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崩壊しそうな世界で看護師天使になって救済します  作者: ふりっぷ
第五章 神魔決戦編

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記録されし終焉、観測される未来

「原型に戻るがいい。時の器・ドリップよ」


瞬く間にドリップの肉体は崩れ落ち、


血と砂を撒き散らしながら、かつての巨大な砂時計の姿を露わにする。


しかし次の瞬間、ガウの眉がピクリと動いた。


――砂時計が、消滅しない。


いや、それどころかセーレの魔核を飲み込んでみるみる膨張を始める。


既に人の背丈を超え、砦の瓦礫を覆い尽くし、辺りの広場を圧迫しながら質量を増していく。


「な……なんだと……」


ガウはこの異常に気づいた。


大悪魔グレモリーの消失。大海獣ゲーラスの消失。大悪魔セーレの消失。


今、この瞬間。ドリップの勝利が確定した。


このままではマゼラン航路どころか、この惑星そのものを掌握されかねない。


だが、ただではやらん。


「この星に強く紐付けして、二度と身動きできなくしてくれるわ」


指を振るい、地球外への強制追放を試みるガウ。


しかし――成層圏で、砂時計は引っ掛かった。


「ちっ……質量が……!」


既に空間そのものが砂時計の存在を許容しきれず、


天界の結界層が軋んでいる。


砂時計の表面には無数の亀裂が走り、


ひび割れた隙間から、黒い塵が狂ったように舞い始めた。


「くくっ、くくくっ、ああはははは!!」


しばらく腕を振るい続けたものの、


もはや止めきれぬと悟ったガウは、狂ったように笑い始めた。


「いいだろう、ドリップ。これで貴様はこの惑星の座標から逃れられん。


いずれ、この器ごと破壊し、歴史を塗り直してやる。


それまで存分に足掻くがいい……砂の化け物め!」


ガウの白銀の仮面の奥で、金の瞳がぎらりと光った。


天界の空には、もはやかつての静寂はない。


崩れかけた天の座標軸の上で、巨大な砂時計がゆっくりと、時の砂を落とし始めていた。


その砂の音は、誰にも止められない。


しばらくすると、ガウの笑いはぴたりと止まった。


「…そこまで膨張してしまえば、自我を失い、戻ることも叶うまいに…」


天界全体に、誰も口をはさめぬほどの沈黙が支配する。


ただ、巨大な砂時計が狂ったように黒砂を吐き出し続け、


その砂が空を曇らせるだけだった。


「……それほどまでに俺を拒むのか」


呟くように言ったその声は、かつての威圧も、神威もない。


ただ、長い因縁の果てに取り残された一人の存在の独白だった。


ぽとり。


ガウの顔を覆っていた白銀の仮面が音もなく地に落ちた。


美しかったはずのその顔は、微かな虚ろさを湛え、かつての激情も昂りもない。


「あの……」


空から舞い降りた佐和子が意を決して声をかけかけた瞬間、


ガウはそっと手を上げてそれを遮る。


「言うな」


その声は、かつての命令ではなく、哀願にも似た静けさだった。


「撤収だ」


一瞬、天界の軍勢がざわめいた。


堪らず背後の天使の一柱が声を上げる。


「しかし、我々は……勝利いたしました!」


ガウはゆっくりと振り返ることもなく、静かに呟く。


「言わずもがなだ」


それでもその言葉に込められた響きは、もう勝利の喜びではなかった。


何かを見誤り、手にしたものが手の中で崩れていく――その喪失感を帯びていた。


ふわり、とガウの身体が浮かび上がる。


白銀の髪がゆっくりと空気を掬い、どこか哀しげに天界の空を漂った。


「早く行くぞ。この場も直に砂が降ってくる」


佐和子も志津香も、残った天使たちも、誰もそれ以上言葉をかけなかった。


ただ、その背を追うように撤収の陣が整えられる。


天界の勝利と戦いの終焉を伝える鐘の音が、戦場すべてに鳴り渡った。


その音はただの勝利の鐘ではない。


まるで、これ以上はもう戦わなくていいと告げるような、


静かな鎮魂の音色だった。


位相転換でドリップから切り離されたラウルとユキは、


血と灰にまみれた肩を支え合いながら、


高空に急上昇していく砂時計を見上げた。


「……あれが、決着の形か」


誰ともなくラウルが呟く。


その拳にはまだ戦意の熱が残っていた。


だが、心の奥底では既に――なにかが終わったことを悟っていた。


夏樹は、瓦礫と祈りの残骸のなかで、紗耶香と恵を庇いながら空を仰ぐ。


その瞳には恐怖も怒りもない。ただ、静かな空虚。


「光じゃない……でも、怖くもない」


胸元の角が微かに共鳴した。


あの砂は、神ですら定義しきれなかった


“新しい世界の呼吸”なのだと、夏樹には理解できた。


それは祝福でも呪いでもない、ただの“記録”。


志津香は背に折れた小太刀を静かに納め、瞳を細める。


天使たちも光の翼をたたみ、言葉もなく空を見上げていた。


勝者も敗者も、いまはただの観測者だった。


「これで戦いも終わり、私は自由にさせてもらう」


――そして。


あの時、ただ破壊者として降ったドリップ。


いま砂の中心に“動かざる核心”として存在するその魂は、


戦いの象徴ではなく、“観測される未来”としてこの世界に残されていた。


砂はまだ降り続けている。


だが、それは忘却ではない。記録。


世界はここに、ひとつの“時の結末”を刻んだ。


周囲に誰もいない。


空も、砂も、ただ沈黙を守る中で――


ユキは小さく呟いた。


「……待ってる。いつか、また。“この世界のどこかで”」


その声が届かないことなど、初めから知っていた。


それでも構わない。


たとえこの世界が崩壊したとしても、


時の流れだけは止まることはないのだから。


そして彼女は、もう一度砂を仰いだ。


その向こうに、まだ見ぬ誰かの“未来”を確かに感じながら。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

皆さまの感想やブックマーク、ひとつひとつが創作の力になりました。


本作はこれにて完結となりますが、

ちび佐和子の冒険譚は別枠の長編を始めますので、詳しくは活動報告ご覧ください。

感想やブックマーク、★評価などで応援いただければ、大きな後押しになります。


反響次第で続編執筆もいたします。

最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

次の物語で、またお会いしましょう。

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