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地味なサイドバックの悲願  作者: 確かな嘘
9/9

奇跡の五輪

それから合宿所に戻った後でチームは一度解散になり、最終メンバーが発表される。そして3日後に再集合し、オリンピックに進んだ。メンバーには大崎、近田、青山はもちろん、管と畠山、神山、大沢のレジーナ勢、海外組、斉川も選ばれた。



五輪では一次予選を、ポルトガル、チュニジア、ベネズエラというチーム相手に圧勝で一位突破して、準々決勝でメキシコと戦う。その試合、日本は粘り強く戦い1―0で勝利した。得点を取ったのは青山のクロスに合わせた管だった。素晴らしいヘディングでのゴールは日本を救う最高のゴールで後半41分に決まった。



そして準決勝。この試合に勝てば日本は数十年ぶりのメダルを獲得できる。そうメディアははやし立てた。その中心は青山光吉だと書くメディアも多い。ここまで全試合に出て、1ゴール2アシストというサイドバックとしては最高の結果であった。MVPの活躍で日本内は青山フィーバーが起きている。



各メディアがこぞって青山を取り上げる。やっと報われた苦労人の活躍。そう書かれる青山は正直、困り果てていた。基本は目立ちたくない。チームのために今回は目立つ。そう決めたものの目立つことに慣れてない青山は苦笑いだ。



そして運命の準決勝。相手はブラジルだ。最強の相手、これ以上ない対戦相手となる。優勝候補対台風の目となる開催国、世界中、日本中が注目の一戦だ。同時に青山にも注目がいった。世界のスカウトは気づく。こんなにいい選手が世界に隠れていたと。



対して、ブラジルもスーパースターのメイワールをオーバーエイジに抜擢し、若き天才ガブレオをエースにした最強五輪代表と言われる。両者の戦いは基本的にはブラジルが優位と言われるが、多くのサッカー関係者はメイワールを青山が止めれるなら青山を取るように動くと決めていた。


青山はロートルだが年俸も安い。欧州で圧倒するメイワールを止められるか?そしてメイワールの近くにいるガブレオを止められるかで青山の将来は決まる。そう皆が思っていた。



渦中の青山は正直、『そんなのどうでもいい。』それが嘘偽りない思いだった。もう体は限界に近い、あの日、ヴァンゼムに言われた限界までやれという言葉通りになった。激戦の連戦は青山の体を確実にすり減らした。もう騙し騙しというところまで来ている。メダルが取れればそれでいい。そう思う青山はこの試合に全てをかけることに決めていた。



それ故に世間の言うことなど、心からどうでもいい。そう思っていた。



日本の先発はGKに近田、DF は青山、富岡、畠山、大沢、MFに神山、中町、堂本、久保田、FW 大崎、管という布陣だ。大崎はトップ下に近いFW という奇策でヴァンゼムはこの試合に望む。



青山はそう来るだろうと思っていた。ここのところの管の調子の良さ、大崎の重要性を考えると、これがベストだろう。管はオリンピックで4試合で2ゴール1アシストと覚醒気味だ。途中出場で大事な場面でのゴールを決める。なにかを持っていると思わせるFW だ。




試合開始直前、ヴァンゼムは青山に話しかける。

『青』

『仕事はメイワールを抑えることだろう?』


『そうだ』

『死ぬ気でやってやるよ。メイワールが死ぬまでな』


いつになく真剣な顔で言う。




試合が開始される。ブラジルは青山と対峙するメイワールにボールを集める。ブラジルの悪癖が出た。


ブラジル代表は昔から良くないチームは大抵、絶対的エースにボールを集めて攻めさせ、そして攻めきれずに負ける。アトランタの奇跡、ミネイロンの悲劇、スペインW杯など、数多くの悲劇はエースに頼ったチーム作りで繰り返された。



