プロローグ 開幕戦後半
青山らはロッカールームに戻ってくる。青山はロッカールームに戻ると、靴紐の様子のチェック、靴のチェック、などの各部のチェックをしていく。その間、監督が後半の戦術をチームに伝えていく。
青山の考えの通り、ロベルトと菅によるカウンター狙い。しっかり守って相手が前がかりになったところをカウンターだ。しかも斉川に攻撃させろというのが指示だ。
監督も青山同様にロベルトに怯えたサイドバックが上がらない限りは相手から見て左からの、斉川単独の攻撃は怖くないと見ていた。
と、ミーティングを終えた監督が青山に声をかける。
「みつ、頼むぞ。ロベルトは」
「下げないでしょ。そりゃ、怯えたサイドバックが上がらないなら、今のままでいいでしょ」
「ああ」
監督が頷くのを見てから、青山はロベルトを睨む。ロベルトのロッカールームの席は青山の隣である。
「おい、ロベルト、てめえ、今日は守備のことは許してやる。サイドバックの注意を引き続けろ」
「シー。ボス」
「よし」
「ところで、その『シー、ボス』はどうにかならんか?」
「あいつはすぐに調子に乗るんで、これくらいの恐怖政治をしないとダメですね」
「そうか」
監督の風田は残念そうな顔でロベルトを見るが、守備のことは許すと言われたロベルトはニコニコしていた。
そしてハーフタイムが終わり、選手達はピッチに向かう。青山はブラッドの選手の顔が引き締まったのを見て、加藤に小声で声をかける。
(加藤、いいか。相手の顔が引き締まっている。相当怒られたんだろう。特にサイドバックと川下の野郎がな。こういう時はもう一回ロベルトのカウンターを早々に食らわすぞ。いいか。早めにあのアホを使え。それと斉川のガキも怖え顔しているし、前半の事を相当気にしてんな。あいつを追い込むためにもあいつに攻めさせんぞ。フォローしろ。あいつから奪って一気にロベルトのアホカウンターがベストだ。いいな?)
(はい)
(よし、頼むぞ)
そして、ピッチに入り、円陣時に加藤に言ったことをロベルトと畠山にも言うと、畠山は厳しい顔で頷き、ロベルトはニコニコしていた。また攻められると。
加藤と畠山は思った。
((アホはいいな))
そして、笛が鳴り。後半が始まる。後半早々にまたもや、斉川にパスが渡る。
斉川のフォローにサイドバックが上がり、永田がサイドにより、斉川のフォローに来た。しかし、青山はそれ来たとほくそ笑む。
畠山が永田についていき、加藤が永田と相手サイドバックの両方を潰せる位置をとる。
(加藤も、畠山も成長してんな。加藤は最初のアレがなければなぁ。まぁ今回は合格だ)
そして青山はそんな二人を利用して、斉川を時間かけて縦に追い込みながら、相手サイドバックを上がらせる。そして、サイドバックと永田のフォローにより、青山の意識が一瞬だけ緩み、中への進路が開く。中に切り込める隙間ができた、そう思った斉川は一気に中へと切り込むために仕掛ける。
(若えよ。引っかかったな、ドリブル小僧)
青山は、そう、心の中で呟くと一瞬で斉川がゴールエリア内に入るためのほんの少しの隙間を閉め、右足を出す。それでも強引に行く斉川はダブルタッチで、ゴールライン側で青山の出てきた足を避け、中に切り込む。しかしそこには加藤がいた。
加藤は斉川の足からボールが少し離れた際に、ボールを掻っさらい、一気に前を向く。すると、前には走り出したロベルトがいる。
一気に加藤はロベルトに向け、ロングボールを蹴る。そのボールはサイドバックの後ろへと真っ直ぐ進み、落ちてくる位置めがけロベルトは一気に加速する。
サイドバックは振り返り追おうとするも、レジーナの狙いに気づくのが遅すぎた。相手サイドバックは上がりすぎていて、ロベルトの10メートル以上後ろにいる
ロベルトはまたもやカウンターを発動する。その速さにセンターバックは今回も寄せられない。
そしてロベルトは縦に一気に掛けていき、DFを置き去りにしたロベルトは中へと切り込む。
川下は先程のミスを挽回するため、前に出てくる。今度はゴールエリアの中程に進み、ロベルトとゴールとの間に立ち、ロベルトのシュートも、ループも止められる位置どりをとる。
ロベルトはゴールエリア手前で少しスピードを落とさざるを得なくなる。さらに先程抜かれたセンターバックも追ってきて、ロベルトのシュートコースはなくなっている。
ブラッドの監督、川下らは大丈夫という表情になるが、ロベルトは嘲笑うかのように横パスを選択した。
ロベルトがスピードを落としたのはタメを作るためだ。そしてロベルトが出したパスに追いついたのは菅だった。菅はボールへとダイビングヘッドで突っ込み、菅の頭に当たったボールはゴールへと転がっていき、吸い込まれた。
『ゴール。今度は期待の新人、菅選手がダイビングヘッドだ〜』
実況が騒ぐ。それに合わせて、レジーナのファンが騒ぎ、チャントを歌う。太鼓が鳴り響き、レジーナの応援席はドンチャン騒ぎ。後ろにレジーナのファンがいる川下は膝を突き、項垂れる。
