精霊との契約
「父さん、パン作り教えて!」
「パン作りは、前にも教えたんだけど…う~ん…」
クルトは私を見ながら渋い顔をする。
どうやら10歳の時にパン作りを教えてもらっているようだが、今の私ではない。記憶がないのだから、もう一度教えてもらいたい。私はシュンとした表情を作り、悲劇のヒロインの仮面を被った。そして、クルトに聞こえるように大きく呟く。
「私には記憶がないから…」
「…やってみないと、わからないからな」
「はぁ」とクルトが諦めたように、ため息を吐いた。そして、パンの材料を私の前に並べだす。この町でも小麦粉や卵があるので、パンだけでなくお菓子も作れると思うと、更にテンションが上がっていく。
私は材料に手をかざし、呪文を唱える。
「トゥルーネッ!」
材料がゆっくりと浮き上がり、ユラユラと揺れだした。さっき見た動きとまったく違うことに違和感を覚え、クルトを見ると「やっぱりな」という目で私を見ていた。
どうやら私は火属性に偏りすぎて、風属性の魔法がほとんど使えないらしい。
この世界の魔法は、火・風・土・水の4属性で成り立っている。属性には相性があり、火は風に強く水に弱い、風は土に強く火に弱い、土は水に強く風に弱い、水は火に強く土に弱い。
生まれた時から全部の属性を持っているが、大半の人が属性に偏りがでる。そして、さっき使った《トゥルーネ》は風属性の魔法だったのだ。何度挑戦してもユラユラと揺れる材料を見て、急に不安になってきた。
―このままでは、お菓子が作れないッ!
なんとか風属性の魔法が使えるようになれないかと必死な思いでクルトに聞いてみると、使い続ければ、少しは伸びると聞き、一安心した。せっかくなので、残りの魔法も使ってみようと、近くにあった果物に手をかざす。
「クーペッ!」
呪文を唱えると、少しだけ傷が入った。《クーペ》も風属性なのか……。あまりに自分の魔法がしょぼすぎて落ち込みつつ、再度果物に手をかざす。
「キュイールッ!」
……あれ?
何も起こらないと思っていると、クルトが何かを思い出したように話しだした。最初に手伝いをお願いした時に、今のような状態で、《キュイール》の魔法をまだ買ってあげていなかったというのだ。
魔法って買えるんだ…。
近くに色々な魔法に関するものを扱っているお店があるというので、早く町に慣れるためにも一緒に買いに行くことになった。
街を歩きながら、周囲の色々なお店を見ていると扉に魔法陣のマークが入った店が見えてきた。近くに行くと『魔法店』と書かれていて、外からでは中が見えないようになっている。扉を開けると、そこには見たことのないようなものがたくさん並んでいる。
私が店内を見ていると、クルトがお店の店主と話し出した。しばらくすると、店主がピンポン玉位の赤い玉を持ってきて、クルトに渡す。
私は赤い玉を早く近くで見たくて、目をキラキラさせて、手を伸ばす。
「はい、ステラ」
クルトが私の手にポンと赤い玉を置いた。近くで見るとまるでルビーのようだ。お店の奥を覗いてみると、そこには赤い玉以外に緑や青や橙色の玉がたくさん並んでいた。あれが全部魔法なんだと思うと、色々使ってみたい! そう思いながら、私はまた手元の赤い玉を見つめ、使い方を考えた。
うーん、割るとか? 食べるとかはないよね…。
玉の中をよくみると、小さな文字が入っている。
赤い玉をジーと見ていると、店主が咳払いをする。ハッとクルトに目を向けると、ボソッと「使い方は後で教えるから」と言われ、お店を出た。
魔法店から自宅のパン屋までの短い距離で、クルトから魔法の取得方法について説明を受ける。
「この赤い玉は『魔法石』といって、玉の中に書いてある魔法が封印されているんだ。封印を解いて精霊と契約することで、魔法が使えるようになるんだよ」