この代表も同じで、終始、メイワールは青山に一対一を仕掛ける。しかし青山は堂本、神山の力を借りてメイワールを封じて行く。


個人技は決して高くない青山は冒険はしない。


身体能力も普通である青山はスピード勝負もしない。


メイワールが縦に来れば、自身は中に入れないようにしながら、前々から戻ってくる堂本と挟む。


中に来れば神山らのいる方にドリブルを誘導して神山や畠山に止めさせる。決して1人で対処しない。欧州のクラブはその戦い方に感銘を受けた。



青山は堅実で、賢い。そして何よりサッカーをよく知っている。



メイワールは徐々にイライラし始める。悪癖が出る。メイワールの悪癖、それは精神性の未熟さだ。自分が評価されないと許せない。勝つためにチームが頑張っても、自分が輝かない試合はどうでもいい。


勝つのではなく、自身が勝たせる。それがメイワールの美学であり、それ以外は認めない。それ故にバルセロナを出た。ネッシという英雄と一緒では添え物になる。それが気にくわない。


この未熟さでメイワールは仲間がボールを奪うと、自分にパスしろと要求する。ブラジル代表選手はメイワールに逆らえないので仕様がなくパスを出す。



チームの王様というのは青山と同じだが、青山とは考え方で相容れないタイプだ。青山はそんなことを気にしたことがない。チームを背負い、チームを勝たせるためなら自分のことなど関係ない。評価?そんなの必要ない。レジーナが存在するならそれでいい。それ以上のことなんか何も必要ない。



圧倒的な自己犠牲の精神でサッカーをして来た。サッカーの楽しさを教えてもらったチーム、大好きな先輩、託された思い、それに報いることが彼にとってサッカーの全てだ。自分の活躍、評価なんて二の次だ。


もちろん、どんなに頑張っても報われない評価、理不尽な人気の無さにイラっとしてることはいつもだ。「それでもそれよりもチーム」と言い、頑張って来たのが青山光吉だ。



まだ20歳でスターの引退によりチームを背負い、23歳で親会社の撤退による資金不足で陥った降格という憂き目にあい、チームを救うためにたった1人で立ち向かって来た。


理不尽なスポンサー、アホなマスコミ、今の経営陣になる前の無能な親会社出身の社長。消えたファンや尊敬する監督に見捨てられた事、それらが全てが若い青山の肩に乗りかかった。それを跳ね除け、青山はここにいる。




青山は何とかメイワールを防いで行くも、それは綱渡りのような勝負の連続だった。


ギリギリで仲間を利用して防ぐ。それでも周りを巻き込みながら、能力以上の力を発揮して仕事を完璧にこなす青山は美しかった。


日本のサッカーファンは何だか神々しさを感じる青山のプレーに涙を浮かべた。まだ前半のそれも30分過ぎ、その中ですら涙を流すファンたち。



それはこの試合を見に来た他国のファンも感じ始めた。会場のブラジル人ファン以外は青山を応援し始める。これはさらにメイワールをイライラさせる。



あと一歩が崩せないメイワール、メイワールを止めることをを完遂して行く青山。この対立構造で試合は進む。ブラジルの圧倒的優位な試合とも見える。どうしても崩せない高い壁にブラジルが苦しんでいるとも見える。



日本を応援する「ジャパン、ジャパン」「オーレーニッポーン」の声は徐々に増えていき、会場を熱していく。それに呼応するようにスプリントを繰り返す青山の息は荒い。



そして前半が終了する。青山は疲れた体に鞭を打って、元気なフリしてロッカールームに戻る。しかし、ロッカールームでは倒れこむ。



岡田、カズが近づく。

「「青」」



「大丈夫。まだいけます」



そう小さな声で答える青山、他の選手はもう我慢できそうにない涙を流さぬように唇を噛む。プロとはこれほどに厳しい。数週間前までヒヨッコだった若き選手たちには、その光景がズシリとのしかかる。



この人はどんな時でも全てをかけて全試合に望む。自分がどれほどに甘いか。青山の背中にそれを気付かされた。それはレジーナの選手も同じ。いつも飄々している王様の青山、だがその背中はいつも誰よりも重い物を背負って来た。今ならそれがわかる。



