管理番号0041 ペリドット
ペリドットは、勇者パーティの中で薬品の提供や解析を担当するサポート役だった。彼は魔法も剣術も使えないただの人間であり、仲間たちの中で最も戦闘力の低い存在だった。しかし、その献身的な仕事ぶりと鋭い頭脳は、パーティに欠かせないものだった。敵の毒に対する解毒薬を作り、罠の解除方法を分析し、時には食料の調達方法まで考える。彼の知識と行動が、数多くのピンチを救ったことは確かだった。
だが、それを知る者は少なかった。
魔王を討伐した後、パーティは英雄として名を馳せた。剣や魔法を振るい戦った仲間たちは町の広場で称えられ、銅像まで建てられることになった。しかし、そこにペリドットの姿はなかった。彼は影で支えた役割ゆえに、勇者として認知されることはなく、戦後すぐにパーティを離れ、静かに田舎の村へと戻った。
「自分がいなくても結果は同じだった」と、ペリドットはずっと思い込んでいた。他の仲間が「君がいたから成功した」と声をかけてくれても、その言葉を心から受け入れることはできなかった。
戦後の式典で、ペリドットも表彰されることになった。だが彼は「表舞台に立つ資格などない」と固辞した。それどころか、都に来るよう誘ったかつての仲間たちの誘いにも答えず、手紙すら返さなかった。
自分の存在価値は知っている。地味な仕事をした自分に民衆は称賛などするはずもない。
他のメンバーは替えの利かない者ばかりだが、自分は違った。
正直、薬の調合ができれば誰でもよかったのだ。
たまたま最後までパーティとして生き残っただけのこと。
民衆は派手でわかりやすい役割を支持していた。
田舎の村で静かに暮らしながら、ペリドットはたまに昔のことを思い返した。魔王を倒したあの瞬間、仲間たちとともにいたことが、自分にとって最も輝いていた記憶だった。
「俺だって、あの瞬間だけは、彼らと同じ場所に立っていたんだ」
その自尊心と現実の扱いの間に彼の存在意義が揺れていた。
この村は俺が何者だか知らない。
たまたまけが人の手当てをしたことが気に入られただけだった。
ある日、かつての仲間の一人がペリドットを訪ねてきた。彼は、仲間として再びペリドットと話したいと願っていた。しかし、ペリドットはその仲間を拒絶した。
「俺には、あんたたちと話す資格はない。俺は勇者じゃない。ただの凡人だ。」
その言葉を聞いた仲間は、それ以上何も言わずに帰っていった。ペリドットは、一人で家に戻り、机の引き出しから昔の冒険で使っていた日記を取り出した。それには、仲間たちと過ごした日々が細かく記されていた。
イヴォーグ歴151年7月30日
今日もイライジャが腹を壊した。何度も野草は食べるなと叱っていたが、聞く耳を持たなかった。
戦闘では鬼神の如く暴れる彼だが、こういう間抜けなところがあるのが彼らしかった。
薬を調合したがまた繰り返しそうだったので特別苦く作った。腹を壊せばまたこれを飲む必要があると思えば拾い食いも収まるだろう
イヴォーグ歴154年12月26日
いよいよ魔物の巣まで到達した。
自分がここまで生き残っていたのは奇跡に近い。その奇跡を起こしている仲間には本当に頭が上がらない。俺の代わりに戦士や魔法使いを入れればもっと楽な旅になったはずなのに。
もしかしたら俺がさっさと死んでいれば彼らはもっと簡単に辿り着けたんじゃないか。
最近その考えが頭から離れない。
イライジャは常に俺に手を差し伸べてくる。俺は毎回その手にしがみついて必死に後を追った。
でも本当はその手をさっさと離していればよかったのではないか。
イヴォーグ歴155年1月20日
ついに龍族のアドガンを倒した。
俺の記憶にあるのは仲間たちに湯水のように薬を与えていたことだった。
本当は連続投与は危険だったのだが、そんなことは言っていられない状況だった。
鎮痛剤の打ち過ぎで意識が朦朧としながら戦い続ける仲間をただ見ていた。
それでも彼らは俺の助けがあったからこそ勝てた!と言ってくれた。
嘘だとしても嬉しかった。
イヴォーグ歴155年3月1日
王様が式典を開くと言っていた。
当初参加する予定だったが、側近から耳打ちをされた
「あなたは参加しない方がいい。勇者のイメージが崩れる」
そうだよな。わかっていた。
俺はただ同行していたにすぎない冴えない男だ。
ノコノコついていったら煙たがられるだろう。
側近に金貨30枚をもらい、俺は何言わず国を出た。
あれから10年。俺の存在は今も知られていない。
これが俺の望んだ人生だ。
悔いはない。
そんな俺にアルデルン国から遣いが来た。
なんでも語られていない歴史を残したいとかなんとか。
