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6.ひととき

 この旅へ出立する前、セリオンらが外遊から久しぶりに城へと戻ってきたその日、兄弟そろっての茶会となった。

 カリマも今頃、自宅に戻り久しぶりの家族との時間を楽しんでいる事だろう。


「セリオンは本当にアスールがお気に入りだな?」


 お茶の席で、一番上の兄アジュールがあきれたように声を上げた。長い茶色の髪を一つにまとめ肩に垂らしている。

 それまで手にしていた紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、肘をつき正面に座るセリオンを見返してきた。


「…そうです。だからアジュール兄さんに貸しはしません」


 カップに口をつけながら、きっぱりとセリオンは言い切る。それを傍らで聞いていた二番目の兄ブラオは、一束に結い上げた美しい金髪を揺らしながらくすと笑んで。


「アジュール。無理だよ。こうなるともうだめだ」


「だが、ブラオ。ほんの数時間、借りるだけだぞ? それを──」


「どうして、借りるんだ? アジュール」


 横から途中で割って入ったのは、四番目の兄ニゲルだ。茶色の短髪、そばかすの浮いた頬が活発さを良く表している。セリオンとは一つしか離れていない為、セリオンは兄と思って相対してはいなかった。


「俺の従者が急な熱を出してな。今日の午後、周辺の巡回に出るんだが、慣れた者を連れて行きたくてな。アスールなら丁度いいと思ったんだが…。セリオン、午後は外に出るような用はないんだろう?」


「ないからいいと言う、問題ではありません。従者は貸し借りするものではありません。主に付き従うべきですから」


 セリオンは認めない。


「まったく…。仕方ない。適当な奴を連れてくか…。騎士団員だと気が利かなくてな」


 諦めて頭をかくアジュールだが。横からニゲルが口を出す。


「で、お前の大切な従者のアスールはどうしたんだ?」


 肝心のアスールはここにはいなかった。いつもなら、セリオンの背後に控えているのだが。

 ちなみに、他の兄たちはひとりも従者をこの場へ連れてきてはいない。私的な話しをするときは、準備だけ終わると別室に控えさせていた。

 アスールだけ特別なのは、単にセリオンが離さないからだ。幼い頃からその傍に控えていたせいもある。家族の中にいても違和感はなかった。


「…シアン兄さんの所です」


 セリオンはどこか面白くなさそうな顔をして見せる。


「ああー、それは当分帰って来ないなぁ…」


 ニゲルが肩をすくめてみせた。アスールは三番目の兄シアンの元へ行っている。

 シアンは幼い頃から病弱で、殆ど城の私邸から出たことがない。いつも庭で遊びまわる兄や弟等を、蒼白い顔をして二階の窓やテラスから眺めていた。

 母親に言われ、渋々様子を伺いにシアンの元を訪れた際、共に連れて行ったアスールとも言葉を交わす様になり。

 そのうち、どうやらアスールに好感を持ったらしく、話す時間はセリオンよりアスールとの方が長くなって。アスールも優しいシアンに懐いていった。

 そうして気が付けばいつの間にかセリオン抜きでも、アスールを部屋へ呼ぶようになったのだ。

 今ではすっかり、アスールがシアンのお気に入りだ。アスールもアスールで、こうして帰ってくる機会があれば呼ばれる前にいそいそと出かけて行く。

 長兄アジュールの誘いと違って、外遊ではなく館の中でお茶を飲むくらいだ。危険はなにもない。

 しかも、シアンはそれを唯一の楽しみとしている節があり。病弱な兄のささやかな楽しみを邪魔することは出来なかった。

 二人は今もきっと、シアンの横になるベッドの傍らで、お茶と甘いお菓子と共に会話を楽しんでいるのだろう。


「シアンにはセリオンも強く出られないんだな?」


 ニヤリとアジュールは意地の悪い笑みを浮かべる。それをふんと横目で見やった後。


「アスールが行きたいと言うから行かせたんです。シアン兄さんの命令だから行かせたわけじゃない」


「まったく。兄たちよりアスールか。…お前、この先もアスールを手元に置くつもりか?」


 アジュールが声音を少し落とした。所かまわずあれだけアスールに言い寄っているのだ。兄たちの耳にそれが入らないはずがない。

 が、もとよりそれは計算の内だった。隠さずにいれば周囲には伝わり、兄や父の知るところとなるだろう。正面切って突然告白するより手間が省ける。それに余計な虫は寄って来なくなる。

 王子が好意を寄せるものを奪おうと不遜な事を考えるものはいないだろう。セリオンはちらとアジュールを見た後。


「…そのつもりです。アスール以外を傍に置こうとは思いません」


 それを聞いて、ブラオはまた可笑しそうに笑った。まるで鈴を転がしたような笑い声だ。ブラオは音楽に秀でていて、楽器のほとんどは弾きこなしていた。歌声も素晴らしく、歌い手としても名をはせている。


「無理だよ。アジュール。何を言っても、セリオンは聞かない。決めているんだ。兄さんが後を継げば、セリオンの好きにさせてやればいい。アスールはカリマに次ぐ剣術の使い手だ。セリオンから無理に引き離せば、彼を失い国としても重要な戦力を失うことになるかもしれない。彼の身分など、くだらないことを気にするなよ?」


「ブラオ…。──まあ、そうだな…。確かにバカげた理由だ。年寄りどもが気にするなら誰か貴族の養子にでもして、それから迎え入れればいい。――カリマはどうだ? 彼なら喜んで受け入れるだろう。身分も申し分ない」


「カリマならいいんじゃねーの? 侯爵だし親父はいないし、後は奴が継いでる」


 ニゲルは軽く口にする。カリマとは同学年だ。気安い仲なのだろう。ニゲルの言葉にセリオンは頷きながらも。


「カリマのね…。多分、受け入れるだろうけど」


「なんだ? なにかあるのか?」


 ニゲルは首をかしげるが、それにセリオンは小さく笑うと。


「なんでもない」


 セリオンはカリマのアスールに対する思いが気になっていたのだが、それは口にはしなかった。

 カリマも表には出さないし何も言わない。自分がアスールにせまってもそ知らぬふりだ。

 だが、セリオンはカリマも、アスールを好いているのではと踏んでいる。それは友情ではないものだ。同じだから気付けるもの。

 そんなカリマのもとへ、アスールを形だけでも養子に出すのは、二人を近づける様で落ち着かなかったが、それもアスールを自分のもとへ迎え入れるためだと思えば、受け入れるべきだろう。


 あいつなら、黙って応じるだろうな。


 アスールに自分と同じように思いを寄せていたとしても、アスールにそれを気付かせることはないだろうと思えた。アスールがそんな関係を望んでいないからだ。

 アスールはきっと、カリマのそんな思いに気づいてはいないはず。


「なんにせよ、これで俺とアスールの将来は約束されましたね? 心置きなく、アスールに宣言できます。アジュール兄さん、ありがとうございます」


 にこと笑めば、アジュールはため息を吐き出し。


「父上の事は言えんな。お前にはつい甘くなってしまう。──いいさ。好きにするといい。だが、どんな形であれ今後も国の為にしっかりと役には立ってもらうからな?」


「承知しております」


 セリオンは笑みを返した。アスールと共に歩む未来は約束された。あとは、アスールの思いを確かめるだけ。次の旅では泉の湧く街へも立ち寄る予定だ。


 必ず、手に入れる──。


 アスールは自分のものと確信していた。


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