新しいパン屋
翌日、私は学校が終わった後、トトルにお願いして新しくできたパン屋に連れてきてもらった。
「ここが新しいパン屋か」
トトルは私を案内した後、すぐに帰ってしまった。今は1人で新しいパン屋の見えるところを探し、こそこそ敵情視察をしているところだ。観察していると、若い女性客が多いことに気が付いた。もちろん、うちの店にも女性客は来るのだが、年配の方しか見ていない。…まぁ、1日しか知らないけど。
女性受けする味なのだろかと考えていたが、そうではなかった。パンを買った女性客が私の横と通り過ぎる時、話が聞こえてきた。
「レブロさん、今日もカッコよかったね」
「また、明日もパン買いにこないとね!」
―まさかのイケメン商法だとッ!!
クルトの顔が普通だから、弟のレブロも普通だと思っていたが、イケメンらしい。急に興味が増し、店の近くまでやってきた。女性客が沢山いるので、その中に紛れて近づく。
―確かにイケメンだ!
整った顔に冒険者らしい体つきで、身長も高い。おまけに、声も低くてイケボなんて!
……くぬぬッ…クルト、負けてるよ!!
だが、どんなにイケメンがやっている店とはいえ、パンが美味しくなければ、長続きはしない。私はお金を持っていないので、パンは買えない。とりあえず敵情視察を終え、帰ろうとした時、お腹が鳴り出した。
またもお腹の音が聞こえていたのか、レブロの店でパンを買った女性客が家にもまだ食べきれない程沢山あるからと、袋ごとパンをくれた。毎日レブロに会うために通っているらしい。
なぜそこまで毎日通うのかと思ったが、学校で教えてもらった町の現状を思い出した。仕事がないせいで、若い男性が町から出て行ってしまい、女性の人口の方が多くなっている。帰ってきた独身男性 (イケメン)は、女性たちの格好のターゲットなのだ。
願わくは、新しい人生では恋も仕事も、両方手に入れたい。今のうちに嫁入りできそうな人を捕獲しなければいけない、という気持ちが湧いてくる。
敵情視察を忘れ、違う問題を考えていたが、気持ちを切り替えた。貰ったパン袋を見ながら、毎日パンばかり食べていても、新しい店のパンだと思うと、新鮮な気分だ。
歩きながら、袋からごそごそ取り出し、そのまま齧ってみる。パサパサ具合が少なく、うちのより美味しい。
……くぬぬッ…パンでも負けてるよ、クルト!!
色々な問題点が浮き彫りになったところで、家に帰り着いた。
居間のテーブルに沢山置いてあるパンを無視して、レブロの店のパン袋を隠す。そして、何食わぬ顔で、パンを作っているクルトのところに向かった。
そう、私は解決案を考えたのだ! そして、これからする私の改革は3つだ。
その1.パンの品質向上
その2.新商品の開発
その3.店の外観変更
とりあえず、1と2はすぐにでも取り掛からねばならない。ただ私には大きな問題があった…それは、風魔法が使えないということだ!
これまでは自分で作ってきたが、ここでは器具もなく、作ることができない。時間をみつけては風魔法を練習しているが、一向に上達しないのだ。自分で作ることは一旦諦め、クルトに作ってもらうことにした。
「父さん、パンのレシピってあるの?」
「レシピか、代々口伝で引き継いでいるから、ないな~」
まあ、なんとなく想像はついていた。
通常、製菓でもパンでも同じ商品を作る為には、きちんと材料を量って作る。焼き時間も日によって変わってきたりするから、とても繊細な作業だ。
最初に見た時は魔法に気をとられていたが、材料を量っているところをみていない。だから、食べる度に味が違う。
「父さん、パンの材料をきちんと量って作ってみない?」
「材料を量るか、やったことないな」
「ちゃんと量って、いくつか作ってみて、その中から一番美味しくできた分量で今後作っていけないかな?」
「う~ん…」
年齢が高くなると変化を嫌がったり、これまでのやり方にこだわったりすることが多いが、クルトはあっさり了承してくれた。クルトのパン作りへの情熱を少し心配しつつ、フットワークの軽さに安心する。
クルトはすぐにパンの材料に手をかざし《ムジューレ》と唱えると、材料の重さがポンと表示された。まずは、いつも通りの目分量でどの位か確認しつつ、少しずつ量を変更しながら、数パターンのパンを作成した。魔法で作るせいか、パン生地をねかせる時間はほとんど必要ないので、短時間で出来上がる。
私とクルトは、出来たパンをそれぞれ食べ比べながら、一番美味しくできたパンのレシピで今後は作ることに決めた。
うん、これならレブロのお店に負けてないな。
でも、容姿が決定的に負けている以上、同じ商品を作っても勝ち目はない。この店にしかない商品を作らなければならない。私は今あるパンの材料でできるお菓子を考え、パティシエを目指すきっかけになったマフィンを作ることにした。
マフィンといっても、『イングリッシュ・マフィン』と『アメリカン・マフィン』がある。『イングリッシュ・マフィン』は、丸く平たいパンで、エッグベネディクトとして食べるのが有名だ。それに対して、『アメリカン・マフィン』は、カップケーキ状でキノコのように上が膨らんでいるものが多い。今回は、色々な種類が作れるよう『アメリカン・マフィン』を作ることにした。
それにパン作りで使っている粉は、ほとんど強力粉だ。強力粉は粒が粗いので、触るとサラサラしている。それに対して、お菓子作りで使う粉は、薄力粉が多く、目が細かいので触るとしっとりしている。
マフィンを選んだのは、思い入れだけでなく、強力粉でも作れるからだ。強力粉、ドライイースト、水、卵、バター、砂糖(タトルの樹液で代用)で、作ることができるので、今ある材料だけで十分だ。
早速、材料と作り方をクルトに伝え、改良しながらマフィンを完成させた。
1つ手に取ると、ずっしりと重く、一口食べるとタトルの優しい甘さが口いっぱいに広がっていく。表面はカリッとしているが、中はモチっと感のあるしっとりさで、これを1つ食べたら、お腹いっぱいになりそうだ。
クルトも1つとり、口に運ぶと、
「うまい! 甘いパンだな」
クルトが作っているパンは、ほとんど甘みのないパンなので、マフィンはお菓子というより甘いパンという認識のようだ。
確か製菓学校の先生も、パン作りの技術が発展してお菓子が出来たって言ってたな。製菓学校時代のことを思い出していると、トトルが帰ってきたので、さっそく味見をしてもらう。
「うまい! 甘くて上はカリカリで、中はしっとりモチモチしてる!」
出来立てマフィンにトトルは感動したようだ。クルトと違って、的確なコメント力に将来グルメリポーターになれる素質を感じる。
…クルト! 頑張って!