表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/171

ENEMY‘s SIDE 04 : 我々の要求









 ────火星の非人類社会を構成する国が一つ、蒼鉄王国の国王ヘーリクスは、


 3つの目、どころか自らである種族のレプリケイターの体の各所に存在する目全てを見開いていた。






『地球西暦……もう忘れた。

 SOL1890日目。時刻は、まぁ良いか。


 どこまで話したか……ああ、ハイドラは、言わば重元素を動力源とした鉱石を含んだ細胞を持つ生命体だ。

 含みのある言い方だが、意外にも元は我々と同じ炭素生命体らしい。

 硫黄の星、火星のコアが弱い中、コイツが地下で休眠した影響で不自然な電磁バリアが一部の薄い大気を守る結果になっていた。それで……』



 古い遺跡、同時にレプリケイターの文明レベルから言えば、未来の科学技術。


 今、立体映像で部屋全体の当時の姿と、

 自分たちを事故で生み出した人間達と同じレベルの科学の力を持つ当時の人間が映し出されていた。




 火星統一政府、その主要都市たるメガフロートの地下……否、海面下。


 かつては、そう……400年ほどよりも前には海が存在しなかったそこには、


 この火星をテラフォーミングするよりも前にたどり着いた、地球のかつての高度な文明の跡が存在していた。



「驚きでしょう?

 我々の先代に当たる火星統一政府軍の通常人類の皆が見つけた物です」



 施設の責任者らしき人間が……正確には、ネオツー・デザインドたる人工の命が語る。


「この施設の貴重な技術とデータ、何より先ほど見ていただいたハイドラの遺伝子が我々ネオツーという新しい種の誕生にも関わっているんです」


「……まさか、君らにあの巨大な生き物の遺伝子が?」


「はい、もちろん!

 この虹色の角がその証です。


 言ってしまえば、最も古くから火星に住んでいた先住生命体の血を受け継いだ生命種。


 それが我々、ネオツー・デザインドビーイングです!」


 誇らしげというべきか、とにかく自信に満ちた声と姿勢でそう言い放つ。


「遺伝子だけで400年、か」


「歴史の長さが違います!

 50年前の、先代火星統一政府の皆様の無念を晴らすには充分な後ろ盾ですとも!


 まさに我々ネオツーこそが!

 この星の新しい管理者として相応しいのです!!」


 その誇らしげな責任者の顔を、


「……なるほど」


 微笑みとは裏腹な、冷ややかな視線をヘーリクスは送っていた。







 数分後、会議室。



「────驚くほどアホでしょう?我が同胞は。

 大変失礼な事を言って申し訳ないですね?」



 そこに座っていた火星統一政府、代表行政官であるカヨコが、意地悪な笑顔で言い放った。


「ああ、まったくだよカヨコ殿。

 目の前にいるのは、断絶せずに300年は血筋を携えた王族ではあるのだ。

 私が許しても、運が悪ければ我が家とと寄り添ってきた同胞たる部族出身の者が剣を抜かぬとは言えないな」


 言葉こそ辛辣だが、ヘーリクスはカヨコへ冗談めかした口調で笑いと共に言葉を投げかけていた。


「さすがはヘーリクス王陛下。寛大な対応で内心ホッとしておりますよ」


「しかし意外ではあるぞカヨコ殿?

 一国を任された者が、この国の機密だけではなく恥部までも中立な立場の我々に見せるか?」


「むしろ見せなければ失礼でしょう?

 国として格が高いのは、そちらの蒼鉄王国の方ですからね」


 ほう、とヘーリクスは興味深い言葉に声が漏れる。


「行政官代表殿、そちらのいう国の格とはなんだ?」


「……国の格とは、そりゃあ経済に軍事、だけではないでしょう。

 人口、もまた違う。


 強いて言えば、『歴史』。

 歴史とは、文化を作り、また経済や軍事においても影響を及ぼすもの。


 人を……ああ、この星の上でも広義の意味ですよ?

 人々をただの生体機械の歯車ではなく、自ら改良しこの場所を『国』という物に形作る為の物語(ナラティブ)


 短ければ簡単に浸透するが、長くなければ深みも長期的な愛着も湧かない」


「……だから、そちらを作りし物たちは、

 あの水底の異形の竜の遺伝子を使ったのだろうな」


 ふと、この会議室へネオツーの給仕により運ばれてくるコーヒー。


 ヘーリクスとカヨコ、そして少し離れた場所のヘーリクスを守る兵士達にも配られる。



「ふむ…………爽やかだが、少しコクが足りない豆だ」


「でしょうね。お口には合いませんでした?」


「そうとも言えないが……何やらこれを淹れさせたそちらの意図を感じる」


 カヨコは、砂糖を多めに淹れてコーヒーを一口啜る。

 ベストな甘さ。だがやはりコーヒーの醍醐味である苦味が少し口に残らないのが気になる。




「……このコーヒーの豆は、我々が遺伝子を改良(コーディネート)して生み出し、広く栽培されている品種でしてね。


 さて……だがどういうわけか、旧式で不純物も多い品種改良手段で生み出した……言い過ぎかもですが無調整(ナチュラル)な豆である、人類生存圏は一勢力、インペリアルの生み出した豆に比べて何か劣る様に感じてしまうのです」



