INTRODUCTION
人類が火星を地球化し移住してから600年。
過酷なテラフォーミング計画の為に自らを情報体へと転化した人類『クラウドビーイング』の手を離れ、
偽りの歴史のもと、3つの勢力に別れ『人類生存圏』と呼ばれるエネルギーバリアで覆われた土地の内外を開拓して生きていた『火星人類』の独立の歴史も、今や300年近く流れていた。
自由と民主主義を掲げ、それゆえに退廃と汚職を抱える『ユニオン』、
農地の開拓の為、軍事力の増強と帝国主義を貫く火星唯一の帝国『インペリアル』、
自らが生み出した管理者と呼ばれるAIの元静かに地味に暗躍する『オーダー』、
混じり合うことなく、しかし決して分裂せず、自らを生み出したクラウドビーイング達をあえて『自立兵器』と嘯いて戦い続けていた。
技術と資源の差で劣勢だった火星人類は、70年前に滅びたはずの地球から送られてきた宇宙用輸送船『ギフト1』から、地球の技術とある概念を持ち込まれる。
地球を支配する『企業』。それらが生み出した力とシステム。
3つの勢力を股にかける企業複合体『トラスト』はそうして生まれ、
どの勢力にも属さず、金次第でどの陣営にも付く機動兵器を操る『傭兵』達が生まれた。
共通の敵がいながら一つになれない人類達による小競り合いは、トラストの誕生と介入により激化した。
皮肉にも本来の敵であるクラウドビーイング相手と対抗しえる力が増したのも、その小競り合いによる軍拡と、傭兵の需要が高まったが故であった。
劇薬と言えるトラストによる火星の発展と、最悪の形の秩序。
…………当然、そんな企業達のやり方に違を唱える者たちがいた。かつては
今となっては、過去の存在、過去の事件
かつて『火星新政府』と名乗った勢力たちは、
しかし、企業の依頼を受けた傭兵達に制圧された。
それは規模こそ大きいが、この星にとっては大したことではない程度の争いでしかなかった。
「────過去の出来事のはず、
だったんですけどねぇ」
────オーダー勢力圏、中央行政区。
<デッドショット>
『ありえ、ない……この数と、私の、弾幕あいてに……!』
最後の一機、穴だらけのeX-Wがようやく沈む。
沈めた重量2脚機が、右腕部ハンドグレネードキャノンの撃ち終わった薬莢を排出しながら、カメラでその相手を見る。
「下手な弾幕で出来る事なんて、ミサイルの迎撃か航空機相手の邪魔だけですよ。
一点集中してこそ、あるいは無駄撃ちは相手の迎撃能力を上回ってこそ。
あなたは、どちらでも無かったですけれどもね」
コアパーツ内部の操縦席の中、バーンズアーマメンツ製の歩兵装備じみたパイロットスーツに身を包んだブロンドの女性がそう倒した敵を『採点』していた。
<チャーチル>
『こちらガンキャリア!制圧完了です、ウォースパイト!』
<スピットファイア>
『マーリンエンジン、同じく制圧完了。
これで全部ですね、ウォースパイト』
ふと、左右の道から2機、中量2脚型のeX-W達がやってくる。
その腕や肩にある空いた武装スロットを見逃さないブロンドの女性───ウォースパイトと呼ばれた傭兵であった。
「あなた達が武器を撃ちきるとは。
やはり、規模が大き過ぎますね……裏社会や企業の後ろ盾がない反体制テロリストができることではない」
<チャーチル>
『いやーごめんよ、おバア!まさかあんな多いと思わなくて……』
<スピットファイア>
『チャーチル!
作戦行動中は、スワンネームで呼ぶ!!』
「ふふふ、私の可愛い孫達も、ここで気を抜ける程度には成長していますか……」
2人のやりとりに少し笑って、ふむ、と教え子達から視線を逸らし、改めて撃ち落とした敵を見る。
「むしろ、採点を厳しくしなければいけないのは、トラストや各陣営のトップですもの。
……管理者の意義が問われますよ、新美クオン?」
一瞬、『数少ない』だいぶ歳上の戦友を思い出し、ウォースパイト苦笑した。
そして表情を引き締め、無線を飛ばす。
「『SAS』、各機へ。
作戦目標は達成。以後は残存勢力に注意し帰投準備!