クインシル:
「こんにちは、ペリドット様。今日は少し時間をいただいて、あなたが過去をどのように感じていたのか、そして今どのように生きているのかをお聞きしたいと思います。まず最初に伺いたいのですが、勇者パーティの一員として冒険をしていた頃のこと、どのように思い返していますか?」
ペリドット:
「どうって……そりゃあ、自分が本当に必要だったのか、ずっと疑問に感じてたよ。俺は剣も魔法も使えない。ただの薬師だ。仲間が戦っている間、俺は隅っこで薬を調合するくらいしかできなかった。それでも、あの頃は……まあ、それなりに楽しかったんだと思う。仲間が俺を頼ってくれる瞬間があったからね。」
クインシル:
「仲間が頼ってくれることで、自分の存在意義を感じることができたということですか?」
ペリドット:
「ああ。でも、それも一時的なものだ。結局、戦いが終わればみんな剣や魔法で勝ち取った勝利に注目する。誰が後ろで何をしていたかなんて、誰も気にしないんだ。俺がいたから戦えた、なんてことは、結局自己満足に過ぎないだろう?」
クインシル:
「ですが、他の仲間たちはあなたを必要としていた、と言っています。それを信じることはできないのでしょうか?」
ペリドット:
「彼らがそう言ってくれるのはありがたいよ。でも、それが本心かどうか、俺にはわからない。ただの慰めかもしれないだろう? 戦いが終わった後の式典で、俺の名前は誰も口にしなかった。それがすべてだよ。俺は必要だったらしいが、同時に、いなくても変わらなかったんだろう。」
クインシル:
「では、戦いの後に都に招待された際に、それを拒否した理由も、そこにあるのですか?」
ペリドット:
「ああ、あんな場所に行ったところで居心地が悪いだけだ。あいつらは俺をどう扱えばいいのかわからないだろうし、俺自身、彼らと並ぶ勇者だなんて冗談にもならないと思ってた。影にいるほうが楽なんだよ。少なくとも、そこで俺を否定する者はいないからな。」
クインシル:
「勇者としての称号を得ることよりも、影として生きるほうがあなたにとって心地良かったということでしょうか?」
ペリドット:
「心地いいわけじゃないさ。でも、俺にはそれが合ってたんだ。光の中で輝けるのは、剣を振るったり、魔法を操れる連中だけだ。俺みたいな影は、光の外にいるしかない。だからって、それが不満かどうかなんて、考える余裕もなかった。」
クインシル:
「それでも、仲間たちはあなたを必要としていたのではないですか? 彼らの手紙がその証拠ではないかと。」
ペリドット:
「手紙……俺はそれを開けなかったよ。読むのが怖かった。そこに本当に感謝が書かれていたとしても、それが俺を満たすことはない。逆に、俺の疑念を増幅させるだけだと思った。必要だったかどうかを聞くより、何も聞かずに生きるほうが楽なんだ。」
クインシル:
「では、もし過去に戻れるとしたら、何かを変えたいと思いますか?」
ペリドット:
「過去に戻ったところで、俺の役割は変わらないだろう。剣を持てるわけでもないし、魔法を覚えられるわけでもない。俺はただの薬師だ。あの時、俺がすべきだったのは、せいぜいもっと割り切って働くことくらいさ。仲間を救うために。それ以上を望むのは、分不相応だ。」
クインシル:
「最後に一つ伺いたいのですが、仲間たちが今でもあなたを大切に思っていると知ったら、どのように感じますか?」
ペリドット:
「もし……もし本当にそうなら、悪い気はしないだろう。でも、俺にはそれを受け入れる自信がない。俺が影の中でしか存在できない男だったことは、変わらない事実だからな。一瞬でも光の中に
いられると思っちまった。そんなこと叶うはずないのに」
クインシル:
「ケアセンターに来ませんか?あなたのような心に傷を持つ元勇者に助けが必要です」
ペリドット:
「俺が元勇者?違うな。俺はただの人間だ。こんな辺境の村で誰にも知られず死ぬのが似合ってる。もう放っておいてくれ」
インタビューを終えた後、クインシルはペリドットの姿を思い返しながら、彼がどれほど重要な存在だったかを自分の筆記録に綴った。彼が「影にいる者」として自分の存在意義を否定し続けた一方で、その影が仲間たちにとってどれだけ大きな支えだったのかを、彼に伝える術がないことを悔やむ。
彼が自分の価値を見つけられない限り、影は光を認めることができないのかもしれない。しかし、影の存在なしに光が成り立たないことを、彼がいつか気づいてくれる日が来るのを願うばかりだ。」
クインシルはこのインタビューを「影の中に宿る輝き」と題し、自分の記録に残した。