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1.出会い

「アスール、そろそろ起きろ。休憩は終わりだ」


「ん──もう?」


 青々と下草が茂る木陰、自らのローブにくるまりながらうとうとしていれば、頭上から声が降る。カリマだ。

 大柄な体躯で覆い被さる様に見下ろしてくるから、寝ている上に影ができる。せっかくの暖かい日差しが台無しだ。巨躯でかなりの筋肉質。腕一本の太さが、若い娘たちの腰ほどもある。


 俺とは大違いの体格だよな。


 もともと骨が細いのか、アスールはどんなに鍛えても身体がそこまで大きくはならなかった。まだこれから成長すると信じているが、十代も後半近くなればそれが何処までになるかは予測不能だ。

 横になっていた身体をゴロンと反転させると、日差しがカリマの肩越しに再び降りそそぐ。それが眩しくて光を遮るよう腕で顔を覆いながら見上げると、声音と同じむすっとした顔と目が合った。

 月の光を思わせる白髪に近い銀色の短髪に、褐色の肌。これは俺よりは薄い。日焼けが少し強い程度。母親の血を濃く引いたらしいが、その母親は幼い頃亡くなり、今は後添いの女性が母となっている。

 その顔、身体には所々に傷跡が残っていて、凄みを倍増させていた。すべて手強い獣や魔獣、敵国との戦でついた傷だ。髪と同じく銀灰色の瞳は鋭く、かなりの強面。本人曰く、この表情は標準で怒っている訳ではないのだという。

 アスールは寝転がったまま、日に焼けて茶色がかった黒髪をかき上げると、


「…カリマさ。もうちょっと、明るく起こせないのかよ。ぜんっぜん、起きる気しねぇって」


 灰褐色の瞳に不機嫌の色を浮かべて見せれば。


「アスール、言い訳するな。さっさと起きろ」


 もう一方から声がかかった。

 こちらはかなり冴えた容姿の男、セリオンだ。日の光をすべそこに集めたような金の髪。瞳は澄んだ湖を思わせる青と来ている。そのキラキラ加減はまさしく白馬に乗った王子様──だが、これが本当に王子なのだから笑えない。近隣の土地を治めるトエルノ王国──大陸の東に位置する──の王子だ。

