我が家の現状
実際に学校にいってみて分かったが、学校といっても授業は午前中のみ。お昼には終わっているので、昼食は自宅で食べてそのまま家の手伝いをしたり、遊んだりしているらしい。
家に帰り着いたら、さっそく昼食だ。クルトに声をかけ、昼食の準備を始めたが、テーブルにあるのはパンだけだった。
昨日からパンしか食べてないんですけど……
「ねぇ、父さん、パン以外ってないの?」
「……」
黙ったまま、さっと椅子から立ち上がると、クルトが家の裏に出ていた。すぐに戻ってきたが、その手には桃のような丸い果物が握られていた。そのまま皿にのせ、クルトが《クーペ》と唱えると、キレイに六等分に切れた。
裏の木になってる実も果物なんだ…
食べてみると、すごく甘くて美味しい。しかも、タダで手に入るのだ。ケーキやクッキーの甘さとは違うが、糖分が気軽に摂取できる環境で、お金をかけて買う人がいるのだろうか。一抹の不安を感じつつ、甘味料の話をクルトに聞いてみた。
『タトル』と呼ばれる木の樹液で甘みをつけるというので、試しに少し舐めさせてもらった。少し皿に垂らすと、やっぱりメープルシロップのように少し茶色がかった色で、甘みはあるが独特の味がした。
…これで作ったら、全部この味になりそうだ。
甘味料は要検討ということにして、お店の売り上げについてサラッと聞いてみた。店舗運営にあたって、売上を維持・向上させることは大切なことだ。私は12歳の少女を封印し、35歳の私で話し出す。
「ねぇ、父さん。パン屋の売上って、今どうなってるの? 前にあまり売れてないって言ってたけど、大丈夫なの?」
「ど、どうしたんだ、急に!?」
クルトは体をビクッとさせ、ギョッとした顔で私を見た。子供たちに心配かけたくないのだろうが、現状を把握しなければ、解決策を考えることもできない。
「だって、毎回パンばっかりだから…お金がないのかなって…私もお店の為にお手伝いしたいから」
親を心配する娘の演技で、クルトの心を動かした。
「実は、パンの売上は良くない。それに…馬車の修理代でこれまで貯めてきたお金もほとんどなくなってしまったんだ…」
「え? 馬車の修理代って?」
「…事故を起こした馬車の持ち主から修理代を請求されてね。馬車が破損したのは、飛び出してきたこちらが悪いと言い張られて…それで…」
どんどん顔色の悪くなるクルトを見ながら、私は罪の意識を感じる。事故のことは覚えていないから、真実はわからない。だけど、その場に居合わせた人たちが、私が馬車の前に突然に飛び出したと証言したらしい。
事故で妻もお金もなくして、辛いに決まっているのに…それでも、明るく接してくれていたことに、クルトの優しさがすごく感じられた。
「……父さん、ごめんなさい」
「ステラのせいじゃない、ただ…運が悪かっただけだ。それにパンの売上が落ちているのは、リアンが亡くなったことより、近くにパン屋ができたことが大きいんだよ」
数か月前に新しいパン屋が店の近くにでき、しかもクルトの3つ下の弟『レブロ』の店だというのだ。
叔父にあたるレブロは、クルトと一緒に小さい頃からパン屋の手伝いをしていたが、成人すると冒険者になって突然町を出て行ったらしい。それが、数か月前に突然帰ってきてパン屋を始め、辞めて戻ってくるようレブロにお願いしたが、頑として譲らなかったらしい。ただでさえ、鍛冶産業の衰退で人口流出してる上、近くにパン屋ができたら、売上が下がるのは当たり前だ。
私のせいで大切なものを失ったクルトやトトル、私を守ってくれたリアンの為にも、私が何とかしてみせる!