管理番号0053 ドミニク
ドミニクはかつて勇者パーティの盾役として、仲間を守るために全力を尽くしていた。その身体を犠牲にしてでも仲間を守ることを信条とし、無数の戦場をくぐり抜けてきた。しかし、魔族の神官との闘いでは苦戦を強いられていた。神官が高等魔法を詠唱し始め照準が仲間に合わされている。ドミニクは仲間に自分が魔法を受けきるのでその隙に神官を倒せと指示をした。神官から放たれた巨大な火球はドミニクに降り注ぐ。ドミニクはそれを自慢の盾で防ぐ間、仲間は神官を倒した。それと当時に巨大な爆発が起こり、仲間が振り返るとそこに両腕と両脚を失ったドミニクが倒れていた。
仲間たちは必死に彼を救おうとしたが、戦闘に復帰することは不可能だった。討伐後、彼は田舎の村へと戻り、幼馴染のリンナに介護されながら生活することになった。
魔物討伐後、都で行われた式典にドミニクも招かれた。しかし彼は「自分の姿を晒したくない」としてその誘いを断った。かつての仲間たちが訪ねてきて「都で一緒に暮らそう」と提案するも、それにも頑なに首を縦に振らなかった。
「俺がこんな状態で都に行っても、何の役にも立たない。それに、勇者としての俺はもう死んだんだ。」
その言葉に仲間たちは言葉を失い、彼を無理に誘うことはできなかった。
ドミニクはその後リンナの介護を受け回復していく。四肢を失って車いす生活になっても持ち前の明るさを失わず、周りに精神的な負担をかけることはなかった。
そのドミニクの話を聞きつけアルデルン国からクインシルが訪ねてきた。
クインシル:
「こんにちは、ドミニク様。今日は少しお話を伺わせてください。貴方がパーティでどのような役割を担い、そして今どのように感じているのか、ぜひ聞かせてください。」
ドミニク:
「おう、遠いところからわざわざご苦労さん! 俺なんかに話を聞きたいなんて物好きだな。でもまあ、俺でよければ何でも答えるよ。」
クインシル:
「ありがとうございます。まず、かつて仲間を守るためにあなたの献身さが勝利の要因と聞きました」
ドミニク:
「そりゃあ、俺にとっちゃ誇らしい日々だったよ。あいつらの盾になれるってことが、俺にとって一番大事だったからな。俺の役目は剣を振るうことじゃない、守ることだ。それに、仲間たちの背中を見るのが好きだったんだよ。みんな、かっこよかったからな!」
クインシル:
「仲間たちの背中を見て安心感を得ていたのですね。今、その仲間たちと疎遠になったことについてはどうお感じですか?」
ドミニク:
「いやいや、疎遠だなんて大げさだよ。俺はこうしてのんびり過ごしてるし、あいつらはあいつらで立派に生きてる。それでいいんだろう? それに、俺みたいな半端なやつが都に行ったって、邪魔にしかならないだろうからさ。」
クインシル:
「ですが、仲間たちは何度もあなたを都に招こうとしていたと聞いています。それを断り続けたのはなぜですか?」
ドミニク:
「……まあ、あれだな。俺のこんな姿を見せたくなかったんだよ。かっこ悪いだろ? 勇者だった男が車椅子に座ってるなんてさ。それに、あいつらにはもっと輝ける場があるんだ。俺みたいな陰気なやつが混ざったら台無しだろう?」
クインシル:
「ご自分を陰気だとおっしゃいますが、私にはそうは思えません。むしろ明るく振る舞われているように見えます。それは何か意図があってのことでしょうか?」
ドミニク:
「ハハ、バレちまったか? いや、別に意図なんて大げさなもんはないよ。だけどさ、暗い顔して『つらい、つらい』って言ってたら、周りも嫌な気分になるだろ? リンナだって、俺を見て笑顔になれるほうがいいだろうし。そういうもんさ。」
ドミニク:
「それに俺はもう勇者でもなんでもない。ただ周りに生かされているできそこないの人間だ。あいつらの過去にいる俺はもういない。お互いに前を向かなきゃな」
ドミニクの瞳は悲しげだった。
クインシル:
「今現在、不自由な生活をされていると思いますが、アルデルン国には元勇者のケアセンターがあります。あなたのように戦いによって傷ついた者もいます。彼らには今後の人生のサポートが必要で、ドミニク様、あなたにも必要だと思います」
ドミニク:
「サポートか・・・。確かにそれもいいかもな・・・」
その日初めてドミニクは心境と表情がリンクしていた。
その話を聞いていたリンナが二人の間に割り込む。
リンナ:
「その必要はありません!ドミニクはここで静かに暮らしたいんです!」
リンナの鬼気迫る勢いにクインシルは圧倒された。
・リンナにとってのドミニク
リンナは、幼い頃からドミニクの背中を見て育った。村一番の活発な少年だった彼は、誰よりも周囲を守ることに長けた存在であり、リンナにとっても憧れであり支えだった。小さな村で共に遊び、笑い合っていた日々。しかし、ドミニクが勇者パーティに加わり、世界を救う使命を背負い始めると、彼の背中は次第に遠くなっていった。
