SIDE STORY : なぜ人類は戦うようになったのか?
────場所は、ユニオン大統領とトラストの理事二人、そして自立兵器と呼ばれている存在、本当の名を『クラウドビーイング』という存在からの使者二人が会談する砂漠に戻る。
───まず一口、ゆっくり口に含み、舌で転がしてから、熱いものを嚥下する。
「驚いた…………データ通りのはずなのに、生身で味わうシャンパンは、やはり違うのですね」
この場ではずっと歳上の小さな身体で、自立兵器……否、『クラウドビーイング』代表であるグートルーンは初めての酒を味わっていた。
「300年の歳月の結果だ、博士。
ワインも、ビールも、焼酎も……今では、ブランドすらあるんだ。
かつて、あなたが教えてくれた文化……今は我々が紡いでいる」
クオンの言葉に、グートルーンは感心した表情を見せている。
だがその隣……クオンに似た顔立ちの、アークは不満そうな顔を崩さなかった。
「…………」
「不満そうだな、アーク」
「そうですね、ゼロツー」
「クオンと呼んでくれ。気に入っている」
「…………あなたが、勝手に名前を名乗るようになるとは。
我々はグートルーン博士の元、この星を正しくテラフォーミングするべく作られたはずですが?」
「不満か、やはり。不良姉妹が作ったものが」
「ええ、大変個人的で申し訳無いのですが、
不満ですよ。我々クラウドが管理できなかった結果再生された文化が」
アーク、と小声でグートルーンに諌められた物の、等のアーク本人は分かりやすくそっぽを向く。
「…………どうするかね、気まずい家族の再会だ」
「この中に、割って入らなきゃいけないってのが、政治家っていう恥知らずな職業の嫌なとこだよな」
一方の男性陣、ユニオン大統領のドレッドヘアーにスーツ姿の黒人種、ニック・スナイダーとオールバックの白人種、ゲイリー・バークマンは、静かに見守るしか無い間柄の彼女達の雰囲気を察して、不躾ながら割ってはいる決断をした。
それまでに、一杯アルコールを飲み干したが、些細な事だ……
「なぁ、聞いていいかな?」
ニック自身、不躾な感じはしたが、今はそれでいい。
このまま空気が悪くなるよりは、自ら修正できる範囲で空気を悪くするのだ。
「なんでしょう?」
「……ミス・クオンからはおおよそは聞いている事だが……
あいにく、300年前の言い伝えなんぞ聞いてないような世代だ。隠されてもいた。
俺たちの祖先は、なんでアンタらから、わざわざ離れたんだ?」
途端、凄まじい目をするアーク。
だがその隣で、そっとアークに手を伸ばして制し、グートルーンは静かにニックの方向を振り向く。
「……私たちが、クオンがまだゼロツーと呼ばれていた時代に、この星をテラフォーミングしたのは、分かりますね?」
「ああ……アンタらのことはボカして、学校で習うよ」
「…………では、『バイオスフィア5』の事は?」
「……なんだって?」
初めて聞く単語だった。
「ああ、人類生存圏の事だ大統領。
アレの本当の名前は、『バイオスフィア5』という」
「……俺の少ない知識だけど、聞いたことあるぞ……!
補習で習った所だ……ああ……!
バイオスフィア1、それは地球自体のことだった……よな?