 ただし、セリオンは第五王子であり、上に優秀な兄らが控えているため、継ぐ必要はまったくない。


「んー、まだ、眠い…」


 寝転んだまま再び腕の中に顔を伏せれば。


「仕方ないな」


 セリオンはおもむろに傍らにしゃがみ込むとそのキラキラした笑顔のまま。


「キスしたら──起きるか?」


「はっ…? はぁ!?」


 それを聞いて飛び起きる。


「てきめんだな?」


「ふざけんなっ! てか、お前が言うと、冗談に聞こえねぇっての!」


「冗談は言わない。本気でキスしようと思った」


「っ! ざけんなっ」


 カッと頬を染めると、覆いかぶさろうとするセリオンの肩を押し返した。


「ひどいな。そんなに嫌がらなくてもいいだろう? それとも、テレただけ?」


「ち、違う…っ!」


 セリオンは余裕の笑みだ。そんなアスールとセリオンのやり取りに、業を煮やしたカリマが。


「セリオン。それ以上、アスールをからかうな。休憩は終わりだ。もう出発するぞ。今日中に街に到着しないと依頼をこなせない」


 日は傾きかけている。確かにカリマの言う通り、急がなければ日が暮れてしまうだろう。じゃれ合っている場合ではないのだ。


「…わかった。ほら、アスール。手を貸すから起きろ。出発だ」


「初めからそれだけにしとけっての!」


 むすっとしながら、差し出されたセリオンの手をとり、立ち上がろうとするが。途中でくいと手を引かれて、ぽすりとセリオンの胸もとに飛び込む格好となった。


「セリオン!」


 いい加減にしろと胸もとを押し返しながら顔を上げれば、


「隙ありだ」


 唇の端にかすめ取るようなキスが落とされる。


「──っ、おっまえ!」


「いいだろ? どうしてもしたかったんだ。寝起きで隙だらけの君に」


 ニコと笑む。

 力いっぱいセリオンの胸を突き飛ばすと、人差し指を鼻先へ突きつけ。


「今度したら、一発、ぶん殴るからな? 覚悟しておけ」


「やだな。キス位でそんな物騒な事を言わなくても。減るもんじゃないだろう? ケチだな?」


「そう言う問題じゃない! だいたい、キス位じゃないだろ! お前ら王族、貴族は見境なく手を出すのは当たり前だろうが、俺はそうじゃない。お前らと一緒にするな!」


「やれやれ。それは飛んだ勘違いだよ。王族、貴族がみな見境ないわけじゃない。それはごく一部だ」


「お前がその『一部』だろ? ったく、油断も隙も無い…。暇さえあればそうやって手を出そうとする。それが治まるまで、当分俺の一歩以内に近づくな!」


「おや。一歩も許してくれるのかい? それなら君に触り放題だな」


 そう言って腕を伸ばして来る。確かに長いセリオンの腕は、一歩位では少し伸ばせば届きそうだ。アスールはぐぐっと苦虫を嚙み潰したような顔を作ると、


「十歩だ! それ以上近づくなっ!」


 乱暴に足を踏み鳴らし、その場を立ち去ると繋いで休ませていた馬に向かった。

 そんなやり取りを、あきれ顔で眺めるカリマがいる。ここ最近の日常だ。



 この数年アスールとセリオン、カリマの三人で放浪しながら、街や村で獣や魔獣、盗賊等の討依頼を受けていた。

 一応、各地の治安維持のため、と称して城を出たわけだが、半ばセリオンの勝手に付き合わされた感もある。城にいるのは退屈で、セリオは我慢ならなかったのだという。

 それはアスールも同じだった。セリオン付きの従者として雇われていたが、やはり城でじっとしているのは性に合わない。

 カリマはそのお目付け役として騎士団から派遣された──と言う事にしてあるが、結局は幼馴染三人で自由にやりたかったに過ぎない。

 すべて、セリオンが王に願い出て許可をもらった結果だ。とりあえず、気楽な三人旅だ。

 今回の野獣退治の依頼は朝方に出没する野獣で。やるなら明日の早朝が一番。それならここでのんびりとはしていられない。ふざけるセリオンの相手などしていられないのだ。


 ふざける、セリオンの──。


 いや。あれは、ふざけているのではないと分かっている。セリオンはアスールを好いていた。それも本気で。

 数日前、好きだと告白してきたのだ。

 大きな月がでている晩だった。野営となったその夜、就寝前にひとり月を見上げていれば、同じくテントを抜け出してきたセリオンが傍らに座って告げたのだ。君が好きだと。

 月光のもとでの甘い告白。うら若き乙女なら、歓喜したことだろう。けれど、アスールは男で恋に胸をときめかす年ごろでもない。

 そもそもセリオンともカリマとも身分が違う。そんなふうに色恋を語り合う間柄にはなれないのだ。

 王族、貴族と平民。絵に描いたような身分違い。普通ならまず友だちにさえなれない。けれど、今は先ほどの様に気安く付き合える友人関係となっていた。


✢✢✢


 出会いは偶然で。

 アスールは幼い頃、戦争で村ごと焼き出され家族を亡くし孤児となった。その後、孤児院に預けられずっとそこで過ごしてきた。

 ある日、その孤児院へ慰問の為、王妃が幼い末の息子を伴って訪れたのだ。慈善事業に力を入れていた王妃は、そうして領地内を回っていたらしい。

 王家の別荘が孤児院の隣にあり、その滞在中の慰問だった。まだ幼いセリオンは、どこかつまらなそうな顔をして後をついて回る。

 セリオンはアスールより一つ上の六歳だったが、当時は身長も同じくらい。身体の細さも一緒だった。ただ、セリオンは少食なだけで、出される食事の量が格段に少ないアスールとは訳が違ったが。

 そんなセリオンと出会ったのは、セリオンが乳母の目を盗んでこっそり裏庭を訪れた時のことだった。セリオンは歳の近いアスールを偶然見つけ、嬉々とした表情を見せた。そして、庭を案内して欲しいと申し出たのだ。