最初は手紙のやり取りがあったものの、それも次第に途絶え、リンナは遠く離れた地で戦い続けるドミニクをただ祈りながら待つしかなかった。彼がどれほどの苦労をしているのかも、どんな戦いをしているのかも分からない。ただ、村の人々が語る「勇者ドミニク」の活躍を耳にするだけだった。
戦いが終わった日、ドミニクが帰ってくるという知らせが村に届いた。リンナは胸を高鳴らせて彼の帰りを待っていた。しかし、村に現れたのは、かつての活発で力強いドミニクではなく、四肢を失い車椅子に座った姿だった。
村人たちは彼を哀れみの目で見つめ、時にはヒソヒソと囁いた。「あれがあの勇者か?」「もう何もできない体だな。」そんな声がリンナの耳にも届いた。だが、リンナだけは違っていた。
彼がどんな姿になっていても、リンナにとっては帰ってきてくれたことがすべてだった。そして、今なら彼のそばにいられる。彼を支えることができる。むしろ、今の彼ならもうどこへも行けない――そう思った。
それ以来、リンナは献身的にドミニクの世話を始めた。食事の準備、着替え、洗顔、すべてに彼女の手が必要だった。ドミニクもまた、自分を支えてくれるリンナの優しさをありがたく思っていた。
しかし、その献身の奥には、歪んだ感情が潜んでいた。リンナにとって、ドミニクは「やっと手に入れた存在」だったのだ。彼が勇者として活躍していた頃は遠すぎて声すらかけられなかった背中。だが、今のドミニクは違う。彼はもうどこにも行けない。彼の世界はリンナだけで満たされている。
村人たちはリンナの献身を褒めた。誰もが「素晴らしい幼馴染だ」と口にした。だがリンナ自身は、そんな言葉にわずかな嫌悪感を抱いていた。自分のしていることは「正しさ」ではないとどこかで感じていたからだ。自分の行動はドミニクのためでありながら、同時に自分の欲望を満たすためでもある。それに気づきながらも、その生活をやめることができなかった。
一方、ドミニクは、リンナの献身に感謝しつつも、次第に重荷を感じるようになっていた。彼は勇者としての誇りを持ち、仲間を守ることにすべてを捧げたが、今やその誇りを失い、ただ生かされているだけの存在となっていた。リンナがどれだけ尽くしてくれても、自分が彼女に何も返せないことが、彼の心を蝕んでいた。
「リンナは俺のために尽くしてくれている。でも、それで本当に彼女は幸せなのか……?」
ドミニクの心にそうした疑問が芽生えるたび、リンナの明るい笑顔を見ると、その思いを口にすることができなかった。
クインシル:
「しかし、リンナ様。このままではあなたにも負担がかかっています。ドミニクさんは専門家の下で肉体的にも精神的にもケアを受けたほうがいいかと」
リンナ:
「あなたにドミニクの何がわかるのですか!彼には私が必要なんです」
ドミニク:
「おいおい、リンナ。どうしたんだ。お前らしくないぞ」
リンナ:
「また私を置いていくの?ずっと待っていた私を・・・」
ドミニクはリンナの泣き顔をあやすように見つめた。
ドミニク:
「安心しろ。俺はどこにもいかない。自分の手で食べる料理より、リンナの手で食べる料理の方が美味いと気づいたんだ。離れることはできないよ」
リンナ:
「本当に・・・?」
ドミニク:
「あぁ、本当さ。さ、泣くのはもうやめるんだ」
笑顔でリンナを宥めるドミニクは暗い影を落としていた。
クインシル:
「ドミニク様、本当にいいんですか?」
ドミニク:
「あぁ。ケアセンターに行ったところで俺の手足は生えてこない。ならここにいても同じだ」
クインシル:
「あなたの仲間はケアセンターに行くことを望んでいます」
ドミニク:
「俺たちはもう別々の道を歩いている。これからはお互いの道をしっかり歩こう」
クインシル:
「そうですか・・・」
ドミニク:
「…クインシル、俺はただ、戦場で『盾として死ぬ』覚悟をしていた。仲間を守るためならば、命を捧げても悔いはなかったさ。だが、今の俺はもう“戦う”こともできず、この体に縛られているだけだ。生き続ける意味を見出すどころか…ただ過去の自分を懐かしむだけで、それが自分にとって良いのかわからない」
ドミニク:
「それでも、次に進まないとな・・・」
ドミニクは何かを決心したような顔つきだった。
リンナ:
「ドミニク!もうやめて!あなたは頑張ったじゃない。それだけでいいのよ!」
リンナ:
「クインシルさん、もう帰ってください!二度とここには来ないで!」
その夜、クインシルは宿屋でインタビューをまとめていた。
そこにはある違和感があった。
リンナのドミニクに対する愛情、あれは愛情なのか?