それで大昔、地球の環境を再現した箱庭、『バイオスフィア2』が作られた。
色々有意義な失敗の実験だったっていう先生の話が思い出される」
「良くご存知でしたね。
かつて、もう600年も前から地球は戦争と人類の無意味な経済拡大による環境破壊の結果、100年持つか分からないほど荒廃しました。
私達……ええ、私がクラウドビーイングとなる前、まだ人造人間端末『オーグリスシリーズ』の一人だった頃から、テラフォーミングの為の自然環境再現・再生用の人工の箱庭として、『バイオスフィア3』そして『バイオスフィア4』を宇宙へ上げて、この星へ運んできたのです」
「そして、火星のナノマシン散布によるテラフォーミング第3段階で事故で落ちたのが、『バイオスフィア4』だ」
ふと、グートルーンは、近くの土を握り、手のひらの上へ乗せて見る。
「────今この星にいる全ての細菌や微生物は、
その全てがナノマシンかどうか区別が不可能な段階になっています」
その視線に、何か怯えや、迷いを見せながら、手にひらの上の土をニックへ見せる。
「かつてゼロワンとゼロツー……二人の私たちが作った『火星人』と共に降り立ったこの星は…………ええ、それはそれは綺麗な自然と、風と水と、雲……我々が目指した理想の星の姿を全て備えた……楽園のような星に変わっていました」
────思い出す、あの時の光景。
機械の虫のような身体で採取したサンプル達、
木々……草……苔……分解者たる菌糸類。
どう見ても虫としか言えない生物達、当然存在する捕食動物達。
そして、地球にはいないはずの新しいもの。
「─────我々は、テラフォーミングを良くも悪くも成功させたんです。
ただし……我々も知らない、知っているようで知らない恐怖の生態系を持って」
ぎゅ、と手のひらの上の土を握るグートルーン。
「……このもう一つの地球となった火星に、人間が入り込む余地は存在するのか?
ともすれば、もはや情報体へとなった我々のまま生きるべきか。
あなた方は、その実験のために生み出されました」
そして、ニックの方を向いて、真剣な目でそう言い放つ。
「……なんだって?」
「計画名、『第二の火星人』。
この星の微生物と化したナノマシンを混ぜて生み出された人間が、ある意味で正しい火星人があなた方の祖先。
あの『バイオスフィア5』の中で、火星に人間が繁栄出来るかどうかを、試すために私たちが作った新しい命……
それが、あなた達。
全て、私たちが用意したもの……だった」
オーマイゴッド。思わず声も出さず呟くニック。
今まさにその『神』が、創造せしものが目の前に、いる。
「まぁ、計画は失敗しました。
あなた達とそこの愚かな姉妹のせいで」
「アーク!!」
と、いかにも不満そうな顔でアークが言うのを、グートルーンは慌てて諌めようとする。
「博士はお優しいですね。
それに比べて、あなた方の祖先は博士の優しさにつけ上がり、勝手にこちらの用意したバイオスフィア5を奪って、地球の愚かな歴史を繰り返、」
バチン、とアークの頬に平手打ちが入った。
「今は黙りなさいアーク!!
私の指示に従いなさい!!」
その行動の主であるグートルーンが、そうアークの服の胸ぐらを掴んで顔を至近距離まで近づけて言い放つ。
「……はたいてごめんなさい。
でもお願い。今は……事実を伝えたいだけなの」
「…………分かりました、博士」
叩かれた頬を手で触りながら、視線を下に向けて俯いてそう答えるアーク。
ようやくお互い離れたところで、クオンがアークの肩に手を置いて、睨みながらアークは払い除けていた。
「ごめんなさい。見苦しいところを」
「…………いいさ。一つだけ分かったからな。
さては、俺たちの祖先は、なんかあなた方に相当酷いことしたな?」
「…………事実を教えます。その上で、全てを始めましょう。
……そう、私たちは火星の新たな環境に適応できる人間としてあなた達を生み出し、そしてあなた方が『人類生存圏』と呼ぶ環境再現のための箱庭、
『バイオスフィア5』へ入れて、ある実験を行うことにしました」
「実験って?」
「……あなた方に信じる『自立兵器が人類をこのバリアに押し込んだ』という神話も、我々が吹聴した物なのです」
