タルト
「出来た」
タルト生地を台に置き、エクセルは呟いた。今日から城の厨房でタルト作りをスタートしたのだが、エクセルは次々と作り方を習得していく。
ルインも習得スピードが早かったけど、それ以上かも。一度教えたら、すぐに出来るようになるし…私も風属性が高かったらなぁ〜毎日使っても、全然変わらない気がするよ…。
《トゥルーネ・改》を使いながら、そよ風を感じていると、エクセルがタルト生地を放置したまま、厨房から出て行こうとする。
「エ、エクセル様!? どこに行くんですか!」
「庭」
「また庭…」
扉が開いた瞬間、エクセルの足が急に止まる。そこには、デラフトールが立っていた。
「エクセル、仕事は終わったのですか?」
「終わった」
その言葉で、ある事を思い出す。
そうだった! エクセルは、指示を出しておかないと終わったと思って、どこかにいっちゃうんだった!
「終わってないです! 次はタルト生地を冷やす作業をお願いします!」
扉の前にいたエクセルが作業台の前に戻ってくる。
ふぅ〜、なんとかエクセルを連れ戻すことが出来たけど…指示を出し忘れたら、また探さなきゃいけなくなる。大体は庭にいるみたいだけど。
すると、デラフトールは作業台のタルト生地に視線を向け。
「ウォレンフィール様が試作品の味見をしてくださるそうです。エクセル、完成したら私に知らせなさい」
それから2人で試行錯誤しながら、2種類のタルトが出来上がった。
「完成! タルト・オ・フレーズとタルト・ブルダルー!」
タルト・オ・フレーズは、苺タルト。アーモンドクリームを詰めて焼き上げたタルトの上に、カスタードクリーム、そして新鮮なイチゴを飾ったタルトで、苺の甘酸っぱさとカスタードの甘さ、そしてザクザクのタルトの食感が堪らない。
もう1つのタルト・ブルダルーは、洋梨のタルト。タルト生地にアーモンドクリームとシロップ煮の洋梨、更にアーモンドスライスを載せて焼いたタイプで、生地はしっとりしていて洋梨のサッパリとした甘さとアーモンドの濃厚な味が口いっぱいに広がっていく。
どちらもタルトの定番だ。最初にパティスリーのメニューにタルトを決めたのは、果物が豊富なこともあるけど、種類が多いからだ。
タトル生地だけでも、甘みのあるクッキーのようなシュクレ生地、バターの風味が強いサクサクのサブレ生地、甘みがほとんどないブリゼ生地。
更に、焼き方も3種類ある。タルト生地だけを空焼するタイプ、クリームなどの中身を詰めて焼くタイプ、事前に少し焼いた後、中身を詰めて再度焼くタイプ。
タルト生地、焼き方、果物や野菜など、組み合わせは無限だ。今回は、クッキーのようなシュクレ生地に、アーモンドの代わりにタトルの実で作ってみた。
部屋中に甘い匂いが漂う中、エクセルが連絡したのだろう、デラフトールがタルトを取りに来た。
「デラフトール様、こちらはタルト・オ・フレーズとタルト・ブルダルーというお菓子です。今日は苺を載せてみましたが、他の果物でも美味しいんですよ!」
「では、両方一切れずつ頂きましょう」
皿にタルトを載せて、デラフトールに渡す。エクセルも気になっているのか、残ったタルトを見つめている。
「エクセル様、せっかくなので私達もお茶にしませんか?」
「お茶」
エクセルは呟くと、お茶の準備を始めだした。そして、ちょうど準備ができた頃、再びデラフトールが現れた。
「先程のタルトというのは、まだ残っておりますか? ウォレンフィール様がお代わりをご所望です」
「本当ですか! 気に入っていただけて嬉しいです!」
「それから1ヶ月後に、茶会がございます。ステラ様の作られたタルトをお出しになりたいそうですので、そのつもりでご準備下さい」
「はいッ!」
☆彡☆彡☆彡
「ただいまー!」
帰宅すると、居間に夕食が準備されているが、片付けや明日の準備やらで皆んな忙しそうにしている。
「おかえり、ステラ。今日はどうだった?」
