十話 ただ立っているだけでも影響はある
「そういえば近くにある人里ってどんなところなんですか?」
ノワールさんの案内…………といってもそれまでと変わらずまっすぐに道を歩いているだけではあるのだけど、進みながら僕は尋ねる。別にそんなもの今聞かなくてもすぐにわかることではあるのだけど、事前に知っていることで行動の幅が広がることもある。
「んー、多分アキ君が想像しているのって簡素な村みたいな場所だと思うけど…………町くらいには発展して、いるのよ?」
「そうなんですか?」
それは少し意外だった。僕が十年森の中で過ごしていたのもあるけれど、その周辺なのだから過疎地というかそれほど発展していないものと思い込んでいた。
「えっと、そういえば僕らのいる森ってどんな場所にあるんですか?」
前にも思ったが僕は自分が森に棲んでいることと近くに人里があることしか知らない。その森が大きな大陸にあるのか、その大陸のどの位置に存在しているのか、近くに国があるのかその領土内にあるのか…………魔王の侵攻からどの程度の距離にあるのかも知らないのだ。
「ここは大陸から遠く離れた北方の孤島、なのよ」
「孤島、ですか?」
ノワールさんは基本隠遁しているのだからそれは不思議な話ではない…………そんな場所で街と呼べるほど人里が発展するのは不思議ではあるが。
「でも大陸っていうのは…………具体的にどれくらいの大きさなんですか?」
「そうね、一から説明したほうがいいかも、しれないわね」
僕の質問にノワールさんは頷く。
「まずこの世界に存在する大陸というのは二つしか、ないのよ」
それを聞いてまず少ないと思い浮かんだけれど…………考えてみれば前の世界の大陸だって十にも満たない数でしかなかったし、元々は一つの大陸が地殻変動などで分かれていったものという説もあった。そうなる前と考えれば不思議な話ではない。
「二つの大陸は大きい方のアルケィ大陸がもう一つのスピルド大陸を包み込むように…………というよりアルケィ大陸が欠けて離れたのがスピルド大陸と言われて、いるわね」
「欠けたのは地殻変動が原因ですか?」
「この世界に魔族が現れた時に大地が割れたと言い伝えられて、いるのよね」
「…………ってことは」
「スピルド大陸は魔王や魔族の本拠地になって、いるわね」
そこから侵攻してくる魔王軍を、アルケィ大陸の国家連合が迎え撃っているということのようだ。
「それで僕らのいる孤島はそのアルケィ大陸から遠く離れた場所にあるってことですよね?」
「そうね、アルケィ大陸の周りにはそれこそ群島と呼べるような島々が多く存在しているのだけど、そのどれよりも遠い場所に位置して、いるのよね」
「つまり魔王軍の侵攻から縁遠いから発展できていたってことですか?」
「それも一つの要因では、あるわ」
まあ確かに脅威から遠いというだけでは発展する要因にはならない。発展は基本的に人的資源によるものが大きい。この孤島は魔王軍という脅威から遠ざかる代わりに主要な国家からも遠ざかってしまっている。
つまりは国家の庇護や恩恵を受けることもできないし人的資源の流入も難しい。それにそもそも孤島なのだから土地に収容できる人数にも限りがある。
「それなら何が要因なんですか?」
「お姉さんがこの島で暮らしている、からなのよね」
「そう、なんですか?」
自分のおかげときっぱり告げるノワールさんに僕は戸惑う。なんというかそういう誇示はしない人だと思っていたからだ。
「別にお姉さんが望んだわけじゃ、ないのよ?」
しかし直後に肩を竦めるその表情は実に不本意そうで僕は納得してしまった。
「それでもノワールさんは里の人たちと交流はあるんですよね?」
僕は時々人里で作られたというチーズやハムなどをノワールさんから頂いている。それはつまり彼女は人里と何かしらの取引があるということだろう。
「交流というか取引、なのよ…………大体は薬の類と引き換えに島の外の情報や食糧なんかを受け取って、いるわね」
それは概ね僕の想像した通りのものだった。
「あ、そろそろ森が開けるわ…………そうしたら、見えるわよ」
「えっ」
告げられて僕は思わず遠くを見る。確かに先のほうで森が開けてそこから平地が広がっているように見える。
それは僕がこの世界に来て十年、初めて見る森以外の光景だった。
◇
ここが孤島ということは森を抜けたら海が見えるのだろうと僕は想像していた。しかし森を抜けて平地に出ると地平線の向こうに見えるのは海ではなく、高く聳え立つ木の塀だった。それが恐らく人里を囲うものであるのはわかるのだけれど…………なんでという疑問も浮かぶ。
「ノワールさん、この辺りって凶悪な魔物が出たりするんですか?」
それであればあの塀も不思議ではない。僕はノワールさんの恩恵もあって森の中で魔物に遭遇するようなことはなかったが、魔物というものは魔王軍から遠い場所であっても世界中で出現するものらしい。
だから凶悪な魔物がこの辺りには存在していて、それに対する備えとしてあの塀があるのなら納得できる。
「うーん、この辺りにはそんな凶悪な魔物は出現しない、のよね。確かに森の中にはある程度の魔物は出るようにしてあるのだけれど…………あんな塀はいらない、わよね」
「それならなんで?」
「それはまあ…………すぐに、わかるわ」
ノワールさんは詳しい説明をすることなく足を進める。
「あ、あの人里にいる間お姉さんは最初にアキ君に会った時みたいな態度をとるけど…………驚かないで、ね」
「あ、はい」
僕と最初に会った時というとあの冷徹な雰囲気だろうか。そんな態度をとるということはやはりノワールさんは人里に対して友好的に接しているわけではないらしい。
そうこうしていくうちに僕らはその塀に作られた大きな門の前へと辿り着いた。
考えて見るとそれも不思議な話だ。こちら側には森しかなくそこに住んでいるのは僕を除けばノワールさんだけのはずだった。その方向に門を作るということはまるでノワールさんのためだけに作ったかのように思える。
「魔女様! ようこそおいでなさいました!」
これも不思議な話に思えるのだけど、凶悪な魔物が現れるということもないはずの森側の門の前には門番が二人立っていた。中年に差し掛かっているいかにもベテランといった雰囲気の男と年若いが真面目そうな顔をした二人組。
その内の中年のほうがノワールさんに気づくとすぐさま声を張り上げて頭を下げ、それに気づくと慌てて若い方の男も頭を下げた、
「面倒な挨拶は不要だ。楽にしろ」
それをどうでも良さそうにノワールさんが告げる。
「それで本日はどのようなご用件でしょうか」
すると中年の門兵はすぐに顔を上げて尋ねる。礼儀の必要はないと判断したというより、無駄なやり取りをノワールさんが嫌っているのを知っているような態度だった。
「町長に用がある」
「こちらにお呼びしますか?」
「私の方から向かう」
「了解いたしました」
最初に町長のほうを呼びつける提案が出る時点でその力関係がわかるようだった。中年の門兵が若い門兵を顔で促すと彼は恐らく町長に話を通すためだろう、すぐさま門を開いてその中へと駆けて行った。
「…………あの、それでそちらは?」
それを見送ってから少し躊躇うように中年の門兵が僕を見る。
「拾い物だ、一緒に連れて行く」
有無を言わさぬように、ノワールさんはそう告げた。
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