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03.吹奏楽部

 あれ以来、薫ちゃんと梨花ちゃんとは話すことは無くなったが、葵ちゃんと加奈子ちゃんとは上手くいっている。四年生も三学期に入り、来年からのクラブ活動をどうするか、が今注目の通学の話題だ。

 葵ちゃんは、習字に学習塾。加奈子ちゃんは同じく、習字とそろばんを習っており、学校のクラブは、体育会系のバトミントン部にすると意見を一致させ、決定されたものとして伝えられた。

 私は持病の小児喘息を治療する意味も兼ねて、一年生からスイミングスクールに通っていて、運動は日課になっていた。そこでクラブは、文化系。取り分け毎朝お父さんがBGMとして流す、クラシックやジャズに影響を受けて、吹奏楽部に入りたいな、と思っていた。

 二人から「歩ちゃんもバドミントン部にしようよ」と、やっぱり誘われた。自分の思った通り、吹奏楽部に入りたいと伝えればいいだけなのだが、葵ちゃんには伝えられても、加奈子ちゃんには言いづらかった。加奈子ちゃんは私達三人の、影のリーダー格だ。

 じゃあ、先頭を走って引っ張って行くかって言うと、そうじゃない。影のリーダーだから。例えると、学校の課外授業で後方支援をしている、引率の先生だ。

 キチンと先頭に付いて行っているか、列をはみ出していないか、など大らかに、しかし手抜かりなくチェックしている。この引率の先生に従わず隊列を外れたら、交通事故を起こしたり、迷子で一大事になってしまう。

 あくまで、加奈子ちゃんの目の届く範囲内で自己主張しないと……。言おうか言うまいか悩んだ。けど、言わなくちゃ伝わらない。

 果たして加奈子ちゃんは、私の意志を受け入れてくれるだろうか? ……葵ちゃんも加奈子ちゃんも、私の返事を待っている。

 私は加奈子ちゃんに精一杯の勇気を振り絞って、「私、吹奏楽部に入りたいな」と伝えると、二人は案外あっさりと「ふーん、そっか」と諦めて、もう話題は切り替わっていた。

 二人がバドミントン部に決めたのも、これと言った強い思いがあるわけでもないみたいで、「何となく出来そう」と言うのが、聞くに連れて分かった。

 友達付き合いも気を使うもの何だな、と初めて経験した。

 私達は五年生のクラス替えでもバラバラだったが、登校は変わらず三人仲良く通っていた。


 そして私は、念願の吹奏楽部に入部した。

 背筋をピンと伸ばして吹く姿がかっこいいな、と、憧れていたトランペットに立候補した。しかし、他にも志望する子がいたのでくじ引きで抽選となったが、ハズレだった。

 残りの第二志望にアルトサックスがあったので、今度こそは、と願い手を挙げたら他に被らなかったので、担当に決まった。

 正直言うと、金管楽器と木管楽器の違いもよく分かっていなかったので、()()()アルトサックスで充分満足した。

 最初は、楽譜のおたまじゃくしの違い。マウスピースのリードの付け方。初心者用の、リードの選び方。タンギング。サックスの運指も、何もかも分からず、ズブの素人だったが、何となく日々の練習で、見よう見まねでやっていった。

 そして、日を重ねるに連れて、ゆっくりではあるが理解していってるようだった。

 五線譜の譜読みも、オクターブを変えるのも、徐々に分かってきた。悪戦苦闘しながらも、私は秋口まで何とかついて行った。

 しかし、楽譜通り吹いていても、タイムという記録が出る水泳などとは違い、果たしてどれ程のレベルなのか分からない。練習に打ち込んでも成果が解らず、私の心の奥底は不安だった。嫌、不満だった。

 スイミングスクールは、一目で、結果は分かった。

 初めてスクールにお母さんに連れて行かれた時は、幼児期に海水浴に行ったことがあるそうだったが、物心つく前の話だ。

 お母さんはインストラクターに、「初めてですから。お手柔らかに」と念押ししたが、冗談半分だと受け取ったインストラクターは、私をプールに突き落とした。私は案の定、溺れた。それを見たインストラクターは私を救助して、本当にゼロから教えてくれた。

 プールのように波のない業態ならば、抵抗しなければ自然と浮くことを覚えるのに、時間は掛からなかった。

 そこから、プールサイドでバタ足の練習。息付きの練習。ビート板。潜水。もうそこからは泳げるのに、時間は掛からなかった。

 日を追うごとに上達して行っているのは、自分でも分かった。

 しかし、白黒はっきりしない、ハングリーさが感じられない、ぬるま湯な感じの吹奏楽は、やりきれなさを覚えた。

 中でもパート練習。

 サックスのパートリーダーの六年生は、リーダーとは名ばかりで、いざパート練習となると、「サックス。自主練」と、自分勝手な個人練習ばっかりだった。彼女がパートリーダーに選ばれたのは、単に誰よりもキャリアが長いからだった。

 パート全体を見てやしない、マイペースなリーダーに疑いを覚えた私は、朝食の席でこの問題についてお父さん、お母さんに相談した。

 お母さんは「困ったものねぇ」、と同じ意見のようだったが、解決策は浮かばなかったようだ。一方お父さんは、

「パートリーダーのことは、誰かに言った?」

 と尋ねてきた。私は、

「ううん。まだ誰にも言ってない」

 と返事した。それを受けてお父さんは、

「歩。正解だ。その件は、周りに軽はずみに言っちゃいけない。何処(どこ)で、噂が噂を呼び、パートリーダーの娘に漏れ伝わったら、歩の立場が危うい。いじめまで発展する可能性があるよ」

