表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/42

黒砂繭と呪猿の森

残酷描写があります。苦手な方は飛ばしてください。

ドリップたちはフォルクスワーゲンのボンネットに霊脈地図を広げ、


その上を指先でなぞりながら、


霊木を打ち込むべき六つの結界点を慎重に見定めていた。


地図には、地中を走る霊脈の流れと魔素の濃度が細かく記されている。


一本でも欠ければ、結界は成立しない。


「……ここだな」


ドリップが一つ目のポイントに足を運び、


苔むした地面に古びた霊木の杭を打ち込む。


乾いた音が森に響く。しかし、何の反応もない。


「……静かすぎる」


ユキが細く息を呑み、辺りを見渡した。


木々は揺れず、鳥の声も、虫の気配もない。まるで森そのものが、


息を殺して何かを待っているようだった。


二箇所目の杭が地にめり込んだ瞬間、空に異変が走る。


上空を漂っていた細長い蛇影が、まるで磁力に引かれたように収束し、


黒い渦を描いて回転を始めた。


空が唸り声を上げ、黒雲が泡立つように蠢く。


「気づかれたな。次で来るぞ」


ドリップの声に、三人はすぐさま車へと駆け戻った。


エンジンをかけると、フォルクスワーゲン・シロッコが唸りを上げ、


タイヤを軋ませて樹海を走り出す。


三箇所目──


樹海のさらに奥。霧が漂い、木々に陽が届かぬ岩場の根元。


ユキが杭を構えたその瞬間、空間が歪んだ。


「……来た!」


空気が裂けるような破裂音とともに、巨大な蛇が虚空から出現する。


その鱗には、赤黒く焼き付けられたような古代文字がびっしりと刻まれていた。


呪詛そのものが肉体を持って現れたような、圧倒的な存在感だった。


蛇の目が、静かにドリップたちを捉える。


「……アイムの眷属か」


ラウルが低く唸る。声には嫌悪と、わずかな殺意がにじんでいた。


「ノロマめ。ようやくお出ましか」


ドリップの口元がわずかに歪む。


「ユキ、こいつは俺が引きつける。お前はさっさと杭を打ち終えろ!」


その瞳は、獲物を見据える狩人のように冷たく澄んでいた。


「神界滅法・黒砂の刻」


その声と同時に、ドリップの身体から音もなく黒砂がこぼれ落ちる。


それは重力を持たぬ塵のように宙を漂い、


やがて意志を持った獣のようにうねりながら、蛇の巨体へとまとわりついていく。


黒砂は鱗の隙間に入り込み、刻まれた古代文字を這うようになぞっていく。


蛇は怒りの咆哮を上げ、巨体をのたうたわせたが、


塵はそれすら意に介さぬ様子で全身を覆い、繭のように包み込んだ。


「グゥゥゥアァァアッ……!」


空が震えるほどの叫びをあげ、蛇は激しくのたうち回る。


だがやがて、苦悶の痙攣へと変わり──


ついには、重力に引かれるようにその巨体を地に横たえた。


「……終わったよ」


ユキの声が静かに響いた。


三本目の杭を地に打ち終え、振り返ったところだった。


「こっちもだ」


ドリップの身体へ、黒砂が音もなく吸い込まれていく。


まるで最初から存在しなかったかのように、元の姿へと戻っていった。


「これで武雄が動いてくれてりゃ、次で終わるんだがな……」


彼の視線が向いたのは、遥か上空。


今もなお、黒い渦がゆっくりと空を蝕んでいる。


その中心からは、かすかながらも大気の揺らぎが広がり始めていた──


***


武雄は無言のまま、樹海の奥へと静かに踏み入った。


手には霊木の杭を握り、足元には湿った苔が静かに沈む。


一本目の杭を打ち終えたとき、彼の肩口にとまっていた一羽の水鶏が、


ふわりと志津香の姿をかたどった。


──志津香の姿を借りたクイナ。


目元を呪印の付いた布で覆い、白装束を身にまとったままだ。


その口元には、次の杭がしっかりと咥えられている。


志津香が死んだと知らされた夜。


武雄は迷わず古河家へ駆けつけた。


だが、白布に包まれた遺体に触れた瞬間、彼はすぐに悟った。


──これは、魂魄の抜け殻だ。


古河の者たちは何も知らぬふりを装いながら、


異例の措置として、遺体の平島家への引き渡しを申し出てきた。


その裏で何かが進行していることなど、察するまでもなかった。


(そんなに悲しむことないのに。私が慰めてあげるわ)


そのとき、武雄の足元で甘く囁いたのは、


代々平島家に憑いてきた水鶏の精霊──クイナ。


彼が十五で家督を継ぐことになったのも、この精霊に選ばれたがゆえだった。


(この身体も、私が上手に使ってあげる)


志津香の肉体は魂を失ったまま封印されていたが、


クイナがその体に憑依することで腐敗は止まり、


魂の帰還を待つ"器"として、この世にとどめ置かれていた。


武雄は黙して語らず、次の杭を構えて膝をついた──その瞬間。


樹海の奥から、地を這うような呻き声が響いてくる。


「……来たか」


霧の間を縫うように、猿の怪物たちが姿を現した。


目は濁り、牙を剥き、四肢を使って地を這うように迫ってくる。


その肌には瘡蓋が浮き、腐った毛皮の下からは黒い煙のような呪気が滲んでいた。


かつて人であった者たちの、理性を失った成れの果て。


本能と呪詛だけで動く、呪猿の群れ。


「クイナ様、右手は任せます」


短く告げると、武雄は正面の猿たちへと突進した。


その身が膨れ上がり、筋肉が弾け、血管が浮き上がる。


大地が彼の歩みで軋み、空気が圧に震えた。


「おおおおりゃりゃりゃりゃああッ!」


正拳が猿の群れをかすめた刹那──


爆音のような風圧と衝撃波が炸裂し、数体の猿がまとめて吹き飛ぶ。


背後の岩壁が粉砕し、猿たちの骨が無残に砕け、血と煙が舞った。


「ぁあん♡」


クイナはそれをうっとりと眺めながら、


志津香の姿のまま、右から迫る猿どもへと手を差し伸べた。


その指先が一体に触れた瞬間──


猿の目がぐるりと回転し、白目を剥いたまま、その場に崩れ落ちる。


「きょーきょきょきょ」


次の瞬間、クイナは水鶏の本性を露わにした。


無数の羽がざわめき、音もなく地を滑るように移動すると、


最後の猿の胸元を指で突いた。


ぐしゃ、と粘りついた音が響く。


猿は痙攣しながら崩れ落ち、口から濁った吐瀉物を垂れ流した。


異臭が辺りに立ち込める中、クイナはその場に静かに胡坐をかき、


志津香の美しい顔のまま、瞼を閉じた。


──素手で敵を葬り、ただ触れるだけで命を断つ。


退魔刀を継ぐはずの平島家の戦い方とはかけ離れた戦術。


だがそれも、異質な精霊・クイナを従える武雄だからこそ成せる芸当だった。


16話にしてドリップ一行が力の一端を垣間見せました。

もし楽しんでいただけたら、評価をいただけると励みになります!

看護師天使達応援いただける方は"いいね"をお願いします。


武雄と水鶏 AIイラスト

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