「うん、順調だったよ! 1ヶ月後のお茶会でタルトを出すことになったから、これから準備で忙しくなりそう」
「そうか、でも無理はするなよ」
「うん! そういえば、領主様もタルト気に入ってくれたみたい」
「姉ちゃん! タルトないの?」
「ごめん。今日は一切れも残らなかったんだ」
結局、デラフトールが半分以上持って行ったんだよね…エクセルも細いのに、4切れも食べてたし…。
「ちぇ」
残念そうにするトトルに。
「これから、どんどん作るから、楽しみにしてて!」
それからエクセルとタルト作りを続け、ついにお茶会の日の朝を迎えた。
出発準備を済ませた私は、キュッキュと鳴きだしたペタンコリス達を撫でる。
「ナポレオン、フレーズ、いってくるね! 今日は朝から出かけなきゃだけど、帰ってきたら部屋んぽしようね!」
1週間前に目が開いたペタンコリス達は、角度によって赤っぽく光る黒いクリクリとした瞳で私を見つめてくる。体も柔らかい毛で覆われ、以前より活発に動き回るようになっていた。
名前はそれぞれお菓子から。上から降ってきた子は、『ナポレオン』という苺のミルフィーユの名前だ。小麦色の毛並みにクリーム色の縦線、ピンクの鼻が苺のように見える。ノワに助けてもらった子は、『フレーズ』という苺のショートケーキの名前だ。白い毛並みに薄いピンクの縦線と鼻をしていて、丸まると苺クリームっぽい。
2匹の鼻をツンツンと突くと、1階からクルトの声がする。
「ステラー、そろそろ出かける時間だよ」
「はーい! 今行く」
ペタンコリス達を籠に戻し、ポシェットを持って自室から1階に降りる。珍しくレブロは用事があると言って、昨日から出かけている。
ポートエリアに着くと、エクセルの隣に見知らぬ青年が立っていた。
「お待たせしました! エクセル様と…」
チラッと赤い髪の青年を見ると、向こうから。
「俺はダッシュ・ポレッツだ。急遽、ノワに頼まれて君たち2人を運んで、そんでもって護衛もすることになってる。よろしくな!」
「ステラです。よろしくお願いします!」
握手を交わすと、隣からクルトが心配そうに声を掛けてくる。
「ステラ、忘れ物はないよね? 後、ちゃんと忙しくてもお昼ご飯食べるんだよ」
うん、大丈夫と言いそうになったが、気になりだした私は、ポシェットの中を確認する。
「う~ん、ソースとジャムとスライスしたタトルも入ってるし、忘れている物はない…あっ! メロンパンがない! もしかしたら、ポシェットに入れようとして、部屋に置いたままだったかも…」
「わかった! 今から取りに戻るから、ステラはここで待ってて」
「ごめん、父さん!」
クルトが入場ゲートに向かって走って行く。その姿を見ながら、私がクルトの子供だと確信していると、隣に立っていたダッシュも。
「ありゃ〜、時間かかるな」
と言うと、私に視線を戻し。
「せっかくだ、待ってる間に自己紹介の続きだ。俺は本職はポーターなんだが、冒険者の仕事もやってんだ。ノワにはちょっとした借りがあってな、普段は小さい仕事はしないんだが、今回は特別な。若くてイケメン、そんでもって最年少でポーターになった最高に優秀な俺がついてるんだ。安心していいからな!」
ダッシュの自信話を延々聞いていると、チラチラとエクセルに視線を向けだした。
「なぁ、ちょっと聞いていいか? そっちの君、フォータム出身? すげー美人だからさ」
話しかけられたエクセルは無表情で無反応のままだ。代わりに訂正しようとすると、クルトが入場ゲートから走ってくる姿が視界に入る。
「おう、やっと来たか」
「ハァハァ、ステラ。はい、これ」
「父さん、ありがと!」
息切れしたクルトから、メロンパンの入った紙袋を受け取ると、ダッシュは時間を気にしているようで。
「ちょっと急がねーといけないな。よし! 行くとしますか」
「ステラ、気をつけてね!」
「うん! いってきます!」




