親善試合 セネガル戦
それから数日後
今日は親善試合第1試合目のセネガル戦である。
『では先発を発表する。GK大阪、DF 青山、富岡、板垣、大沢、MF神山 、斎藤、堂本、久保田、斉川、FW 大崎』
「はい」
『今日呼ばれなかったメンバーは第2戦に使う。後半も使う。準備を怠るな』
「はい」
そして、出て行く。青山はいつもルーティンをしながら、準備をして、ロッカールームを出て、選手たちと並ぶ。いつも通り一番後ろだ。相手のセネガルは屈強という言葉が似合う。身長がでかい。青山にとっては別段に気にならない事だ。
(でけえ。ま、それだけ)
と、こんな感想だけ。しかも代表選というのもどこ行く風。
斉川らが緊張しているのを見て、自分には関係ないなと思うも、一応声をかける。そういうふりして、富岡に浣腸をする。
「うあわあ」
日本代表、セネガル代表の面々が青山と富岡を見る。
「どうした?富岡、腹が痛いか?」
青山はいい人風に声をかけるが、日本代表の面々は絶対何かしたと思った。
「浣腸したでしょう」
「ああ、した」
悪びれる様子もなく白状する青山に、俺がなんか悪いことした?みたいな顔を何故してんだ!と疑問の日本代表の面々。
「何してんですか?」
と、一番、疑問を持つ被害者の富岡が叫ぶが、その叫びは無情にも木霊するだけ。
「そう怒るなよ。俺も初めての先発の時にラモンさんにされたんだ。雅、いい経験だろう?」
「どういうことだよ」
富岡は大先輩の青山にタメ口で怒る。テレビに映るかもしれないところで浣腸をされたのだ。当たり前である。青山はもちろん、テレビが撮影していないことも気づいている。
「緊張しないために浣腸される。これはいい経験だ。これを日本代表の伝統としろ、富岡」
「するか〜」
このやり取りに笑う斉川。それを見て、他の代表のメンバーも笑った。セネガル代表の面々は何が起きているかわからない。
『俺が浣腸したんだ。こいつら緊張してんだよ。アホだろ?』
青山はフランス語でセネガルの者らに声をかける。するとセネガル代表は笑った。
「なんで、相手に教えてんすか?」
富岡が言う。すると青山はさらに答える。
「セネガルも最高の状態の方がテストとしていいかなと?」
「疑問形で言うな。こっちが悪いみたいじゃないか」
大崎が間に入る。
「まぁまぁ、富岡、そう怒るな。青さんなりの優しさだろ」
「大崎さん」
人格者の大崎によって、この場が治る。
「何で、俺が悪者?富岡はセネガルで有名なる。しかもみんなの緊張はなくなる。俺いいことしたのに」
青山のこの呟きを皆が聞かなかったことにした。
それから数分して、子供の手を引いて選手が入場する。会場は「オーレーニーポン」というチャントが木霊する。それを聞いて顔が引き締まる代表選手たち。
粛々とセレモニーが終わり、円陣になる。キャプテンの大崎が声をかける。
「みんな、今日の結果は選考において大事だ。でも同時に今日負けると国民の期待は消える。絶対に勝たないといけない。頑張ろう」
「「おう」」
全員の気持ちがまとまる。
大崎は青山に話を振る。
「青さん、何かあります」
「え?うーん、まぁ期待なんかいらなくない?そもそも、何で君らは戦うの?応援してくれる人のため?それとも自分の為?」
「・・・」
皆が戸惑う。
「そうか、わかんないか。俺は所属チームのためだし、呼ばれたから。だって、期待されようが、されなかろうが関係ない。勝てればそれでいい。
勝つことで俺を育ててくれた人たち、チームに恩返しがしたい。あと、見返したい。結果を残したい。欲しいものなんてのはいくらでもある。まぁ要するに勝つこと以外を考えるのは無駄。
勝つ。その一言でいい。どの試合も勝つ。それだけ。それ以外をそぎ落として、そのために何をするかに集中する。それがプロっていうものだよ。
お前ら合宿中に本物のプロになったんだろう?だったら、余計なプレッシャーはいらない。勝つことだけを考えろ」
「「「おおおう」」」
青山の言葉は正にプロの言葉だった。代表とかどうとか関係ない出る以上どんな試合も勝つ。それだけ。だからこの男に緊張はない。どの試合も精一杯努力する試合。勝つために必要なことをする。必要な分だけ努力する。
それだけ。それ以上は無駄とそぎ落とした考えをする。
それが青山光吉だ。
故に簡単な試合は力も抜く。それはよくある。勝つこと以外には興味も何もない。自分の活躍すらも興味がない。勝つ、ただそれだけに興味を持つ。