 お父さんはコーヒーを一口飲んで、続けた。

「不平不満は心に思っていても、絶対他人に漏らしちゃ駄目だ。部外者である、葵ちゃんや加奈子にも言っちゃ駄目だ。みんな秘密の話には目がないからね」

 話を少し変えて、お父さんは聞いてきた。

「じゃあ吹奏楽部の担当顧問の先生にも、まだ言ってない?」

 と聞いてきたので、私は、

「うん。まだ言ってない」

 と答えた。そうすると、お父さんは(しばら)く考えて、

「第三者で。上司である担当顧問の先生に、秘密裏に内部告発するのが正解だと、お父さん思うな。管理監督責任者でもあるわけだし」

 そう言って、お父さんはもう一口コーヒーを含んだ。続けて、

「そうすれば水面下で、内内で、処理してもらえると思うよ。父さんの意見、どうかな?」

 とお父さんは、小学生の私には難しい言い回しをしたが、真剣に答えを出してくれた。

「顧問の先生に言え、ってことね。解った。そうする」

 と、私はお父さんとお母さんに相談して良かった、とホッとした。

「歩。あくまで誰もいない所で、興奮しないで落ち着いて。それと、飾らず、ありのままを伝えるんだぞ」

 とお父さんは付け加えて、アドバイスしてくれた。

 その日の登校時、葵ちゃんと加奈子ちゃんは何を思ってか、

「歩ちゃん。吹奏楽部楽しい?」

「バドミントン部楽しいよ。良かったら来なよ」

 と、私の心の中を覗いたように、話しかけてきた。

 吹奏楽部でうまくいってれば、聞き流せたんだろう。けれど、今の置かれている自分の立場を考えると、二人の何てことない会話も心の奥に、ズシンと響いた。


 それから一日二日と経過したが、顧問の先生が一人きりになるタイミングは、なかなかなかった。

 お父さんとお母さんに話してから、五日過ぎたタイミングで、

「私。控室の片付けするから、パート別練習に入って」

 と先生は教室を離れた。パートリーダーは、

「サックス。自主練」

 と言って、各自練習を始めた。私はやっといいタイミングが訪れたと思い、各自、自主練に没頭している隙を見計らって、教室を抜け出し、隣接している控室へ行った。

 先生は、楽器の片付けを行なっていた。

「先生。ちょっといいですか」

 散らかった備品用具室も兼ねている控室で、作業の手を止めることなく背中を向けたまま、「何?」と返事が返ってきた。

 ──授業で使うのはいいけれど、ちゃんと元の位置に戻して欲しいわよね。

 先生は独り言のように、呟いた。

「先生。私、上手くなってるんでしょうか?」

 私の問いかけを受けて先生は、上半身だけ捻ってこちらを一目見た。そして、一拍置いて答えた。

「山田さん。上手く吹けているじゃない」

 そう返事して、また体勢を戻して作業を進めた。

「私、上達しているのかどうか解らなくて、不安なんです」

 先生は手を止めず、返事も返さなかった。私は続けた。

「パート練習も自主練ばかりで、リーダーは何も教えてくれません」

 私は尚も続けた。

「『こうした方がいい』『ああした方がいい』。『駄目だ』、『上手くいってる』って言ってもらった方が、私、ちゃんと向き合えると思うんです。はっきり言って欲しいんです」

 そこまで言うと、先生は作業を進めながら呟いた。

 ──リーダーに指導方針を指摘しても、只、揉めるだけで結局は一緒よ。

 とボソッと言い、漸く作業の手を止めて、こちらに振り向き、私に対して言った。

「山田さん。何年目?」

「え?」

 咄嗟で、何を聞かれたか分からなかった。

「だから……。吹奏楽初めて、何年目?」

 先生は作業の邪魔が入ったことに、明らかに、()()()、と言わんばかりに聞いてきた。

「今年入ってからですけど……」

 力なく答えると先生は、はっきりと返答した。

「そんなものよ」

「え?」

「だから、一年目はそんなもの。まだ音楽が何かも解らない、手探りの状態よ。みんなそこを通って、上達しているの。ああでもない、こうでもない、と手探りで試行錯誤を重ねて、やっとこれだってモノを、掴み取るわけ。そのうち、何かは掴めてくるから。私からは特段注意することもない。だから何も指摘しない。リーダーも自らの経験から、自主練こそが遠回りでも身になるって分かっているから、敢えて何も言わない。そう、私は(とら)えているわ」

 そう言うと、また片付けのため、背中を向けた。

「もういいかな。今日中にここ、片付けてしまいたいの」

 そう言って、散らかった楽器を、一つずつ所定の位置に戻す作業に係った。

 先生の言うことは理解出来たが、解決の糸口にはならず、不満は解消されなかった。私はこのやりとりで、吹奏楽に対する熱意は、(しぼ)んでいった。


 冬へと移る季節変わりで、小児喘息の発作を起こして、学校を一週間休んでいたら、楽曲が新しい物に変わっていた。もう全体練習に入っており、難なく、周りは一通り、演奏出来るようだった。

 私は、置いてきぼりにされた。

 顧問の先生も、伴奏者全体は見ているが、個々に抱えた問題は、以前の一件同様、目もくれない。

 私にとって、初めての挫折だった。

 私はこの一件以降、吹奏楽を続けるだけの気力は、持ち合わせていなかった。

 そこで葵ちゃんと加奈子ちゃんの後押しもあったので、六年生に進級するタイミングでバドミントン部へ移ることにした。

 二人は、と言うか取り分け加奈子ちゃんは、まるで自分のことのように、殊更(ことさら)嬉しそうに私を向かい入れてくれた。

 バドミントンとの両立は難しいと思ったため、お母さんに相談して、五年生一杯で、スイミングスクールは退会することに決めた。すると身体の成長も伴ってか、どういうわけか、小児喘息は発作を起こすことは二度となかった。

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