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アニミズム

作者: 秋田 茂

 うちの坊ちゃんはですね。ものの扱いがぞんざいなんですよ。例えばね、あすこにころがっているヒーロー人形なんかがいい例ですよ。つい先月にもらったばかりだってゆうのに一週間まえからずっとタンスの下にうつ伏せになって倒れていやがるんです。まあ、アイツの姿が見えるてるってことはあっしもおんなじように床に横たわってるんですがね。あっしは昔から使ってるハートのぬいぐるみを枕みたいにしてるんで、その点アイツよりマシですが。

 でもね、あっしは正直言ってこの現状に不満は無いんですよ。そりゃまあ、遊んでもらえないんでちと寂しい気持ちはありやすが……それでも坊ちゃんの部屋にいる以上日に日に成長していく坊ちゃんの姿が見えて嬉しいんです。


 今坊ちゃんはリビングでご友人と遊んでいやす。最近流行りのテレビゲームとかいう玩具でだそうですがそれももう二台目、それを操作するコントローラーっていう機械に至ってはもう四台目になりやす。最近はその玩具に熱中してるもんであっしらには見向きもしねぇんです。昔は夜寝る時も一緒にベッドで寝ていて、それはそれは温かいんですよ。体とかよりも、心ってやつがね。

 あっしは人間ではねぇですが「心」って呼べるもんを持ってるんですよ。優しく扱われると嬉しいし、ぞんざいに扱われると悲しいし、ほったらかされると虚しいんです。それを感じるってことはきっと心があるって事なんですよね。



 そもそも坊ちゃんは昔からこんなにものを粗雑に扱うような方じゃなかったんです。ええ、本当に。坊ちゃんが小さな頃――――今も充分小さいですが――――はあっし含めて皆それはそれは大事にされてたんです。埃をかぶったおもちゃ箱の中の変身ベルトも、タンスの下の人形も、勿論あっしだって例外じゃ、ありゃあせん。初めてこの家に来た時はそれはそれは大事にされて、あっしも「ああ、この人となら幸せになれそうだな」なんて思ったもんですよ。

 でもいつの日からか坊ちゃんは変わっちまったんです。使ったものは出しっぱなし。いざ使う時もあちこちにぶつける。オマケに気に入らないと物に当たるんです。人形やらベルトやら剣だか銃の玩具だかにね。それでもあっしにだけは当たりはしませんでした。その分あっしは特別に思われてたんですかね。 別に自慢じゃないですが。あくまで他の者よりって事なんで。


 バタバタと音がするので坊ちゃんらが部屋に向かってるのでしょう。若いってのは元気でいいもんですな。あっしの予想通り坊ちゃんが御学友をお連れになって部屋へ入ってきました。

「ここがお前の部屋か、汚ぇな」

 失礼にも笑いながら言い放つガキ大将みたいな男の子は一段とデカい声で他の子に「なあ?」と同意を求めてらっしゃいます。

「うっせえ、お前の部屋と大して変わらんだろ」

 ガキ大将の発言をさほど気にも留める様子はなく、それどころか寧ろ反撃までしてるうちの坊ちゃんはいつの間にか随分と強かに成長していやす。

 「まぁ確かにな」と、部屋を一瞥した後一番背の高いガキ大将のような子があっしに触れやした。

「ん? こいつは?」

 そう言ってあっしをガキ大将が指さします。他の御学友も物珍しそうな目であっしを見やがります。なんだか見世物みたいで落ち着きやせんね。まるでまだ店で売られていた頃を思い出しやす。

「コイツ? コイツは……」

 坊ちゃんが言葉に詰まりやす。暫くして、坊ちゃんが「見たままだよ」と言いやした。あまり踏み込まないでほしい。そんな思いが見え隠れする言い方でした。御学友等はその意を汲んだようで、その日はそれ以降あっしに触れることはありやせんでした。



お友達が帰られたのは外もすっかり暗くなった七時前の事でした。あっしは今部屋に居ますが、耳を澄ませば奥様――つまり坊ちゃんのお母様でございやす――の怒鳴る声が聞こえてきやす。どうやら家に帰る時間が遅いと怒られてるようです。

 勘違いなさらないでほしいですが、奥様は別に日頃から怒鳴ってるんじゃあないんです。坊ちゃんが奥様にこの事で叱られるのは覚えてるだけでもう六回目のことなんです。それもここ数ヶ月の間にです。だから普段は大人しくてお優しい奥様も柄にもなく大きな声を出してるんです。それに部屋まで聞こえてるっていっても、家中響き渡るような大声を出してるんじゃないんです。あっしは人より耳がいいもんで、聞こえてきたんです。


 それから少し静かになったと思ったら階段を強く踏んで上がってくる音が聞こえました。これは坊ちゃんですね。最近奥様に叱られた後はいつもこうして機嫌が悪そうにして部屋にお戻りになるんです。扉を勢いよく開けたと思うと同じく勢いよく閉めるので、突然出た大きな音につい体がビックリしてしまいやす。

「クソ。あのババア。別に帰る時間くらい遅くても良いじゃねえか。それに今日はギリギリ七時から過ぎてただけじゃねえか。それを『もう今年から中学生になるんだから』、とか言ってよ。だから何だってんだよ」

 その小さな身体をベッドに投げ捨てて、大の字の姿勢で愚痴を零す坊ちゃん。体はおっきくなられやしたが、こういう所はまだまだ子供なんですな。もっと成長が見たいもんですよ。ええ。