そして円陣を解き、メンバーはそれぞれの位置につき、相手のキックオフでスタートする。
試合が始まると、セネガルは繋ぎながら攻撃をする。雑さのないチームだった。うまいポジション取りとパス回しに、プレスは嵌らず、なかなかペースの掴めない日本代表にファンはこの前の大会と同じかと不安の声を漏らし出す。
前半も20分も経つが、シュートゼロの日本、対してセネガルはシュート4本、コーナー3回、ポゼッション率63%である。明らかにセネガルが押していた。
日本の左サイドで斉川や大沢、大崎が連動してプレスをかけるが一向に上手くいかない。それでも攻めづらさは感じているセネガル代表チームは時折、サイドチェンジを入れ、攻撃のリズムを変更する。それがまた日本のプレスを無効化するので、日本はまた押されて行き、徐々にポジションが下がっていく。
(やっぱりいいチームだね。ミーティングの通りだわ)
そんな中で、そう、青山が感心している。そんな折、セネガルはまた右サイドから左サイドにサイドチェンジしてきた。すると、青山はプレスをかけて、パスを受けた相手を追い込む。さらに、青山の前にポジションをとる堂本が後ろに戻ってきて相手選手を挟むように追撃のプレスで追い込み、焦った相手選手から青山がボールを奪う。青山は、すぐに向き直して前を向いた堂本にパスをした。
(いいね。さすが、堂本。いいセンスしているわ。うちのアホのブラジル人にその知能を分けて欲しい)
そう、青山が心に中でつぶやいていると、今度は堂本から久保田、そして大崎と繋がり、大崎が相手にプレッシャーをかけられながらもポストプレーからタメを作ると、可変システムが発動して、青山が上がる。青山が上がるのはJPリーグでは珍しい。可変システムならではと言える。
そこを富岡がサポートして右サイドバックの位置に入り、神山がセンターバックの位置に下がる。青山は味方のサポートを受けて一気に上がり、堂本は中に絞り、センターMFの位置へとポジションを移す。久保田は大崎を追い越すように上がり、大崎は堂本にボールを預け、駆け上がる。斉川は中に入ってきて、ゴールエリア内は3人がおり、その後ろに堂本がいる状態だ。
そして堂本は上がってきた青山の前に出す。相手のDF は足が速いが、青山の上がりは極めて絶妙で、DF がうまくついていけない。青山は相手の陣地深くまで切り込み、さらにゴールエリアの中に侵入する。
すると、相手DF はシステムを崩して青山を止めに来るが、嘲笑うかのようにマイナスパスで堂本に預ける。堂本はペナルティエリアの外、ゴールから45度の、シュートを打てる位置でマークも少ない。さらに大崎、斉川、久保田がいい位置にいる。ただ、それ以上に青山が預けた後に動き直したポジションがもっといい。
堂本はもう一度青山に返す。青山は打ってよし、パスを出してよしという右のコーナポスト付近の最高の位置にいた。先程迫ってきたDF のおかげでオフサイドもない。キーパーの動きを確かめゴール左隅にシュートを放つ。
『ゴール。開始23分。青山選手のシュートが見事決まった〜』
実況が唸った。
ゴールが決まると、ゴールの喜びを表すかのように日本代表のベンチに駆けていく青山。なかなか見られない姿にテレビで見ていた東京レジーナの選手、スタッフは喜びと涙が溢れる。
レジーナのチーム内では、青山は神であり、王であり、絶対権力者。悪く言われがちで、評価もされていないが、チームのために最も我慢している男、最も努力している男、最も犠牲を払っている男。もっと目立っていいとチームメイト、スタッフはそう思っている。でもチームが勝つために自分のことは二の次、目立つプレーより勝つプレーに徹し、誰が活躍してもいい、勝てば気にしないと他の者に手柄を渡す。
JP2リーグで最も地味な男。
だからこそ、この男の代表入りはチームの選手、スタッフ、レジェンドの皆が喜ぶ。鉄は加藤の指導の後、レジーナのクラブハウスで試合を見ていた。クラブハウス内で最も喜んだのは鉄こと浜谷一鉄だ。この男こそ、青山の最大のファンかもしれない。
そして同じように喜んだのがロベルトと監督の風田。尊敬するボスである先輩の活躍、指導する最高の選手の活躍に2人は喜んだ。
そして、青山がベンチに行くと、ヴァンゼムと握手し、チームメイトに肩や頭を叩かれて手荒い祝福を受ける。