 突然の王子の申し出に、幼いアスールはどんな顔をしていいのか分からず、とりあえず言われるまま、庭のあちこちを歩き回った。

 植えられた草花、樹木。畑の野菜。洗濯をする井戸に、釣りをする近くの小川。一通り案内すると、いないことに気づいた乳母が探しに来た。セリオンは去り際、目をキラキラさせてまた来ると言う。

 どうせ来ないとだろうと思ったが、セリオンは暫くしてまたやってきた。今度は慰問ではなく、近くにある別荘から潜んできたのだ。

 隣り合う孤児院と別荘の間には、広い庭と高い壁が立ちふさがっていたが、セリオンはまんまと裏から抜けだし、使用人の門を通り抜けやってきたのだ。

 自身の保養と慈善事業に忙しい王妃はすっかり乳母にセリオンを任せきっていて子供らの細かい行動まで気にかけてはいなかった。

 それに加え、当時セリオンの面倒を見ていた乳母は年かさで動きもゆっくり、うたた寝も多かった。ことに別荘となれば王宮にいるより気が緩む。別荘を抜け出すことはわけなかったらしい。

 乳母は別室でひとりで勉強したい、と申し出た末の王子の言葉を真に受け、部屋へ一人にすると、自分は隣室で洗濯物や片付け、繕い物などしていた。

 しかし、そのうち眠くなる。日差しも緩む昼過ぎ、乳母がすっかり寝入ったのを見届けて、セリオンは部屋のテラスから外へと抜け出した。緑の小道を抜け、生け垣を越え。行き先はアスールのいる孤児院だ。

 その頃にはアスールも作業が終わり、休憩の時間。そこで二人で落ち合って時間の許す限り一緒に遊んだ。時にはセリオンに勉強も教えてもらい。別荘に滞在中、ほとんど毎日一緒に過ごしていた。

 そんなある時、セリオンは別荘での保養に友だちを伴って来た。セリオンより更に一つ二つ上のがっしりした身体つきの少年カリマだ。彼は学校に通っていたため、来るのはその休みの間だけだった。

 そのころからカリマは眼光が鋭く。およそ、幼い子供の表情ではない。どうしてそんな怖い顔をしているのかと問いかけると、これが普通だと返された。今と同じセリフだ。

 カリマにはその後、剣術を習った。カリマは幼いながら覚えも筋も良く、騎士である父親と同様に、腕の立つ剣士になるだろうと言われていた。

 そんなカリマに教われたのは、とても運が良かったと思う。教えるのが上手いカリマの元、幼いながらもアスールは剣の腕を上達させていった。

 しかし、セリオンが学校に通う年齢になると、早々別荘を訪れる事もなくなり。自然と別れることになるかと思ったのだが、そうはならなかった。



 アスールは十歳を過ぎる頃、孤児院を出て近所の農場に住み込みで働いていた。主な仕事は家畜の世話だ。日々、家畜を追い小屋を掃除し餌を与え。学校に通う暇などない。当時、貧しい家の子や、孤児院出の子どもには当たり前の事だった。学校に通える方が珍しい。

 アスールはひと息ついて額に流れる汗を汚れた手で拭う。大きな酪農家で、小屋は小柄なアスールの手には余るほど。

 自由になる時間は寝る前のほんの僅か。なんとか空いた時間を見つけては、カリマに習った事を思い出しながら、お気に入りの川辺で流木を削って作った剣を振るうのが唯一の楽しみだった。

 そうしていると、過去の日々がまるで夢の中の出来事のようで。きっとこのまま、時が過ぎていくのだと思っていた。


✢✢✢


 セリオンは学校帰り、馬車を待たせると、そんなアスールの姿を農家が見渡せる丘の上から観察していた。手にしていた双眼鏡を、様子見に連れ出したカリマに押し付けると、


「あれは──ひどいよ…」


「そんなふうに言うな。アスールは懸命に働いている。生きるためだ」


「分かってる…。分かってるけど、あの分じゃ学校にだって通わせてもらっていないよ。中等部までは無償なのに…」


「そんな子供は山のようにいる。アスールだけじゃない」


 セリオンはムッとして、カリマを睨みつける。


「分かっているよ! ──分かってるけど、アスールは友達だ。カリマはアスールがあんな目にあっていていいと思うの? ──俺は嫌だ。アスールだけ特別扱いは良くないってわかるよ。けど放っておけない…。大事な友達なんだ」