もう自分で歩くこともできないドミニクに対し、おぞましい独占欲だったのではないか。
ドミニク自身もその独占欲に支配されているのを気づいているのでは。
明日またインタビューを試みてドミニクにとって何が最善かを話し合わなければならない。
インタビューが終わったドミニクは一息ついていた。
そして顔を洗ってもらうとリンナにもう一つ願いを伝えた。
ドミニク:
「リンナ、今夜は星が綺麗だな。久しぶりに、崖まで行って夜景を見てみたいんだ。君と一緒に見られたらいいなと思ってね」
リンナはその願いに一抹の不安を感じたが、ドミニクの願いを聞くことにした。
車いすのドミニクを押して崖にたどりつく。
満天の星空が二人を包む。
そこはかつてリンナを一度連れてきた場所でもあった。
あの時はこの星空に平和を誓って故郷にまた戻ると言っていた。
ドミニクの脳裏につい最近のように思い出された。
ドミニク:
「リンナ、君がずっとそばにいてくれたから、俺はこうしてここまで来られたよ。君には本当に感謝している。ありがとうな」
リンナは微笑んでドミニクにキスをする。
ドミニク:
「少しだけ、一人でこの景色を見ていたいんだ」
リンナは少しだけ不安を感じつつも、彼の穏やかな表情にほだされ、彼の願いを尊重して距離を置く。
リンナが見えなくなった後、ドミニクは静かに車いすを動かし、崖の縁へと進む。星空を見上げ、かつての「盾役」としての誇りを胸に、彼は静かに目を閉じた。
ドミニク:
「俺は皆を守った。それで十分じゃないか。そしてリンナ、君は俺に縛られる必要がない。自分の人生を生きてほしい」
ドミニク:
「俺がいることでみんなの時間を止めてしまっていた。本当にすまない・・・」
ドミニクは車いすから降りると這うように崖に移動する。
ドミニク:
「あぁ、なんてキレイな星空なんだ・・・」
そう言うとドミニクは満面の笑みを浮かべて崖下へと吸い込まれていった。
ドミニクの気配がないことに気づいたリンナは崖までもどってくる。
そこには誰も乗っていない車いすが佇んでいた。
リンナ:
「ドミニク!嘘・・・・なんでよぉ・・・」
暗い崖下を見つめながらリンナは呆然としていた。
翌朝クインシルは再びドミニクを訪れた。
そこには目が赤く腫れたリンナがいた。
クインシル:
「おはようございます。リンナさん。ドミニク様にどうしても聞きたいことが・・・」
リンナ:
「ドミニクは死にました・・・」
クインシル:
「え・・・?」
リンナ:
「あなたがドミニクを殺した!あなたが来なければドミニクは死ななかった・・・!」
取り乱した後、リンナは深い喪失感に襲われた。「彼を救えなかったのは自分のせいだ」という後悔が、彼女の心を縛り続けた。だが、その一方で、自分がドミニクを「独り占め」しようとしていたことに気づき、その歪んだ愛が彼を追い詰めてしまったのではないかとも思った。
リンナは後に語った。
「彼がどんな姿になっても、私にとっては唯一のドミニクだった。彼を縛りたくないと思いながら、実際には彼を縛ってしまっていたのかもしれない。でも、あの星空の下で彼が見せた顔は、とても穏やかだった。それが私の唯一の救いです。」
クインシルは今回のことを以下にまとめた。
人間の心には、論理では説明できない矛盾がある。ドミニクの中で『守りたい』という使命と、『自分がいないほうが良い』という罪悪感がぶつかり合い、彼を追い詰めていた。それを理解しながら、私はその矛盾を解きほぐせなかった。
私の行動は正しかったのか?彼のもつ闇に土足で上がり込んでしまったのではないか。
もっと違う形で言葉を交わせたら結末が変わっていたのだろうか。
彼が言った「それでも、次に進まないとな・・・」あれは自分以外の人生の時間を進めるという意味だったのか。その答えはもうドミニクから聞くことはできない。