堕ちぬ光
残酷描写がありますので、苦手な方は飛ばしてください。
志津香は小太刀を一度鞘に納めると、すぐに構えを取り直した。
「九院流・天華!!」
霊力をまとった掌底が、光条を描きながら繰り出される。
触れれば魂すら消し飛ばす浄化の一撃
――だが、グラシャラボアスの異形の腕は闇の瘴気の膜をまとっていて、
完全に浄化しきれず、弾くにとどまる。
「なんで……!?」
志津香の目がわずかに揺れる。
「もう一度転移で撤退しましょう!」
佐和子が転移の構えを取るが、その姿は明滅を繰り返し、像を結ばない。
「駄目。この空間に捉えられてる。」
佐和子の顔がわずかに青ざめる。
「全力でやったらいけるかもしれないけど
――もし失敗したら、惑星が滅ぶまでの時間、私たちは帰れない」
重い沈黙が落ちる。強引に印を結ぶべきか、でもきっと恵と紗耶香は持たない。
「佐和子さん、敵が来てるよ!!」
夏樹が叫ぶ。
その声と同時に、目に見えない影の刃が襲いかかる。
「シールドバッシュ!!」
夏樹の構えた盾に異様な影の槍が突き刺さる。
だが、夏樹は受け止めきれず、盾がずれ、辛うじて直撃を避ける。
――発動できるのは後一回。まだ敵の姿すら捉えきれてないのに。
夏樹は歯噛みする。
「あそこっ!!」
紗耶香がボロボロの腕を必死に持ち上げ、闇の空間を指さす。
その指の先、虚空の一点に異様な歪みが走る。
「うりゃあっ!!」
夏樹は何もない空間に、背負った天使のハンマーを全力で叩きつけた。
ゴンッ
空間がひび割れる。
そして、そこから無数の黒い蜘蛛がぼとぼとと這い出してきた。
「あら、駄目じゃない。準備が整うまでもう少しだから。」
宙に浮かぶ大悪魔セーレが、三日月のように口元を吊り上げ、優雅に微笑んだ。
その身の回りには、不気味な薄紫の蜘蛛のような瘴気の塊が舞い踊っている。
「近づかないで……!」
弱った体で紗耶香が幻視結界を展開するが、
蜘蛛が糸を吐くと共に視界がかき乱される。
「まだいるっ!!」
志津香が鋭く叫び、足元の闇を手刀で打ち抜く。
その瞬間、闇の中からつるりと剃り上がった頭頂部に
両サイドから銀の長髪を翻し、大悪魔グレモリーがひょいと宙を舞い上がる。
「ひょっ。年寄りをいじめるもんじゃないよ、嬢ちゃん」
艶然と笑いながら、グレモリーは宙を滑るように浮かび上がる。
全員大悪魔――しかも軍団長から侯爵級までが勢ぞろい。
空間の瘴気がさらに重く、冷たく沈む。
一瞬で絶望感が空間を支配した。
「佐和子さん!!」
ラウムの接近と同時に、佐和子の全身に禍々しい黒鎖が絡みつく。
上段から振り下ろされるのは、巨大な漆黒の曲剣。
ガキィィィィン!!
神力を宿した槍が瞬時に舞い、鎖を断ち切り、剣を弾く。
しかし――
「うほっ。上物だぜぇ」
歓喜の声とともに、グラシャラボアスが自身の脇腹から
異様な腕を生やし、再び佐和子の背後を取って拘束する。
「くっ……!」
佐和子は腕ごと槍で切り裂こうとしたが、今度の拘束は異質だ。
ただの腕ではない。瘴気と呪詛が絡みついた鎖のような肉の束だ。
さらに地面から顔だけを突き出してこちらを伺う者がいる。
――アロケル。悪魔公爵。
佐和子は目が合った瞬間、咄嗟に警戒を強める。
「久しいな、佐和子。今度はどんな任務を帯びて地上に降りた?」
紫の瞳が嗤いを帯び、佐和子の困惑を楽しむように細められる。
「天使の使命はいつだって悪魔の殲滅よ!!」
佐和子は呻きながらも、翼を交差させて拘束する腕を
振りほどこうとするが、解けない。
グラシャラボアスの腕の中で蠢く瘴気の鎖が食い込み、
抵抗するたびに力を吸い取っていく。
「ぐふふふ、ならばこちらも遠慮なく
ここにいる天使、まとめて殲滅させてもらうとしようか」
アロケルの冷笑が空間に響く。
闇に揺らめく魔印が浮かび上がり、四方から瘴気の刃が舞い始めた。
佐和子は咄嗟に槍を構え、刃の一つに向けて投擲する。
だが、それは囮だった。
「ぐぉらぁああッ!!」
アロケルが怒号とともに、真正面から頭突きを仕掛けてくる。
その一撃は、周囲の空間すら歪ませるほどの質量と魔力を帯びていた。
「神界術式・天雲障壁ッ!」
佐和子はとっさに積層型の12層障壁を展開しようとする。
だが――
バチバチバチッ……!
アンブラフォールの干渉により、形成できたのはわずか四層。
不完全な障壁は、アロケルの突進を防ぎきれなかった。
「くっ――」
衝撃が障壁を貫き、佐和子の両腕を容赦なく砕く。
骨が軋み、体が後方へと弾き飛ばされる。
だが、その衝撃が逆に、グラシャラボアスの拘束を断ち切った。
地面に膝をつきながら、佐和子は血を吐き、それでも立ち上がる。
両腕を使えない彼女は、槍を一回り小さく分裂させ、
無数の光の刃として空中に展開した。
半分を攻撃に、半分を防御に。
だが、神気の減衰により、その動きは鈍く、鋭さを欠いていた。
「どうしたぁ! 俺はまだ本気出しちゃいねぇぞぉ!」
グラシャラボアスが血走った瞳を光らせ、
槍を粉砕しながら歓喜に満ちた声をあげる。
「アンブラフォールで大威張りとはね。対等に勝負する気もない癖に」
佐和子が傷だらけの顔を上げ、冷たく言い放つ。
「なんだとぉ!? おいラウム! 俺とこいつだけ別空間に飛ばせ!!」
「なにを言っておるのだ、この莫迦が」
ラウムの声が呆れと苛立ちを孕んで響いた。
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