「ああ、クソ。考えてたらイライラする」

 そう言うと坊ちゃんは御自身の携帯電話を取り出して何やら操作し始めました。これもゲームとかいう奴なんでしょうか。となると、アイツもあっし等の天敵ですね。

 それから三十分くらいでしょうか? 初めは楽しんでるご様子だった坊ちゃんは、段々と不機嫌そうになっていき最終的には「このクソゲーが」と一言吐いてスマホをベッドの端に投げ捨てられました。ゴツンという鈍い音が鳴ってベッドと壁の間に落ちていきやした。坊ちゃんは一瞬しまったというような顔をして、その後また不機嫌そうな顔でベッドの下に身体ごと突っ込んで落ちた携帯電話を探されてやす。

 暫くして見つかった様ですが、何やら携帯電話を見た途端更に不機嫌になられたご様子で『いつものように』棚を蹴ったり、壁に掛かった学校鞄を床に叩き付けたりしておられやす。坊ちゃんの悪い癖です。

 少し暴れて落ち着いた様子の坊ちゃんが軽く息を切らしながらあっしに近付いて来られやした。坊ちゃんからあっしに近付いて来るとは珍しいです。

「お前が、お前のせいでこうなったんだよ」

 そう言って坊ちゃんはあっしを蹴りはじめました。可愛い蹴りじゃないですよ。坊ちゃんなりの本気の蹴りです。最近はもう慣れてきたので初めの頃よりかは痛みは感じませんが、「心」の方は随分と傷付いちゃいますね。ふと床に水滴が落ちるので顔を見ると、坊ちゃんのお目からその水滴は出てるようでした。次第に蹴りは弱くなっていき遂にはその場で崩れ落ちたかと思うと滔々と話されやした。


「あいつらが、武田達が帰る時に言ったんだ。あんな変なのを部屋に置いておくなんて気持ち悪いって」

 いつの間にか完全に座り込んだ坊ちゃんがあっしを撫でながら話し続けます。

「それで、ついカッとなって。あいつを変とか言うなって。ああ。つまりお前だよ。それでちょっと喧嘩になって、気付いたら十分経ってたから、帰すの遅れたんだ」

 尻すぼみになっていく坊ちゃんは段々とあっしにもたれ掛かり終いにはあっしを枕にするような形で丸まってお眠りになりました。坊ちゃんとこうやって寝るのはいつぶりでしょうか? なんだか心が温かいですな。

 昔とすっかり変わったと思ってやしたが、存外そうでもないようです。


 それからあっしも段々と眠くなってきたので寝ることにしました。ふと今までの坊ちゃんとの記憶が映画の早送りみたいに、でも濃密に瞬間的に頭に流れてきました。

久し振りに坊ちゃんと寝るからでしょうか。いつも寝る時より気持ちいい、まるで空でも飛んでるみたいな気持ちよさに包まれながら、僕は意識を手放しました。



 今僕は暗い箱みたいな所にいます。さっきまでガタガタ揺れていたけど今は全然揺れてない。僕の事を買っていった男の人と女の人の声が聞こえてきます。そんなに大きな声で喋ってる訳では無いでしょうが、僕人より耳がいいから聞こえるんだろうな。

 暫くして僕の視界に眩い光が届いた。そこに居たのは小さな子供だった。多分五歳くらいかな?

「わー! 凄い! ワンちゃんだ!」

「どうだ? こころが前から欲しいって言ってたもんな」

「ふふっ。良かったわね、こころ」

 どうやらこの子はこころっていう名前らしい。名前か。そう言うば僕はまだ名前なんて無かったな。お店にいた頃に呼ばれてたのはあるけど、あれは一時的なものらしいし。てことはこの子が僕の名前付けてくれるのかな?

「よし。じゃあ早速この子の名前決めないとな」

「そうねぇ。ポチなんでどうかしら?」

「えー、ポチはかっこ悪いよお母さん。」

「そうか? 父さんは可愛くていいと思うぞ?」

「でもこの子男の子でしょ? だったらもっとカッコイイ名前の方がいいよ」

「そうか、確かにな。じゃあこころが決めるか?」

「うん、そうする! えっと……じゃあ」

 遂に僕の名前が決まる。なんだかドキドキしてきたな。

「うーん、パッと思いつかないよ……」

「そうだな……こころはこのワンちゃんのことどんな風に可愛がりたい?」

「えっとね、宝物みたいに!」

「こら、こころ。ワンちゃんは生きてるのよ? それを物だなんて呼んじゃダメよ?」

「でもね、おもちゃとか本にもちゃんと命があるってお母さん言ってたよ? だから僕の宝物もみんな大事な、命のある家族なんだよ。だからこの子も僕にとっての宝物。それに、お父さんとお母さんも!」

「まあ、この子ったら」

「全く、誰に似たんだかな」

 そっか、この子はきっとものを大事にする子なんだ。僕もお店にいた頃からずっと一緒のハートのぬいぐるみがあるから、その気持ち分かるなぁ。

「そっか……うん、決めた! この子の名前はね、『こころ』!」

 僕の名前は「こころ」……。でもそれって確か。

「何言ってるんだ? こころはお前の名前だろ?」

「うん、そうだよ。大好きなお母さんとお父さんがくれた名前。だから僕も大事にしたいこの子に、この名前あげたくて」

 大事にしたい。その言葉を聞くとなんだかポカポカして来る。

「それにほら、この子ハートのぬいぐるみずっと大事そうにしてるから。僕の事も大事にしてくれそうだもん!」

「成程、そうね。確かにそうだわ。こころったら名付けの才能があるんじゃない?」

「えへへ、そうかな」


 僕はこの時、この子をずっと大事にしようって思った。だってこの坊ちゃんは、こんな素敵な贈り物をくれたから。

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