「……あの愚弟、即席コーヒーを送りつけて来たが、あれと比べても少々物足りないな。

 我が蒼鉄のコーヒーも酸味が強すぎるのだが、アレの方もなぜか恋しくなる」



「別にまずいわけでもなんですけどね。


 ……しかし、なぜかこの完全無欠な調整を施した豆よりも、無駄を積み重ねて少しでも良くしようとした『歴史』ある豆が強く美味しさを感じる。


 我々を否定する様で癪ですが、インペリアルの皇帝家の血筋やあなた方蒼鉄王国の300年の歴史の積み重ね……それはとても強い力となる。


 それだけ長く続いた王の家系は、たとえ民主主義こそ標準となった時代であれ、


 その求心力、何より護るべき国家の『象徴』としての力はあまりにも強い。


 皇帝さえ無事ならば、と言う意味では敵対する3大勢力の内で言えばユニオンやオーダー以上の脅威なのでしょう。


 我々ネオツー・デザインドによる火星統一政府は、


 それらに勝つには、あまりに『幼い』。


 前身ですら十数年の命だった様な国家な訳ですからね……建国からも50年程度の、幼い国家が我々なので」


 自嘲気味に言い切るカヨコに、ヘーリクスは少々困った様な顔を見せる。


「あまり、国家の弱みを別の国家の首脳に見せるものではないぞ?

 我ら、たとえ技術や工業力が劣ろうと、付け入らない知恵なきものではない」


「……そうなのですが、これからする頼みにはここまで弱い我々を見せなければいけないものでしてね……」


 ふと、コーヒーを置いたカヨコは姿勢を正す。


「中立国である貴国へ、正式に依頼したい。


 火星人類生存圏の3大勢力全てへ、



 『火星統一政府は、

  休戦への交渉と条約の締結の意思がある』


 そう、伝えていただきたい」



 ほう、とコーヒーを下の片手で持ち唸るヘーリクス。



「我々も大分アホだったので、今火星人類生存圏との直接の外交ルートは現在は存在しません。

 中立国である、あなた方を経由しなければね」


「いいとも。こちらとしても都合がいい。

 ……しかし、良いタイミングだなカヨコ殿?

 やはり、休戦協定は『勝っている時、勝っている側が』やる方が良い」


「お褒めに預かり恐縮です。

 おそらく、休戦交渉を持ちかけるタイミングはここしかないとはマトモな軍事的判断をする味方は言っておりますので」



 ふと、間を置いて、


「…………何よりも、」


 とカヨコは語り始める。



「…………我が火星統一政府軍最大の戦力、と言っても過言ではないヨークタウン級歩行型移動要塞、


 フォートレス・オブ・ホーネットが、現在インペリアル領の外縁、ハンナヴァルト辺境伯領へ進行中です」


「ほう?

 ヨークタウンは見たよ。あんな建造物がこの世にあるとは恐ろしい。

 こちらは海上戦力もあまりにお粗末なもので、つい最近軍艦をトラスト経由で購入したが、アレがまるで風呂で遊ぶオモチャのサイズだ。


 おそらく、そんなもので辺境伯領に乗り込めば、休戦交渉も有利に進むだろう」



「もちろん、そうなることが前提ですが、」



「やはりか。

 負ける事も考えているのだな?」



 ヘーリクスの言葉に、苦笑いで頷くカヨコ。

 カヨコは内心、そこまで読むかと目の前の一国の王の有能さの認識を改める。



「…………戦況は、楽観的に見ても硬直状態。

 恐らくここからは勝利も敗北もない泥沼になるでしょう。

 最悪、相手の奇跡が起これば……その後の士気にも響きます」



「故に、今休戦を持ちかけるか」


「ホーネットが負けるとは考えたくはありませんが、奇跡という物は最悪なタイミングで起こります。


 そこも加味しなければ、50年前の敗北の歴史をもう一度なぞるだけです。


 そうなれば、あなた方も少々利益を損じてしまう。

 今でこそ、人類生存圏はあなた方の味方ですが、戦後の対外政策をどうするかは未知数です。


 どうでしょう?頼れる先が一つだけ、という状態も危ないとは思いませんか?」



「言われずとも。

 あなたは、敵にするには有能すぎるな」



 ヘーリクスの上の方の巨大な右腕で部下を呼び、鉄製の鞄から書類を2枚取り出させる。



 中立国としての不可侵条約の同意のための書類二つに、それぞれの国家の長としての名前を書き、お互いレトロだが何より確実な署名がわりの物理の印鑑を押す。


 この書類は割り印により2枚1組として扱われ、一方の国家がもう一方の国家の長のサインと押印の入った書類を受け取る。



 お互いが受け取った上で、ヘーリクスは下の右手をカヨコへ差し出す。



「人類生存圏への交渉は約束するが、書面で残すのは難しいのでね。

 これで許していただけないかな、カヨコ代表行政官殿?」


「充分です、ヘーリクス王陛下」



 カヨコは、その手を取り、しっかりと握手で答えた。



「すみませんお二方、そのまま写真を1枚」



 その様子を画像として記録した所で、2国間での合意が正式に交わされた。





           ***





 火星統一政府と蒼鉄王国は正式に不可侵条約を結び、以後お互いは中立国として国交を結ぶ事となる。


 一部の理想が強い統一政府の民達は結果を不服としたが、これは今敵を増やす事を回避したカヨコ・ヒーリア代表行政官の手腕はのちの歴史が評価するだろう。



 何より数日とたたず火星統一政府側は、

 そんな外交での話題が吹き飛ぶ様な青天の霹靂の様な知らせを受ける。



 彼らの重大戦力たる、移動要塞フォートレス・オブ・ホーネットの………………






          ***

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