元勇者のケアセンター
アルデルン国王ウォーテンの政策は、元勇者たちの悲劇的な現実を映し出す社会的な救済措置として注目されるものだった。ウォーテンは自身も魔族討伐の立役者として称えられ、成功を収めた元勇者だったが、彼はその道がどれほど偶然に左右されるかを知っていた。仲間たちの一部は、役目を終えた後に社会に馴染むことができず、時にその力が逆に社会の脅威となる事実に彼は心を痛めていた。
ウォーテンは魔族討伐後も、かつての戦友たちの消息を注意深く見守っていた。彼らの中には、戦いの影響で心や体に深い傷を負い、社会復帰が難しくなった者が多くいた。さらには、戦闘で培った力が行き場を失い、暴力や略奪に走る者も現れ始めていた。
これを受け、ウォーテンは元勇者を保護し、再出発を支援する「ケアセンター」の設立を決意。その政策は、元勇者を脅威ではなく、社会の一部として取り戻すためのもの。しかし、この政策が世間に受け入れられるまでには多くの課題があった。
ケアセンターは、元勇者の心身のリハビリテーションを行う施設として運営されている。その目的は、元勇者たちが社会で新たな役割を見つけることを支援するだった。しかし、それだけではなく、元勇者の中で特に脅威となりうる者を隔離する役割も担っていた。このため、センターは5段階の管理レベルに分けられている。
Lv1: 社会復帰が可能と判断された者。基本的には一般的なカウンセリングと社会訓練が中心。
Lv2: 軽度の問題行動がある者。魔法や武力の管理が必要な場合もある。
Lv3: 中程度の問題行動や精神的負荷を抱える者。リハビリを必要とするが、完全な社会復帰は見通せない。また意思の疎通が図れるかどうかのボーダーライン。
Lv4: 重大な問題行動を起こす可能性が高い者。高度な監視下で生活し、社会との接触は制限される。
Lv5: 極度の脅威となる力を持つ者。完全隔離され、国の脅威管理の一環として扱われる。
センターには、様々な背景を持つ元勇者たちが収容されている。中には、英雄として称えられた過去が逆に彼らを苦しめている者もいれば、力の使い道を見失い、自分の存在意義を問い続ける者もいた。一部の元勇者はセンターの環境を受け入れ、リハビリを通じて新たな人生を歩み始めるが、他の者はその力や過去から解放されることがなく、次第に社会との接点を失っていく。
ウォーテンはこの政策に希望を抱いていたが、同時にそれが一つの実験でもあることを認識していた。彼の理想は、元勇者たちが再び「救う側」として社会に役立つ存在になること。しかし、現実はその理想を突きつける厳しい試練となりつつあった。
ウォーテンの政策は賛否を呼んでいた。一部の人々は元勇者たちを「危険な存在」と見なし、税金でその保護が行われることに反発。一方で、かつての英雄を見捨てることはできないと彼らの保護を支持する声も上がっていた。
特に、Lv5の元勇者に対しては、隔離という措置が「囚人扱い」だと批判される一方で、彼らが社会に解き放たれることへの不安も根強く存在いたのだ。
ウォーテン自身もまた、この政策の成否に自らの責任を強く感じていた。彼は「自分たちが救った平和」が、元勇者たちにとっても幸せであるべきだと信じていた。しかし、平和の中で傷つき、居場所を失う者たちを見つめる度に、その信念が揺らぐことも少なくなかった。
それでも、ウォーテンは彼らのために手を差し伸べることを諦めなかった。彼がかつて勇者として得た「救う」という使命感が、今度は仲間たちへと向けられていたのだった。
ウォーテン国王は、元勇者たちの保護と彼らの抱える過去の真実を掘り下げるため、慎重に計画を立てていた。その一環として選ばれたのが、エルフのクインシルだった。彼は優れた知性と長寿を備え、時間をかけて元勇者たちの心の奥深くまで寄り添うことができると期待されていた。
クインシルはウォーテンの信頼を受け、ケアセンターの職員として活動を開始した。その目的は二つ。
1.元勇者たちの保護
戦いの後、散り散りになった元勇者たちを見つけ出し、彼らの抱える問題を把握してケアセンターに招待すること。クインシルは、彼らが社会から孤立したり、自らを傷つける前に救いの手を差し伸べるため、あらゆる手段を講じる。
2.歴史の記録
元勇者たちが語らなかった真実を聞き取り、彼らが果たした役割を正確に記録すること。クインシルは書記官としての経験を活かし、個々の物語を丁寧に紡いだ。彼にとって、勇者たちがどのように戦い、何を感じ、何を失ったのかを知ることは、彼らを尊重し、未来へつなげるための重要な仕事だった。
クインシルは元勇者たちと向き合う際、決して急がなかった。彼の長寿という特性は、時間がかかる交渉やカウンセリングにおいて大きな利点となった。元勇者たちの多くは、過去の栄光や後悔に縛られており、自らの経験を語ることすら困難な場合もある。しかし、クインシルは一人ひとりの状況に合わせ、信頼関係を築きながら徐々に真実に迫っていく。
彼の方法は直接的ではなく、穏やかで知的なものだった。時にはインタビュー形式で、時にはただ静かに寄り添い、彼らが言葉を紡ぐのを待つ。その柔らかい態度と知的な洞察力によって、クインシルは次第に元勇者たちの心を開き、彼らの背負った傷を共有することができた。
クインシルは、元勇者たちの語りをただ記録するだけでなく、それを歴史として整理することにも取り組んだ。それは単なる英雄譚ではなく、彼らの葛藤や喪失、そして人間としての苦悩を記録したものだった。ウォーテンは、この記録が後世の人々にとって重要な教訓となることを願っていた。
しかし、元勇者たちをケアセンターに誘うのは容易ではなかった。多くの元勇者が、自らの力や過去に対して強い後悔や罪悪感を抱いており、外界との接触を拒む者もいた。クインシルは、そうした彼らの感情を理解しながらも、根気強く彼らを説得し続けた。
ウォーテンは、ケアセンターが単なる保護施設ではなく、元勇者たちが新たな目的を見つける場所であるべきだと考えていた。そのため、クインシルの役割は単に元勇者を保護するだけでなく、彼らに未来を見せることでもあった。しかし、クインシル自身もまた、彼らの悲痛な過去を目の当たりにするたびに、その理想と現実の間で葛藤を抱えるようになる。
それでもクインシルはこう考えた。
「どれほど絶望的に思える人生でも、記録され、理解されることで救われる命があるのならば、私はそのために時間を惜しまない。」
彼の静かな情熱と粘り強さは、次第に元勇者たちにとっての希望の光となっていく。ウォーテンが築いたケアセンターの理想を実現するため、クインシルは今日も新たな元勇者との出会いを求め、旅を続けていく。