表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/19

01.新居

 延床面積三十四坪。天窓から日が差し込む、吹き抜けのリビングダイニング。そこに繋がる、オール電化のオープンキッチン。居間が三室。駐車スペースが一台。芝生と木々が生い茂る、幾許(いくばく)かの庭が売りの注文住宅は、新年度を間近に迎えた頃に完成した。

 小学四年生の時、アパートから今の注文住宅に転居した私は、自室が出来たことより、転居しても校区が変わらない事をまず喜んだ。

 アパートから徒歩で十分。

 郊外の住宅が軒を連ねる高台の一区画に、大地主が長らく道楽で遊ばせておいた、広大な家庭菜園があった。その土地が分譲で売りに出て程なく、お父さんは土地を買い、家を建てたため、転居して二年程は隣に家がなく、毎日夕焼けで西の空は眩しかった。

 アパートの近所にある公営団地の同学年の(かおる)ちゃんと梨花(りか)ちゃんは私に、「(あゆむ)ちゃん、新しいおうちいいなぁ。毎日遊びに行ってもいい?」と尋ね、私も「いいよ。来て来て」と歓迎した。

 次の週末、新築披露に親友として、一番最初に招いた。

 私が先導して、「ここがリビングダイニング」、「ここが私のお部屋」と見せて回って行ったが、二人は緊張して落ち着きがなかった。おやつに出したショートケーキも美味しくないのか、二人とも残した。

 一通り見終えて、「私のお部屋で遊ぼう」と誘っても、「もういい」と揃って首を振りそそくさと帰って行った。毎日遊びにくるって約束だったが、その後何の音沙汰もない。

 翌週末の学校の休み時間、薫ちゃんに、

「何で来てくれないの? 遊びに来るって言ってたじゃん」

 と問うと、

「……もう歩ちゃん違う町内の()だもん。私達と違うもん。もう知らない。梨花ちゃん、行こう」

 と物別れになり席を立たれた。

 帰ってお母さんにこのことを話したら、

「この町内に同じ学年の娘達いないの? その娘達とお友達になったら?」

 と思いもよらない答えが帰ってきた。

 小学校への通学路の一番早道もまだ分かってないのに、同じ町内の同級生が誰か何て分かりっこない。

 他の学校は、集団登校や集団下校というのがあるらしいが、私の学校にはない。新学年と共に引っ越して来てからゴールデンウィークが明けるまで、仕方なく、一人で登下校していた。

 ゴールデンウィークが明けてすぐ、見知らぬ六年生に、

「山田さん? ……だよね。ごめん、ちょっといい?」

 とお昼休憩の時間に呼び付けられた。

 渡り廊下の先に、同級生の女子が二人して待ち構え、並んでいて声を揃え、

「山田さん、明日から学校一緒に行かない?」

 と誘われた。

 毎日一人きりで登下校していたのを同じ町内の六年生が分かって、町内の取り分け家が近い同級生の娘に、一緒に登下校に誘うよう言われたみたいだった。


「それでね。うちから公園に向かって二つ角を登った先にある、大きな庭のある家があるの。それが(あおい)ちゃんのおうち」

 私は次の日の朝食で、昨日六年生から紹介された二人の事を、早速お父さんに伝えた。お父さんは新聞を毎日、二つも読んでいる。

「公園前の大きな庭のおうちが葵ちゃん、か」

 お父さんは両手を大きく広げて新聞を見開いて、バサッと音を立てて裏返しにした。

「それでね。うちより学校に近い、玄関にセキセイインコを飼っているのが、加奈子(かなこ)ちゃんのおうち」

「セキセイインコが加奈子ちゃん、と」

 興味深い記事があったのかお父さんは新聞を四つ折りにして、空いてる右手で眼鏡の縁を掴んで、ピントを合わせている。

「お父さん。ちゃんと聞いてる?」

 新聞から目を離すことなく、適当に相槌を打っているように見えた私は、お父さんに確認した。

「聞いてるよ。大きな庭の葵ちゃんに、セキセイインコの加奈子ちゃんだろう?」

 正確な回答で間違え()()ないのだが、オウム返し()()で、ダイニングテーブルに向かい合わせに座っていても、一向に目を合わさないお父さん。このいい加減な態度に、私は納得がいかず不貞(ふて)腐れた。