そして、岡田の懸命のケアで立ち上がる青山。青山はヴァンゼムを睨んで言う。



「変えんなよ。メイワールが死ぬまでな」



この一言は青山の矜持だった。



一度吐いた言葉は曲げない。



決めた仕事は全てやる。



自分でした決心は誰がバカにしようと、どんな状況だろうと死ぬまで変えない。



それこそが青山のプライド。




珍しく青山はロッカールームを一番に出て行く。カズ、中井、ラモンは気づく。


『青山はこれで引退する気だ。もうサッカー選手には戻らない。


それを後押しした自分に止めることはできないのだ』と。


それはヴァンゼムも同じ。




後半が始まる。ブラジルはまたもメイワール頼み。

もう青山が潰れるか、メイワールが潰れるかのチキンレース。それ以外はない。たったそれだけ。



お互いの死力を尽くした戦いがまた火蓋を切った。メイワールの怒涛のドリブル、それを前半同様に紙一重で仲間を使い防ぐ青山、前半と同じ構図で進む試合。後半も何度も同じ光景が続く。青山がギリギリで防いで行く。



ファンはもう何も声を出さない。どんな結果だろうと見届ける。それがファンのプライド。日本のファンが本当のサッカーファンに変わった瞬間だろう。



後半も20分が過ぎ、メイワールが仕掛ける。メイワールの題名詞、エラシコ、これで青山を抜く。そう決めたメイワールは右足で内側から外へ跨ぐ瞬間に、爪先でもう一度反対に内側にボールを蹴り込む。青山の股の間をボールが抜けた。


青山が振り返りながら、体をメイワールの前に入れる。もしくは呆然とたって、体をメイワールにぶつける。この瞬間を狙いメイワールは倒れる。そうなるはずだった。メイワールはコケる準備に入った。



だが、青山は振り返らずにメイワールと体が触れる寸前で避ける。メイワールはコケるためにボールを繋げない。そのボールは畠山が奪う。


メイワールがなぜかコケている。側から見ればそう見える。コケる理由もないのにコケたメイワール。そして畠山は取ったボールを一気に前に残っていた堂本へとパスをする。


同時に青山は猛スピードで前へ走り出す。この状況に審判はアドバンテージを取り、試合を止めない。



メイワールの様子に呆然としたブラジル代表は一瞬反応が遅れる。畠山からのボールを受けた堂本はセンターでダイアゴナルに走る大崎へ、大崎は左サイドの久保田へとパスを繋ぎ、そしてフリーで左サイドライン近くでボールを受けた久保田は縦にドリブルで運び、少し中に切り込む。


そして久保田が折り返すと、ゴールエリア内のセンターへ走りこんで来た菅が受け、トラップから流れるように右隅にシュートを放つも、キーパーに防がれる。



しかし、そのセカンドボールはゴールエリアの手前にまで走りこんで来た青山の元へと転がって来た。キーパーはまだ倒れている。青山はノートラップで左足を振り抜く。そのボールはゴールの右隅に美しい放物線を描く。




『ゴール。ゴール。ゴーーーーーーール。青山がメダルへと続く虹を描いた』

この言葉は後に最高の実況として五輪史で囁かれる。




観客は一瞬の静寂から大歓声へと変わる。ベンチの選手たちはもう涙で前が滲む。



青山に駆け寄るチームメイト、青山を抱え走る管。そして一団はベンチに来る。中井やラモン、カズといったコーチ陣が青山の頭をくしゃくしゃにする。そしてヴァンゼムは青山と最後の握手をする。



青山が祝福を受けている間、メイワールにはイエローカードが出される。彼にとっては屈辱以外の何物でもない。メイワールは無名の日本人選手に騙され、そしてその選手にゴールを奪われた。彼の人生でこれほどの屈辱はもう有り得ないと思った。



キックオフで試合は再開する。メイワールにまたもボールが来る。メイワールは懲りずにエラシコで抜きにかかるのだが、今度はシュミレーションはしない。しかし、青山はメイワールの性格から、またエラシコが来ることを読み切っていた。



メイワールが右足で跨ごうとした瞬間にボールへと青山は右足を出す。これによってボールを触れようとするメイワールは反対から来る青山の右足と自身の右足でボールを挟み込むような形で青山と蹴り合うことになる。



