火祭り2日目⑤ 想い
ギルドの前に立つと、外まで声が漏れている。すでに多くの人で賑わっているのだろう。
扉を開けると、町内の女達が料理を運び、男達は大きな酒樽をいくつも並べている。端に目をやると、すでに酔いつぶれた人が数名寝ていた。
「あら、ヤーニさん。2階で上役達がお集まりですよ」
「そうかそうか、もう集まっとんのか」
「ええ、山車が終わったら、すぐに来られてましたよ。ステラちゃん、ヤーニさん連れてってあげて。せっかくだから、食べていきなさいよ」
きっと人手が足りないのだろう、町内会の出店で一緒だった奥様方も手伝っている。
ヤーニさんを2階に連れていき、上から空いてる席を探す。テーブルごとに色々な料理が乗っている。どうせなら美味しそうな料理の乗ったテーブルに座りたい。見回していると、一際大きな肉の塊が目に入る。
おぉ! あれ美味しそう!
大きなローストビーフのような肉が乗ったテーブルは、まだ座っている人も少ない。
私は急いで1階のカウターで炭酸飲料『ルポリン』を受け取り、席に着く。
肉に近づくと、野菜やキノコが入ったソースから、とてもいい匂いがする。周りには付け合わせのマッシュポテトが乗っていて、これだけでお腹いっぱいになりそうだ。
私は子牛一頭分はありそうな肉に、ナイフを突きつけると、肉汁が溢れてくる。早く食べたい気持ちを抑えつつ、切り進めたのだが…なかなか切れない。
やっと半分切れた時、料理を運んでいたお姉さんが立ち止まる。
「何チマチマしてるのよ。貸してみなさい」
私からナイフを取り上げ、肉の真ん中に突き刺す。そのまま持ち上げて《クーペ》と唱えると、どんどん肉が切れていく。
「ほら、皿貸して。乗せてあげるから」
皿を渡すと、肉の山が出来上がった。一口食べると、肉汁と一緒にグレイビーソースのようなアッサリだけど濃厚な味が口いっぱいに広がっていく。
「んー、美味しい!」
「元気になって良かったわね! いっぱい食べなさい」
「ありがとうございます!」
再び、肉に齧り付くと、近くに座っていたおばさんがボソッと言う。
「なんで馬車の前なんかに飛び出しちまったのかね…あんなことがなきゃ、リアンだって…」
ドンッ
おばさんの話を遮るように、隣で飲んでいた目の据わった男がジョッキをテーブルに叩きつけた。
「そうじゃねぇ、あの目は…覚悟を決めた奴の目だ」
男はボソボソと話し出すと、また酒をグイッと飲み、今度は私に鋭い眼光を向けてくる。
「お前は、どんな覚悟で飛び出した?」
尋問されているような雰囲気に、喉がごくりとなる。
正直、そんなこと聞かれても、まったく思い出せない。それに、失った記憶は戻ってくる気配すらないのだ。
私は俯きつつ、答える。
「まだ記憶が戻ってないので、分かりません…」
視線を上げると、男はジョッキを見つめていた。そして、またボソボソと話し出した。
「感謝しろよ、レブロに。アイツの持ってたエリクサーがなきゃ、死んでてもおかしくねぇ」
「エリクサー?」
「あぁ、万能薬だ。どんな怪我も治せるが、くそ高けぇ。普通の奴に買える代物じゃねぇ」
「そんな薬があるなら!」
立ち上がった私に向かって、
「落ち着け、エリクサーでも死んだ奴は蘇らねぇ。アイツが来た時は、もう手遅れだった」
重い空気が流れる中、大きな声が酒場中に響く。
「ギルマスから酒が届いたぞ! しかも上ものだ!」
その途端、隣でボソボソと話していた男が突然立ち上がり、
「タダ酒だぁあ! どんどん飲むぜぇえ」
と大声を出しながら、凄い勢いで酒樽へ向かって行った。
ちょっと変わってる人だったけど…もっと話を聞きたかった。肉を食べながら待っていたが、アル中男が戻ってくる気配はない。
ルポリンのおかわりを貰いに立つと、10代後半位の青年達がこちらへ向かってきていた。
ーこ、これは! 出会いのチャンス! 年下…いや、年上彼氏をゲットできるかもしれない!!
口にソースがついてないか確認し、ルポリン片手に席に戻る。そして、話しかける策を練る。
うーん、やっぱりここは…定番「取り分け作戦」で話しかけるか!
すっかり忘れていたが、魔法で肉を切ることができるのだ。私は肉に手をかざし、呪文を唱える。
「クーペッ!」
……だよね…。肉の表面についた引っ掻き傷を見ながら、うな垂れる。
すると、後ろから聴き慣れた声が聞こえてくる。
「ステラ、帰るぞ」
振り返ると、そこにはレブロが立っていた。あんな話を聞いたばかりだけど、せっかくのチャンスを無駄にしたくない。私は居座る覚悟を決める。
「まだ来たばかりだし!」
「もう遅い」
「まだ食べてるし!」
「肉なら家でも食えるだろ」
あー言えば、こう言うで、全然諦めてくれない。だけど…私だって諦めたくない。
「これ飲み終わったら帰る!」
と言いながら、ルポリンを握りしめる。
後ろから半端ないプレッシャーを感じるが、私は負けない!