手元の魔法石の中を再度覗くと《キュイール》と書かれていた。お金さえあれば、魔法石をたくさん買って色々な魔法を取得することはできるが、使えるかどうかは別問題らしい。私は《トゥルーネ》を使った時の苦い気持ちを思い出す。
「取得方法は簡単で魔法石を持ち、《リベレース》と呪文を唱えると、封印が解けて魔法陣が広がる。その魔法陣の中で、取得する魔法の呪文を唱えると、属性にあった精霊が召喚されるから、後は召喚された精霊に「契約する」と言えばいいよ」
「へー、結構簡単なんだね」
ただ同じ魔法でも契約する精霊によって、効果が変ってくるらしいが、大抵は取得する魔法のレベルにあった精霊がでてくるらしい。ちなみに《キュイール》は、火属性の魔法の中でも下から2番目位の弱い魔法だそうだ。
自宅に到着し、私はさっそく赤い魔法石を握りしめ、呪文を唱えた。
「リベレースッ!」
周囲がバッと暗くなり、赤く光る魔法陣が足元に浮きあがってくる。
「キュイールッ!」
取得する呪文を唱えると、魔法陣の赤い光が増し、真ん中からヌウっとムキムキした真っ赤なおじさんがでてきた。
―これが……精霊ッ!?
精霊というのだから、可愛かったり、美しかったりするのかと思っていたが、ボディービルダーのようなムキムキとしたおじさん精霊に正直ガッカリした。
ムキムキマッスルおじさん……もといッ! 火の精霊が私に話しかけてくる。
「汝、我と契約を望むものか…」
威厳たっぷりな雰囲気をだしたいのだろうが、顔が近所のおじさんではあまり崇拝する気にもなれず、「はい、契約します」とビジネス対応した。
すると、火の精霊が私をまじまじと見ながら、更に話しかけてくる。
「汝、名前は…」
え? 名前を聞かれるなんて、聞いてない。
名前は個人情報だ。変な人には教えたくない。ただ相手は見かけはどうあれ精霊だ。対応次第では、どんなことが起きるかわからないので、取りあえず当たらず触らずの精神で名乗ることにした。
「ステラ…です」
火の精霊は、私の名前を復唱しながら、さらに質問をしてくる。
「汝、年齢は…」
年齢聞いてきたよ!! 契約するのに必要な情報なの!? 年齢制限でもあるの!?
今、魔法陣の中には、12歳の幼気な少女と詰め寄ってくるマッスルおじさんの2人きりだ。はたから見たら、通報されてもおかしくない。私は魔法陣からの脱出方法を必死で考える。
なんとかしなければ…。
だが、必死で考えれば考えるほど、なんだかムカムカしてくる。
今の私は12歳だから若くなった気持ちでいたが、元々35歳。それなりに経験して、社会で渡り歩いてきたのだ。自分の意見をハッキリ言わなければいけないことも多かった。私は火の精霊に食って掛かかる。
「それって魔法の契約に必要なんですか? 私、今忙しいんですけど、契約って後どの位時間かかるんですか?」
「いや…あのぉ…」
「え? 何か言いたいことがあるなら、はっきり言っていただかないと分からないんですけど」
「…………」
私が急に対応を変えたせいか、火の精霊がオドオドしだした。さらに、新人をいびるパワハラ上司のように、たたみ掛ける。しばらく沈黙が続いた後、急に火の精霊が話し出した。今の私は見かけは12歳でも中身35歳の大人だ、一応話だけは聞いてあげた。
「要するに、久しぶりに召喚されて、しかも召喚者が若い子だったのが、嬉しかったってことですか?」
「……うむ……」
「はぁ」と大きなため息とともに早く契約を終えたいことを伝えると、渋々といった感じで魔法陣の中にゆっくりゆっくり消えていった。
「汝とはまた会うこともあろう」という言葉を残して……。
真っ暗だった周囲が明るくなり、元居た場所に戻っていた。
「はぁ…なんか疲れた……」
疲労感とは相反して時間はほとんど経っていなかった。