500PV記念SS ミントに巻かれた天使たちー変わること、変わらないこと
志津香は佐和子との報告を終えると、
激戦の傷が癒えつつある夏樹のもとを訪れた。
存在進化を経たとしても、すぐに心の整理がつくわけではない。
夏樹は大きな怪我はすでに癒えていたが、
ベッドの上で冷却パッドを鼻先に乗せ、それを指でくるくる回していた。
「ねぇ、志津香ちゃん。スカート丈ってさ
……あれ、絶対見えない仕様になってるよね?」
「はい。ちゃんと佐和子さんに確認してきました。仕様です」
「いやでもさ、心配になるじゃん!進化しても大切なとこは守りたいじゃん!」
志津香は小さく吹き出し、それからふと表情を引き締めた。
「夏樹さんも……そのぅ、胸元だけ空いたアーマー、気にならないんですか?」
「えっ?」
夏樹は急に赤くなり、思わず胸元を両手で押さえた。
「も、もう! なっちゃったものは仕方ないってば。
慣れるしかないの。うん、慣れる……はず!」
「気にしたら負け、ですね」
志津香が柔らかく微笑んだ。
「しづちゃん、強くなったね。羽根もすっごく綺麗になったし。
……でも、こういう話できるしづちゃんが、やっぱ好きだな」
その言葉に、志津香は照れたように目を伏せた。
「……ありがとう」
そのとき――
医療室の静寂に、風鈴のような音がひとつ響く。
外に浮かぶエンジェルたちが、誰かの感情に反応するように、
ふわりと舞い上がった。
* * *
天界第七区の医療室。
白いカーテン越しに、天界の夕暮れが淡く差し込んでいる。
二人の天使は並んで腰掛け、
沈黙のなかで羽根の揺れを感じていた。
紗耶香の背には、蝶のような四枚羽が、
風に遊ばれるようにひらひらと揺れる。
螺旋状の光輪が、静かに回転していた。
「……少しだけ、夏樹のこと、認めてもいいかなって思ってるの。
今回ちょっと……助けられちゃったし」
ぽつりと紗耶香が呟くと、恵は穏やかに微笑んだ。
「紗耶香は紗耶香の好きなようにすればいい。私がついてるから」
「存在進化も……見た目以外、何が変わったのか……まだわかんない」
「わかる気がするよ。私の光輪もね、色が増えたけど
……重さというより、輪郭がはっきりした感じ。
癒しって、もともと境界が曖昧だったから」
「ううん、恵はきっと、すごく“はっきりしてる”。
瞳に入ったお花の紋、あなたの心そのままだもん」
紗耶香の視線を受けて、恵の瞳に浮かぶ花の文様が淡く輝く。
彼女の背の光輪――緑と金の輪が、音もなくゆるやかに回っていた。
「それより……紗耶香ちゃんの羽根、ほんと綺麗。触ってもいい?」
「えっ、いいよ。どんどん触って!」
指先が羽根にそっと触れた瞬間、虹色の光がふわりと広がる。
「すごい……柔らかいけど、芯がある。まるで……弓の弦みたい」
紗耶香は少し照れながら目を伏せ、くすっと笑う。
「存在進化って、本当はもっと大変なものなんでしょ?」
窓の向こうを見つめながら、恵がぽつりと尋ねる。
二人のあいだに言葉はしばらく途切れ、羽根を揺らす風だけが医療室を満たしていた。
「ねぇ、紗耶香ちゃん」
「ん?」
「わたし、ミッションの始まりはいつも……正直、ちょっと怖い。
でも、あなたがいてくれたら……勇気って湧いてくる気がするの」
紗耶香はそっと恵の手を取った。
「私も。恵の癒しがあるだけで、ちゃんと戻ってこられる気がするよ」
光文様がわずかにきらめき、二人の光輪が一瞬、重なるように反射する。
その時、医療棚の隅に置かれた鉢植えのミントが、ふわりと光を帯びて揺れた。
恵がびくりと肩を震わせた。
「……紗耶香、聞いてくれる? 進化してからね、
なんか植物に好かれるの。というか……勝手に元気になっちゃうの」
「えっ? 勝手に……?」
言い終わるが早いか、ミントが“にょきっ”と急成長した。
葉がわしゃわしゃと伸び、背後のポトスにまで触れそうになる。
「や、やば……ちょっと待って、ミントが──あっちの鉢まで!」
「っ、羽根に巻きついちゃう……!?
光輪が回ってるせいで、引き寄せてるのかも……!」
「ごめんごめんごめん! 神力、止めてるつもりなのに……!」
植物たちは空気に溶けた癒しの力に反応し、
まるで喜ぶように茎を揺らしていた。
紗耶香の螺旋光輪が “きゅるるん” と一周して、微かに減速する。
「……これは、調整しないとダメなやつだね……」
恵は両手を合わせて、植物たちにぺこりと謝った。
「せっかくだし、剪定してあげようか?
回復ついでに、ちゃんと整えてあげた方が……」
「それ、絶対調整の方向間違ってるよ」
紗耶香は呆れたように笑いながらも、ハサミを手に取った。
「……でも、これくらいなら悪くないかも。進化って、怖いことばかりじゃないし」
「うん。ガウの言っていた人間とどんどんかけ離れていくという意味
──変わっても、一緒にいられてよかったって思う」
鉢植えの葉がそっと揺れ、
二人の光輪を包むように、夕陽の光を跳ね返した。
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