「歩。女の子が変な顔しないの。お皿下ろして頂戴」

 オープンキッチンとダイニングテーブルを隔てたカウンターには、お母さんが調理したトーストやハムエッグ。スープがいつの間にか次々と置かれていた。

 続々と送られて来るお皿を、私は慌ててテーブルに並べていった。

 お父さんはマーガリンを塗ったトーストと、チーズトーストを一枚ずつ。お母さんは食パンに、マーマレードを塗ったのを一枚。私はトーストにハムエッグを乗せて、オープンサンドにして一枚食べる。スープは日によって違っていて、今日はセロリとじゃがいものコンソメスープだ。一頻(ひとしき)り食べ終えると、お父さんはレギュラーのブラックコーヒー。お母さんは、そこにミルクと砂糖を加えたもの。私は牛乳を仕上げの一服とする。アパートの頃と変わらない、朝の定番メニューだ。

「何にしても、近所に友達が出来たことは、いい事じゃないかな」

 とテーブルにお皿が揃った所で、(ようや)くお父さんは新聞を片付けて、

「では、手を合わせて。頂きます」

 と家族三人合掌して食べ始めた。

 食べ始めてすぐ、お父さんのいつもの癖が出た。

 ハムエッグの白身の部分だけ最初に食べ切ってしまって、黄身とハムの部分を残しておく。そして他のトーストやスープを全部食べ進め、最後に残しておいた黄身とハムを、歌舞伎の大向(おおむこ)うのごとく、「待ってました」とばかりに口にして、完食する。

 お母さんと私が食事を終えた皿を流し台に持って行き、片付けると、お父さんはそれはそれは幸せそうな微笑みを浮かべ、ブラックコーヒーを飲んで余韻に浸っているのであった。

 後で汚れが簡単に落ちるように、前もってお皿をお湯に浸しながら、お母さんにひそひそ声で聴いてみた。

 ──お父さんの卵の食べ方、お母さんは気にならないの?

 お母さんも小声で、

 ──そりゃ気になるわよ。歩が生まれる前からよ。何度言ってみた所で、「僕の食べたいように食べていいじゃないか」って、全く聴く耳持たないのよ。

 と返してきた。

 ──お母さん、嫌じゃないの?

 と問うと、

 ──嫌よ。けど、よそ様の前では絶対しない、って約束だから我慢してるの。

 とお母さんも同意した。

「お母さん。洗い物何か後にして……。コーヒーが冷めるよ」

 と、お父さんが声を掛けてきて、二人してドキッとした。

 テーブルに戻りがてら、お母さんは言い訳のように、お父さんに述べた。

「嫌、歩とね。薫ちゃんと梨花ちゃん。あれ以来トンとご無沙汰ねって、話してたんですよ」

 と咄嗟にうまい言い訳をした。お父さんは、

「『足元から鳥が立つ』と言った、具合だったんだろうね」

 私とお母さんは意味が分からず、お互い顔を見合わせお父さんを見返した。

「『足元から鳥が立つ』って言うのは、『身近で思いもよらなかったことが起こること』、を意味するんだ。薫ちゃんも梨花ちゃんも、もっと地味地味とした、瑣末(さまつ)なもんだと思ってたんだろう。けど、いざ来てみたら、『天窓がある』『リビングダイニングだ』、『歩の個室もある』などなど。正直(うらや)ましく、(ねた)み、(そね)みを、いかばかりか覚えただろうね」

 と相手の思いを汲み取って呟いた。

「けど、歩。悪く言っちゃいけないよ。人間誰しも表の顔、裏の顔は必ずある。どんな相手に対しても相手の立場を汲み取って、表の顔。つまり良い面に着目する。『性善説は偽善だ』、何て、物事を何でもネガティブに言う人はいるけど、お父さんはそうは思わない。相手の表の顔、良い面に光を当てる。必ず良い面があるはずだから、そう言う部分に着目する。歩がそんな風に捉えて育ってくれると、お父さん嬉しいな」

 と職業柄なのか、元々の資質なのか、お父さんは私にそう言い聞かせた。

「現にお父さんは持ち家を持ったが、住宅ローンと言う課題も抱えたじゃないか。表があれば裏もある。世の中そう言うものだよ」

 最後、お父さんは自分に(いまし)めるように私に告げた。

「そのことですけど、前の話を持ち返すようですが……。朝食は出来合いの簡単な品に変えて、私も勤めに出るって話、再度検討しませんか?」

 と、お母さんはお父さんに持ち掛けた。

「その話はまた帰ってからにしよう。もう時間だ。歩も急ぎなさい」

 私は飲み掛けの牛乳を空にして、学校へ行く支度をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