グートルーンの言葉に、ニックは『何故?』と言う疑問が浮かぶ。
当然だ。意図がわからない。
「初めは、我々と第1世代数人を育てる人造人間端末による家族数グループと、小さな村と最低限の武器を持たせて、我々が扮する『人類から自立した兵器』による死の危険のあるストレスと、それでも繁栄可能な自然と土地を持って、文明を育てること、文化を育てることから始めました。
やがてあなた方だけで文明を維持・発展できるようになりました。
我々が、明確な敵になることで、人類はお互い守り合い団結する。
そして、もう2度と地球のようなことにはならないようにと……そのためにこの形で、新たな火星人類が発展できるように努めていきました。
…………ですが、あなた方はいつからか人類同士の対立が目立つようになった。
我々が明確な敵と分かっていてもそっちのけで。
我々が手を引いても……」
グートルーン本人も、おそらくみたからこそ分かるどこか諦めを含んだ遠い目でその話を語っていた。
「故に、我々はやはりあなた方を全て情報体へと転化し、クラウドとしてこの星で住むことに決めたのです」
そして、やはりと言うか、
結論は予想通りのものだった。
「……まぁ、そうもなるか……
嫌がったんだな、知ったご先祖様は?」
「ただ嫌がるだけなら、どれほど良かったか」
「ああ…………あなた方の仲間にもいたもんな。
俺たちのご先祖と同じ意見のものが」
俯くグートルーン、睨むアーク。
そして……全てを知った上で、人とクラウドビーイングの二人を見やるクオン。
「───我々はずっと、地球と同じ道を辿るあなた方を、それでも見守ってきました。
…………ゼロツー達が、あなた方の文明を見守る立場になっているのなら、最悪は避けられるとも信じて……
時に、人工抑制のための襲撃もあった……あなた方にとっては酷い行為でしたね」
「俺よりインペリアルの面々が聞いたら怒りそうですがねぇ」
「…………改めて、あなた方に通告します。
人類は、ただ個体として無秩序に生きる限りは真の平和と秩序は手に入れられません。
情報体への転化を……どうかあなた方の意志で選んでほしい。
今のままでは、私たちと戦う前に自滅する事もあり得ます……」
ふむ、とニックは顎に手を当てて唸る。
「……俺個人はアンタのこと、嫌いじゃないんだがね。
交流やアンタらの言う情報体とやらの転化を望む人間もいるだろうよ。
ただ……一つだけアンタら、肝心なことを忘れてるんだ。
それが分かったよ……そのせいでご先祖は、ミスクオン達を抱き込んでアンタらから離れたんだろうよ」
え、と言うグートルーンに、ニックは、言葉は選んだつもりだがはっきりと答える。
「俺は、アンタが好きだが、アンタみたいなのが嫌いな人間は必ずいる。
だがもっとひどく言えば、アンタを利用したい人間もいるし、アンタ方の存在が気に入らなくて、作り笑顔で近づいて中から潰す気の人間も出るだろうって所だ」
「……どう言う意味ですか?」
「アンタらは良い奴だから、俺は親切で教えてやるよ。
人類は人類という括りで動く奴は、決していない。
団結は、その始まりから利害の一致と、狭い範囲の中のことだ。
おそらくアンタらは、別に貶す意味じゃないが、高尚な理由で集まってできた集団で、それが転じた情報体とやらの意思の塊だからこそ忘れちまったのさ。
いい意味でも、悪い意味でも、人間の本質なんてものは曖昧で、ちょっとの誤差で千差万別なのさ」
「それは……」
「俺を見ろ。俺は軽薄で、ファッション第一だ。
どこにでもいそうだろ?でも俺は俺しかいない。
俺は俺の兄弟みたいな仲間もいるが、たまにどうしても意見が合わなくて喧嘩もする。
何度も、何度もそこだけはな、譲れない。
でも今も仲良しだ。なんでだ?
───争いが、そんな悪いもんかね?
アンタ、悲しい物見たかもしれないし、否定したい気持ちも分かるが……
少なくとも、拳とか蹴りで語らなきゃいけないことはあるんだよ、人間様には」
グートルーンの顔に、恐怖のような表情が出た瞬間、アークが凄まじい顔で飛びかかろうとする。
「貴様、博士になんてことを言うのですか!!」
「やめろ」
しかし、クオンが掴んでそれを止める。
「離せゼロツー!!
そもそもお前が!!!