しかしエラシコをしているため、大きく歩幅を取り、股を開くメイワールが圧倒的に不利だ。メイワールはボールを奪われる。


この試合始めて、一対一で青山に負けた。ここまで、ズル賢くも複数でメイワールのドリブルを潰して来た青山に一対一で負けたとメイワールは思う。



それは、卑怯な格下と侮っていた者に、別に一対一でも勝てると言われたような屈辱だった。お前は何で1人で舞い上がってんの?メイワールは無表情の青山を見て、そう言われたような気がした。



メイワールは一気に頭に血がのぼる。

『くそ野郎』


メイワールはポルトガル語のスラングを発した。


そして、青山にメイワールは後ろからスライディングをした。それは青山の足を直撃して、青山はすごい勢いで倒れた。



審判の笛が鳴る。すぐさまメイワールに駆け寄って来た審判はレッドカードを提示し、イエロー二枚で退場ではなく、一発レッドカードの退場をメイワールはもらった。最悪の結末に会場は静けさが舞う。


そして、何より起き上がらない青山だった。



日本ベンチから担架が運ばれる。そして立ち上がらない青山を担架に乗せ運んで行く。日本ベンチから交代が告げられる。



後半33分、メイワールの退場、青山の負傷交代により、ここまで試合を引張てきた両者が消えるという結末、会場は静寂に満たされる。会場が静かに見つめる中で試合が再開される。



青山はメイワールがこの試合で死ぬ(退場する)まで戦い続けた。


30歳の日本人の死闘はここに幕を閉じた。日本代表は1人多いという有利を生かし、青山の起こした奇跡を残り12分とロスタイムの間で守り続け、試合終了までスコアを動かせさせなかった。



この試合、得点も、メイワールという世界最高の選手を抑えて退場させたのも全てが青山光吉の仕事だった。もちろん他の日本代表選手も貢献した。


ただ、それ以上に数ヶ月前まで誰より目立たない選手がそのサッカー選手生命をかけて成し遂げた奇跡が大きすぎた。



後に言われた東京サイダースタジアムの奇跡。



日本が起こした本当の奇跡。



アトランタの奇跡以上の奇跡。



日本サッカー界で語り続けられる奇跡。



地味な男のたった一つの奇跡。



ここに伝説が生まれた。日本サッカー男子が国際大会で決勝に進むというのは1999年の国際ユース選手権以来の快挙であった。その立役者は五輪の決勝という華やかしい場に立てない。



その二日後、日本はオランダに負けた。核となる、チームの柱である青山を失った日本は善戦も虚しくも1-0で敗北した。



それでも銀メダル。ヴァンゼムジャパンは結果を出した。その功績は永遠に語り継がれる。たった1人の天才の名をもって。




そんな天才は大会終了後、病院のベットで元気に笑っていた。カズやラモン、鉄、筒井らのレジェンド、風間やチームメイトに囲まれて。まるで今までの憑き物が落ちたように朗らかに笑っていた。




みんな知っていた。もう彼はあの重荷を背負う必要がなくなった。それが笑える要因だと・・・。




これにてこの話は終了です。短い話ですが、今まで目立たない、評価されない選手だった男、スポットが当たりづらいサイドバックというポジションを題材に描いてみました。


多くの選手はモデルありで描いていますが、青山はモデルがいません。というよりは複数人いるといったほうがいいでしょうか。トッティ、石塚さん、財前さん、それと本田さん(元鹿島の選手)あたりです。石塚選手はレジーナのモデル読売の天才で奔放な性格、財前選手は消えた天才とよく言われる選手です。トッティ選手はローマで王子と呼ばれたバンディエラで、本田選手(フランスW杯の日本代表ボランチ)は地味でチームのための汗かき選手。


まぁそれらの選手を合わせて作ったのが青山選手です。ちょっと前に石塚さんの記事を読んで浮かんだ話ですね。天才と呼ばれながら消えた選手、キングカズさんら先輩たちの後に隠れて消えた天才。


そういった人にもスポットライトが来ればどうなっていたかな?と想像して描いた作品です。

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