「俺だって、できるならなんとかしたい…。けど、俺にはどう仕様も出来ない。何の力もないんだ」


 カリマは遣る瀬無さそうに口にする。と、セリオンはニッと笑み。


「俺なら…できる」


「セリオン…?」


「その特権を使う」


 そうして、アスールの知らない所で、話しが進んだのだった。  



 その日も埃と藁にまみれ休みなく働くアスールの元に、セリオンとカリマが訪れた。ちょうど午後の休みに入る頃で。

 学校帰りとあって、濃紺の制服を身に着けたセリオンとカリマは以前より大人びて見えた。王子が訪れたと知ると、主人は喜び好きなだけ休むといいと言った。

 三人で柵に背を預け休む。高く茂った牧草が風に揺れ波の様に見えた。干した草のいい香りが漂ってくる。そこでセリオンは、キラキラと輝く金糸を揺らしながら、ひとつの提案をしてきた。


「俺の従者になって欲しい」


「──従者…?」


 アスールはきょとんとなる。


「アスールなら適任だ。他のものは考えられない。ぜひなって欲しい」


「──そんな、突然…。…無理だよ」


 農家の下働きをしているような、素性もしれない何処の誰ともわからないものを王宮で雇うはずがない。まして、王子の従者などあり得なかった。

 だが、セリオンは大丈夫だと言い切る。アスールの身の上は十分承知しているし、丁度年頃の従者を探してるところだったと言うのだ。アスール以外は受け付けないと言い張ればきっと雇うはずだと。

 なぜそこまで断言できたのかと言えば、王はとにかく末の息子に甘かったのだ。逆に母は子どもらより、自身の慈善活動に夢中で、息子たちのことは放任している。誰も異を唱える者はいなかった。それをセリオンは十分わかっている。

 カリマも父に懇願するつもりだと言った。カリマの家系は王家に近いらしい。昔から仕えているため、それなりに意見は通る関係なのだとか。普段滅多に頼みごとをしない自分が言えば、父も話を聞くだろうと言うのだ。

 また、セリオンやカリマと過ごせる──そう思うと、素直に胸が躍った。それに二人の傍にいて、役に立てるならこんな嬉しいことはない。

 二人の押しに根負けして、もしそれが許されるなら──と、その申し出を受けたのだった。

 そして、それが無事成功し、アスールはセリオン付きの従者として晴れて雇われることになった。

 そうして、アスールが十八才になる今まで、従者として過ごしてきたのだ。その間、相変わらずカリマに師事し、剣や武術の腕を磨き、気が付けば兵士の中で一、二位を争うほどの腕になっていた。

 王子と騎士と従者。身分は異なるが、三人の友人関係は今も変わらない。


 なのに──。


 告白なんて、どうかしてる。

 アスールは馬の背に乗り上げながら、内心憤る。それ以前からもそんな素振りはあって。二人きりになると妙に甘い空気をだしてきたり、隙あらば身体に触れてこようとしたり。その程度だ。

 けれどその度、そんなはずはないと認めなかったし、あえて素っ気ない態度でもってあしらってきた。

 仮にもセリオンは王子なのだ。たとえ、それが冗談であっても、思いを受け取ることなどできるはずがない。

 一つ年上のセリオンは、年を負うごとに眩しいほどに美しい青年へと成長した。キラキラと光輝く金の髪。透き通った湖のような青い瞳。磁器を思わせる白い肌に、しなやかで逞しい身体。

 微笑めば男女構わず堕とされた。周囲の誰もかれもが彼を好いていて。しかも、甘やかされて育ったはずなのに、性格も捻じ曲がることなく、明るく闊達で朗らか。文武両道でまさしく『王子様』だった。好きだと言われて嫌に思うものなどまずいない。