ああ、もちろん逃さなければ追加報酬をと依頼主からは確約済みです。
お返事は!?」
<SAS全機>
『『『『『これがスワンだ!!!』』』』』
「よろしい!!各自解散です!!」
────傭兵ランク5『ウォースパイト』
機体名『オールドレディ』率いる、この星でも珍しい軍事作戦行動が主な業務の『民間傭兵会社』、
『スワンズアサルトサービス』
彼女ら統制された傭兵団の手のより、3大勢力の一つ『オーダー』の行政区内にある管理者AIシステム達の損失は免れた。
だが、SASほどの傭兵の数を雇わねばいけないほどの敵の規模、
それもクラウドビーイングが率いる外から来る兵器達ではない、
この規模で襲いかかるは、全てがトラストが製造した兵器商品達。
中身は、反企業を掲げる有名無名問わずのテロリスト達。
そして、賞金首でもある違法傭兵達。
そのどれもが、型落ちや普及型、ジャンクではなくどこからか手に入れた正規パーツの機体や、中には正規の傭兵でも一部にしか販売権のない武装を持っていた。
ウォースパイト。年齢71歳の現役傭兵。当然身体は50年以上前に強化済みであり、毎年のようにその身体はアップデートしている。
機体名通りの『老嬢』たる彼女は、長年の戦場やそれ以外の経験から、強く感じていることがあった。
この空気は、
まるで、50年前の火星新政府との戦いのようだと。
(誰なのです?
また、人類同士で小競り合い以上の戦いをしたい人間は?)
…………深く、ため息をつく。
「…………スピットファイア、後は任せます。
私は、これから数日ちょっと用事がありますので」
<スピットファイア>
『ああ……例の方の……』
「ええ。
少し、忙しくなる前に、死んだ戦友の墓参りへ」
ふと、神経接続越しではなく、肉眼でコックピットの中のコンソールに張ってある写真を見る。
姿は変わらないが、まだ若かった自分のぎこちない笑顔のピース写真の横にいる、背の高い固め隠れの無表情なWピースを見せる『後輩』の姿を。
「……あなたは、戦場じゃない場所で死んだのね。
結局、忙しさにかまけてあなたの娘が違法傭兵をしている事も話せなかった。話したかった……!
…………もう少し長生きしても良かったのに……
アンジェ……!」
***
「そういえばホノカさん、実は先日郵便事故があって大分届くのが遅れたお手紙がありました。
恐らく、ホノカさんのお婆さん関連と思い、今まで黙っていたのですけど……」
え、なになに?
今現在、ようやくいつもの要塞じゃない地上のヨークタウンのヘリポートに辿り着いた私にカモメちゃんがそんなことを言って封筒を渡してきたのであった。
「おー……『大鳥アンジェのご家族様へ』?」
そして、差出人を見る……あ!
「やっべ、これおばあちゃんの遺言で必ず手紙出せって言ってた人じゃん!!
出したっきり忘れてた!!!」
「…………差出人は……え、『TACネーム:ウォースパイト』……!?」
「え、なんか有名な人?」
「え、えぇ……と……その、何と言うべきか、この方と同じ名前の傭兵がおりまして……」
「へー……まぁいっか……中身はー……」
とりあえず、封筒を開けてなかを読む。
───何のことはなくて、おばあちゃんの旧友なので、そのうちお墓参りに行きたいと言うことと、その時できれば香典を渡したいので会いたいって言う普通の内容だった。
「あー……お葬式あげてないから、こう言う人もそりゃ心配のなるよなー……」
まぁ結局仏壇は買えたけど、お葬式まではなー。
「あ、メールアドレス書いてある。
ちょうどいいや、少ししたら別件で納骨式しますって送っとこ」
まぁ、今すぐ来れると言うわけじゃないでしょ!
という訳で、そんなメールを送る私なのでしたー。
さてじゃ、お母さんの骨を墓に入れる準備しますか!
***