アンブラフォール・天使の墓場
その頃、隕石の落下地点の様子を遠巻きに眺めていた
佐和子たちも、異変を感じ取っていた。
夜空を裂くような雷光が、衝突直前に爆心地で炸裂したのだ。
「衝突する直前に、中心地ですごい雷光が上がったけど……」
紗耶香が眉をひそめ、地平線の先を睨む。
「ドリップたちが、敵と接触したのでしょう」
佐和子は静かに答える。
その淡い光を纏った横顔は、どこか遠い記憶を追っているようだった。
「首魁アイムは討ち取っています。この勝負、
私たちの勝ちです。直に彼らもこちらへ向かうでしょう。
巻き込まれる前に、撤収します」
「ひょっとして、お宝とか埋まってたんじゃないの?」
紗耶香が冗談めかして笑う。
「……あったとしても、粗方吹き飛ばされてるでしょうね。
隕石が直撃したんですもの」
場がわずかに和らいだその時、ぽつりと志津香が口を開いた。
「爆心地、ちょっとだけ見てきていいですか?」
その声には、何かを確かめたいという強い意志が滲んでいた。
一瞬、空気が静まり返る。
だが、誰も反対する者はいなかった。
志津香は焦げついた地面を、強化した手刀で静かに掘り返す。
やがて、黒く歪んだ塊を拾い上げると、すかさず封印を施し、巾着袋に収めた。
その手は、わずかに震えていた。
「……これで、いいの?」
声に出しても、返事はない。
だが、志津香はわかっていた。
生前、親しくしていたウサギの精霊──
その気配が、ほんの一瞬、風の中に残っていたことを。
彼女はそっと目を閉じ、巾着袋を胸元に抱きしめた。
* * *
帰り道。恵が小さく手を挙げた。
「ねえ、だんだん息が苦しくなってきたんだけど」
佐和子はすぐに察する。
「――存在進化が始まったんだわ。天界へ戻る」
その瞬間、全員の周囲に淡い光のカーテンが現れ、転移の準備が整えられた。
だが――
「志津香!!」
鋭い叫び声が轟く。振り返ると、息を切らせた武雄がそこにいた。
「何で……こんなところに?」志津香が息を呑む音が聞こえた。
佐和子は眉をひそめる。
これが志津香の未練の正体か。
いっそのこと、すべてを忘れさせた方が良いかもしれない。私のように――
佐和子は密かに薬指から光の帯を伸ばし、志津香の首筋へと忍ばせようとする。
だが、その瞬間。
志津香の首筋に光るウサギのシルエットが浮かび上がり、光の帯を弾いた。
「……っ!」
その隙を突くように、武雄の肩にとまっていた水鶏が空へと舞い上がる。
佐和子は転移の速度を一気に上げ、離脱を優先した。
背後で呼び合う声と光が、薄れていく。
* * *
「ここは……どこ?」
佐和子が呟いたその声は、
紫色の濃霧に吸い込まれるように消えていった。
天界への転移のはずだった。
だが、眼前に広がるのは、見たこともない異様な光景だった。
空は紫の瘴霧に覆われ、時折、稲妻が空を裂く。
耳をつんざくような雷鳴が、まるでこの空間そのものの怒りの声のように響き渡る。
足元は、底の見えない闇。
その中を、蠢く影がいくつも這い回っている。
姿は見えないが、確かな気配がじわじわと肌を刺してくる。
「恵の具合が良くない」
紗耶香が異変を察し、ぐったりとした恵を胸に抱きかかえる。
自分も苦しそうな顔をしているが、それでもしっかりと恵を支えていた。
この空間──アンブラフォール。
ラウムが長年かけて開発した、天使の力を減衰させるための瘴気領域。
彼は一度取り逃がした天使たちを、
今度こそ完全に殲滅するため、策を練っていた。
これはアイムと会話した後、奴をおとりにすることで達成可能だと確信する。
アンブラフォールで負けるとは思わないが、万全を期し、
他の大悪魔たちにも召集をかけていた。
大悪魔グラシャラボアス、セーレ、アロケル、グレモリー。
それぞれの大悪魔には緊急を要する為、眷属は最少で駆けつけてきた。
セーレが佐和子以外の天使達を引き離し、残りすべてで佐和子を殲滅する。
「ここは天使の墓場だ。お前達はここで死ぬ」
ラウムの冷徹な宣言とともに、空間全体の瘴気が濃くなり、
天使たちの翼の輝きが鈍り始める。
聖なる力が、この空間では減衰していくのだ。
ラウムは後ろに控えている仁に心話を送る。
(仁よ、これから宴が始まる。お前の役目は殲滅した
天使達の神核を他の大悪魔に先んじて回収することだ。ぬかるなよ)
「では、始めるとするか。グラシャラボアス!!」
「おう!!」
闇から伸びる腕が再び地を叩くと、大地が裂け、
重力そのものが狂ったかのように、天使たちの足元がぐらりと傾く。
夏樹が膝をつき、咄嗟に恵を庇う。
「くっ、瘴気が……重力まで狂わせてる……」
周囲の瘴気が、まるで意志を持つかのように天使たちの動きを封じていた。
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