ける。
「彼はアキ、私が保護している人間だ。今日は彼をこの町に紹介するために来た」
「え、ええっと…………アキです、よろしくお願いします」
いきなり振られて戸惑いながらも僕は何とか町長へと頭を下げる。
「ああ、頭を上げてください。魔女様が保護している方ともなれば私どもにとっても重要な客人です」
「あ、でも…………ええと」
はっきり言って僕は特別扱いされるのを好まない。しかしだからといって邪険に扱ってくれというのもおかしいし、ノワールさんの手前町長もそんな態度はとれないだろう。
「あの、その…………わかりました」
で、あれば僕は受け入れるしかない。
「彼は外のことにあまり詳しくない。町のことと一緒にその辺りも教えてやってくれ…………その間私は席を外す」
「よろしいのですか?」
「私がいては話しづらいこともあるだろうからな」
そう答えるとノワールさんはさっさと部屋を出て行ってしまう。
「…………」
取り残された僕は当然心細かった。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますのでご評価、ブックマーク、感想等を頂けるとありがたいです。