珍しい光景にファンは唖然とする。ファンは青山の代表入りに懐疑的だった。
しかし、どう見ても青山の完璧な守備からの、青山の完璧な上がりで奪ったゴールは、青山のゴールと言う他ない状況であり、厳しい状況からチームを救ったのは明白である。ツイルターで、#ごめんね青山#のハッシュタグをつけてツイルトする者が溢れた。数日のトレンドも一位は#ごめんね青山#だった。
青山に警戒を強くしたセネガル。セネガルは左からの攻撃をせずに右サイドから攻めるも、クロスは青山と富岡に跳ね返される。逆に日本は警戒の薄い左サイドから斉川が久保田、大沢とのコンビで切り崩してクロスを上げて堂本がゴールを入れた。
前半は2―0と最高の形で折り返し、青山はここでお役御免と交代を告げられた。その後の試合は日本が優勢に進め、後半31分に大崎に変わって入った菅が左サイドバックのクロスからヘディングでゴールを奪い、終われば3―0とホームで有利と言えど、日本の圧勝だった。
セネガルの五輪代表は出場権を持つチームで、前評判もよく、今回はベストメンバーだった。にもかかわらずの圧勝劇にマスコミは湧いた。
そして、そのヒーローは地味な男、青山光吉だった。これでマスコミは手のひらを返した。マスコミはヴァンゼムの選考を懐疑的な目で報道していた。
中でもあの髭面のフリーの記者の記事は酷く、青山叩きとそれを重用するヴァンゼムは無能と彼の記事では書かれていた。しかし、セネガル戦を終え、青山が一夜明けてヒーローとなったことで彼は東京レジーナの練習場並びにサイダースタジアムの立ち入り禁止を言われ、さらにネットでは無能記者と最大級に叩かれた。
青山の力を見えてなかった。その一言に尽きる。青山の言う通りサッカーを知らない、サッカー記者というやつだった。
そんな中で合宿所の青山は世間を気にしてない。マスコミは合宿所に集まり、練習場に向かう途中で声をかけてくるが、青山は「そう」とコメントせずに消える。ザ・青山クオリティ。多くのチームメイトは苦笑いする。
そのため、他の選手がコメントしなくてはいけない状況だった。日本のやばい状況を救い、勝利に導いたヒーローがコメントしないのにだ。迷惑だと青山に言いたいが、合宿中にだんだんと選手の中で王様の地位を確立する青山に文句が言えない。
ただし、カズと中井とラモンが練習開始前に説教をしたために、青山は練習後にインタビューを受けることになる。何で怒られるのかと不満そうな目をしていたが、彼がカズとラモンに逆らえるはずがなかった。中井には活躍すれば許されるよね?と目で訴えていたが。
なお、試合後のヒーローインタビューでは
「青山選手、五輪代表、初出場初得点、しかもチームを救う先制のゴール素晴らしかったです。如何だったでしょうか?」
(何ちゅう質問。如何とは何について?ゴールを取った事の気持ちでいいの?それとも感謝を述べろってこと?質問はもう少し考えて、何を聞きたいかを示して、聞いてくれ)
と青山は思ったが言えずに。
「はい。嬉しいゴールでしたし、チームを救え良かったです」
嬉しい以外は質問に入ってる言葉をオウム返しをするという内容のない返答だった。
次の質問が来る。
「では、今日の試合は如何でした?」
(だから、何が如何なのか、何を聞きたいのかをはっきりしろ、ボケ)
と突っ込みたい気持ちを押し殺して
「ええ、強い相手でした。本番で戦えばどうなるかわかりません。でもいつでも勝利を目指して頑張るのみです」
これまた適当に相手を褒めて頑張りますという内容の薄い回答。
まだ続く拷問
「最後に今後の抱負を」
(いや、何への抱負だよ。新年か?もう6月に入ったよ。それとも五輪?)
と言いたいが抑え
「ええ、五輪に選ばれるかはまだはっきりしませんが、選ばれたら活躍できるように頑張ります。そして応援していただいている皆さんに少しでも恩返しできるよう精進していきます」
と模範回答を答えていた。中身の薄いヒーローインタビューだった。なお、レジーナのチームスタッフ、チームメイトはこれを見て苦笑いした。
これだけでも青山には苦痛だったのに、さらに翌日はマスコミの質問ぜめ。しかもどうでもいい質問だらけ。もう青山はキレそうだった。レジーナだったら、優秀な中谷が青山の機嫌を察知して、シャットアウトするような感じだが、中谷がいない。
(もう嫌だ。中谷には優しくしよう)と心に決めた青山だった。