 正直、アスールもセリオンに好意を向けられることは嫌ではなかった。アスールもまた、どういう種類のものかは別にして、セリオンに対して好意を抱いていたのだから。

 会うと嬉しさで気持ちが高揚し、別れれば寂しくて胸が痛んだ。単に友人としての感情だと思っていたのだが。


 好き──なのは間違っていない。


 友情なのか、恋なのか。判然としなかったが嫌ではない。ただ、自分は従者でセリオンは王子。身分が違い過ぎるのだ。いくら武勇に優れる青年に成長し、周囲にその剣の腕を認められるアスールでも、恋人などという立場になれるはずがない。

 たとえ、好きだと認めたとしても相手は王族。自分のようなものがまともに付き合える相手ではないのだ。


 セリオンは分かっていないんだ。


 自然と手綱を握った手に力が入る。

 だいたい、いいように遊ばれて捨てられるのが落ちだ。現に貴族、王族の蛮行は耳にしている。ごく一部ではあるが、当たり前のように身分の低いものを食い物にしている輩もいた。

 もちろん、セリオンがそんな非道な行いをする人間だとは思っていない。けれど、そう思わなければ、セリオンの押しに負けそうになる自分がいるのだ。

 セリオンは王子だ。間違っても俺のような身分の人間と付き合うべきじゃない。

 それは王子として当たり前の事だった。セリオンには、王子として歩まねばならない道がある。友人としても、道を誤らせる訳には行かなかった。

 が、セリオンは諦めない。いくらアスールが先ほどの様につれない態度をとって突っぱねても、誰もが見惚れるような柔らかな微笑を浮かべ、すぐに忘れた様にああやって構ってくるのだ。


 無理だって、態度で示しているのに。


 アスールは赤くなった頬を手の甲でこする。そんなことをしても消えるわけもないのだが、やらずにはいられなかった。

 どうやったら、セリオンは自分を諦めるのだろう。

 アスールは胸を締め付ける甘い痛みに気付かないふりをして、ため息をついた。



「まったく。かわいいね。アスールは」


「──お前、本気なのか?」


 カリマはじろりとセリオンを睨みつける。もちろん、普通に見ているつもりなのだが、そこに幾分感情が乗るとそう見えてしまうのだ。けれどセリオンはそれに臆することなく、口元に件の誰もが見惚れる笑みを浮かべながら。

「本気だ。アスールも俺を好いてる。態度を見れば分かる」


 カリマは腕を組むと。


「──どうだかな。…だが、どちらにしろ、アスールは身分を気にしている」


「だな。けど、第五王子とは言え、継承権はないに等しい。上に優秀な兄が四人もいればな。たんなる放蕩息子が、どう生きようと父上も母上も気にはしないさ。子孫など兄さん達が山の様に残すだろうからな」


 カリマは軽いため息をつくと。


「アスールは俺たちを友人だと思い深く信頼している。──そう簡単に堕ちないぞ」


「それも、分かってる…。いっそ、俺が父上から勘当でもされればいいんだろうけど。現にここまで勝手をしても何も言われない。逆に王国に貢献していると褒められる始末だ。ここ数年、ろくに王宮に顔も見せていないって言うのにな。それだから、勘当は無理だ。けれど、そんなことでアスールをあきらめない。──アスールは、俺の宝石、宝ものなんだ。いつまでも、キラキラと輝く…」


 出会った頃を思い出す様に、視線を遠くへと向ける。


「そうだな…」


 カリマも同じように昔を思い出す。カリマにとっても、どんな環境に置かれようと前を向き屈託なく笑うアスールは特別な存在だった。


「お前も、同じ穴の狢か?」


 セリオンがからかうように口にしたが、その目は笑ってはいなかった。カリマは視線を逸らすと。


「…俺にとっても、アスールは大切な存在なのは変わらない。だが、お前と意味合いは違うだろう」


 セリオンはじっとその横顔を見つめたが。


「お前がそう言うなら信じるさ。──さて、このままだと、アスールに近づけない。なんとか機嫌をとらないとな? アスール! 待てって! 機嫌を直してくれ」


 そう声を張り上げ、アスールを追った。そんな二人の背をカリマはただ見つめた。



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