と思っていたのだが…あっという間に握りしめていたルポリンが奪われる。
「これが無くなれば、帰るんだな?」
レブロが一気に飲み干し、空のグラスがテーブルに置かれる。
「あー! ルポリンが!!」
「よし、帰るぞ」
空になったグラスが見つめていると、レブロに腕を掴まれる。
ー絶対に…帰らん!
手を振り払い、椅子を寄せて、そのままテーブルにしがみつく。
が、レブロの魔法だろう。私のところだけ、風が吹き始める。
周囲に助けを求めるが、大人達は知らんぷりだ。向かいに座っている青年達も驚いた顔でこちらを見つめている。よーく見ると…左手の薬指に指輪をしている。
ん…指輪…んんん、隣の人も指輪してる…その隣も隣も隣もぉおおおーーーー! みんな既婚者やんけーーーーーーッ!!!!
ガクッと項垂れた瞬間、強風でテーブルから離されていき、
「ウプッ」
強硬策にでたレブロに担がれ、肉と炭酸飲料の詰まったお腹が圧迫される。
ーでででで、出るぅ~! こんなところでキラキラモザイクを使う事態にはなりたくない! 口を両手で押さえて、逆流してくる奴らを必死で戻す。
闘いが落ち着いた頃には、ギルドの入り口まで連れてこられていた。
はぁ、せっかくのチャンスだったけど…既婚者じゃね…。
ギルドに残ることを断念した私はレブロに伝える。
「帰るから降ろして」
なんとかキラキラモザイクを使うことなく乗り切った私は、看守のように見張ってくるレブロの前をとぼとぼと歩く。
しばらく歩いていると、珍しく神妙な面持ちでレブロが話しかけてくる。
「そんなにルポリンが飲みたかったのか?」
私はとりあえず同意しておく。「出会いのチャンスを探してました!」なんて言えない。
「…うん」
「そうか、なら今度買っとく」
「…ありがと」
いつも買ってくれる『ポムジュース』(りんご味)よりルポリンの方が値段が高い。お金が失くなったのは私のせいだから、我慢しないと…と思っていたが、ここはお言葉に甘えておこう。
「ただいまー」と、家に入るが、すでにクルトもトトルも寝ているらしく、何の返事もない。
私も寝る準備を済ませて部屋に戻る。
「あー、もう火祭りも終わっちゃったな。これも次の時には着れないんだよね」
1日着ていた火祭りの衣装を見つめ、この2日間を振り返っていると、あることを思い出す。
「そういえば! 確かこの辺にあったような…」
いつか着るかもと部屋に移して置いたリアンの服を漁る。大きさは違うが、ほとんどが私の服と似たり寄ったりものだ。
でも、一着だけ他とは明らかに違う花柄のワンピースがあった。
「これだ!」
ワンピースのポケットを触ると、金属の感触が手に当たる。
取り出してみると、片方だけ炎のついたディーミアのペンダントが出てくる。
「これ…どうしよう」
リアンの旦那であるクルトに渡すのが一番なんだろうけど…わざわざ洋服のポケットに入れて隠していたものだ。へそくりと一緒で旦那に知られたくないのかもしれない。
「よし! ここはもう一人の大人に聞こう!」
ペンダントを握り、レブロの部屋の前に立つ。ノックをすると、「どうした?」とレブロが扉を開ける。
いつもと変わらない表情だったが、見つけたペンダントを見せると、怪訝な顔に変わる。
「それはどうしたんだ?」
「前に部屋の片付けした時に見つけたんだけど…母さんの洋服のポケットに入ってたんだ」
「リアンのか…貸してみろ」
レブロにペンダントを渡すと何かを確認しだす。
そして、私の目を見て質問してくる。
「ステラ、炎はお前がつけたのか?」
「ううん。最初からついてた」
その途端、ペンダントを触っていた指がピタッと止まる。
「おじさん?」
「あぁ。これは…俺が預かっていいか?」
「うん、いいけど」
レブロは憂いを帯びた瞳でペンダントを見つめている。
少し気になるけど、これで用事は済んだ。後はレブロが何とかするだろう。
「おやすみなさい」と言いながら、部屋に戻ろうとすると、突然腕が引っ張られる。
「このことはクルトには秘密にしてくれ」
NOなんて言えない雰囲気に、
「うん。わかった!」
と返事をすると、掴まれていた腕が自由になる。
「引き止めて悪かったな。おやすみ」
レブロはそう言うと、部屋の扉を閉めた。
私も部屋に戻って、ベッドに横になる。
炎がついてたってことは…それって……。
リアンのことを考えながら、夜が更けていった。