お前が博士を裏切らなければ!!!!」
「───まだ、ゼロフォーとゼロファイブ……
今は、ソラとフォルナという名前の妹にした事は許しきれていないんだ」
と、クオンの言葉に、アークもグートルーンも引き攣った表情で固まる。
「……博士、もう答えてくれるだろうか?
あの時の質問……
なんで幼い妹二人を地球へやったんだ?
本当に、ただ地球再生の可能性のためだったのか?」
「………………」
「あなたは優しい。そこが好きだよ。
あなたは…………でもあなたが気づききれてない欺瞞も多いから、私もキツネ姉様も許しきれてない。
そして、さっきそこの我らが大統領が言った言葉に自分で言った自論ですぐ反論できてないところが……
一番嫌いだよ、クラウド・ビーイング。
いつもの並列化し統合した情報の整理はどうした?」
クオンは、一瞬睨むような目で、言葉を吐き捨てる。
「…………」
睨むアーク、俯くグートルーン。
「……だからと言って、このままそこの人に地球の歴史を歩ませて良いのですか、あなたは?」
「それで滅ぶのなら納得すると彼らは言った。
ならば、私は彼らのサポートという役割を果たすだけだ。
滅ぶならそれも見届ける」
「愚かな……情報体へ転化すれば、滅ぶことも争いもなくなるのに!!」
「お前も私も情報体になれない。
私たちは容量が大きすぎるからな。
そのくせにお前はそっち側につくのか?」
「!」
「そこまで!!
喧嘩するにはまだ早い!!」
クオンへ拳を振りかぶったアークは、そのニックの言葉に動きを止める。
「……アンタら、情報は即座に統合できても、やはり心はそう簡単に統合できないらしい。
良かったよ、兄弟!俺たちと同じだ」
「…………」
「アンタら全てを否定しない。俺は、好きに人間と情報体を選べる社会を作る事に決めた。
マニフェスト的に良いだろ?排斥主義者よりはずっといい。
そのためには、アンタらの真実の開示と、アンタらと交易と同盟が必要だ」
「…………私たちの、意志はそれでも変わらない」
「変わらなくても良いさ。表面上でも、その意図が変わらなくても。
あの狭い場所だけの話に終わるようじゃ、アンタらにすぐ世話になる」
「……政治家ね。未来を見て発言するだなんて、胡散臭い政治家の姿そのまま」
「お褒めに預かり恐悦至極、ってところだ」
「…………良いでしょう。
どのみち、あなたの言う通り、珍しく多くの心がかき乱されている」
グートルーンとアークは、あの蜂型自立兵器……というより蜂型のボディのクラウドの仲間の方へ戻っていく。
「私たちの意志は変わらない。人類は、情報体となって生きるべきなのは……クラウドビーイングの総意です」
「だが今日じゃない。
それはいずれ……違うか?」
「……明日ではないことを祈っていなさい」
「じゃあ明日は、国交について話し合おう!
ユニオンはアンタらもアンタらに反対の存在も受け入れる!」
「…………覚えてはおく」
ブブブ、と言う振動と共に羽が動き、蜂型クラウドビーイングが飛び立つ。
最後まで睨むアークの顔が消えた辺りで、二人の後ろからキンキンに冷えた缶のビールが差し出された。
「おつかれ様。私の出番は無しか」
「次は働いてもらうぞゲイリー!
……ミス・クオン、あんたもな」
「ああ…………本当に今回は有意義だった。
後は、そっちにとっては癪だろうが、『ギフト2』を回収すればより良い状況になる」
「インペリアルはアンタらに金を借りてる程度だが、俺達ユニオンはトラストの株を多く保有しているのさ。
金持ちと税を真面目に払う人間のおかげでな……いくらでも交渉できる」
「そうか…………ハロウィンスコードロンの動きか、後の気掛かりは」
「こればかりは、話し合いにつくための条件だったしなぁ……」
「やはり、人類未踏査地区が正念場か」
空を見上げて、クオンはビールの喉越しを味わいながら思う。
(……ソラ、お前は……
お前を地球に捨てるのを止められなかった姉に名前だけじゃなく、何をくれるというんだ……??)
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