(舐めってからそうなるんだよ。川下さんよ。日本代表だろうが相手を舐めて対策もなしに勝てるほどJP2は甘くない。そちらのチームも昨年までのJP1の元優勝候補だか知んないけど、JP2は魔物がいるんだ。じゃなきゃ、レジーナはとっくに上がってるよ)
そう、青山はほくそ笑む。
そこに加藤が寄って来る。
「みつさん。やりましたね」
「ああ、加藤、これであのサイドバックは死んだ。それにあのセンターバックもな。これでこっちの守備は楽だ。できれば、あのドリブル小僧も追い出したいね」
「え。そこまで」
「悪辣か。プロはそんなもんさ。まだ2年目のお前には厳しい世界かもな」
青山はプロの厳しさをこれでもかと知っている。いい時も悪い時も散々経験した。
五輪代表候補も、日本代表候補も上がったことくらいはある。だが、足りなかった。特別な身体能力も、ずば抜けた技術も、飛び抜けたエゴもない青山は地味だった。日本代表は目立つ選手の集まりなところがある。地味ないい選手には縁がないところである。
そして、キックオフで再開される。
ブラッドは思い切りのいい攻撃ができない。パスを回しながら相手の様子を見て攻撃してくる。
(サイドバックは上がれない。リベラを使ったゴリ押しもしない。まだ、腹はくくれないか。そんなんだから、JP1を落ちるんだよ。JP2なら、JP2なりの戦いができねえとな。そういう腹の括り方ができねえチームは苦しむぜ。JP1でも落ちない戦いをできなかったってところだろう)
そう青山は心の中で呟く。
後半も15分が過ぎ、攻めあぐねるブラッドで、唯一気を吐く斉川がボールをくれとアピールする。
(おいおい。もうサイドバックのフォローも、永田のフォローもねえよ。お前にはやられねえよ)
青山は斉川を見ながら、そう思う。
斉川が後ろを向いてパスを受けて、ターンしようとするが青山が直ぐに寄せ、ターンする際にボールを奪う。ドリブルすらさせてもらえない斉川は明らかにイライラし始める。
(どうせ、『こんなJP2で燻るロートルに』とか思ってんだろ。サイドバックが目立つのは良くねえんだ。いいサイドバックは目立たない。まぁ、それで代表にも選ばれないんじゃ意味ねえか。前途ある若者よ、辛酸を舐めろ。それがお前を成長させるさ)
青山はすぐに、ボールを回して、時間を稼ぐ。しかもボールを貰うたびに一瞬だけロベルトを見るあたりにいやらしさが漂う。青山の目線を感じたブラッドのボランチ、サイドバック、センターバックとFW の永田はロベルトへのパスコースを閉める。
しかし、青山はそれを無視してセントラルMFの加藤に預ける。永田も、加藤と距離があるためにプレスはかけられない。それを見越して加藤はゆっくりとターンして前を向く。
加藤が振り向き、パスコースを探すが、さすがはJP1の強豪だったチーム、加藤もボールの出しどころはない。すると、少し暴走気味の斉川が加藤に一人でプレスをかける。加藤はそれを少し待ってからもう一度青山に戻す。
青山は斉川が加藤から自分に戻ってくるのを待ち、それから、近づいたところで、畠山に出す。斉川は、今度は畠山を追う。気迫溢れるプレーに見えるその動きにブラッド側の応援席は声をあげ、チャントを歌う。
しかし、それを嘲笑うかの如き、畠中は再度青山に戻す。
(あーあ。もう完全に頭に血が上ってんな。ここらで犠牲になるかな)
青山は一瞬、左足でのトラップをミスる。そういうふりをした。
それに騒ぐブラッド側の応援席、そして一瞬で距離を詰めてくる斉川。
青山はそれを見て反転するため、右足側にボールを持ち替えるも、まだ前を向けない。
斉川がそれを見て一気にスライディングを狙うが、青山が反転して、少し前に進んだため、左斜め後ろからのスライディングになってしまう可能性が高まったが故に躊躇し、スピードを少し落とす。しかし、勢いでスライディングに入ろうとしていたので止められない。
青山はそれを見越してボールを右足で触り、左足を軸足として後ろに残す。そして軸足を右に変え、左足を前に出すためというように少しあげると、そこに斉川のスライディングが来る。斉川が振り上げていた左足に、青山の左足のつま先が引っかかり、青山はこける。
レフェリーの笛が鳴る。レフェリーは斉川によっていき、レッドカードを出す。斉川はスライディングに慣れていないせいもあり、スライディングの際に左の靴の裏を青山側に向けており、しかも後ろからのアフターのスライディングで、斉川の左足は青山の左足の膝裏を掠めるかもしれない角度だった。その斉川の左足は青山に大ダメージを与えるほどではない程度に当たったというくらいだが、明らかにレッドカード対象の悪意のあるファールと見做されるのが適当だった。
青山は上手く倒れこみ、大怪我はしていない。だがそれでも結構なスピードのスライディングを左足に受けた。少し触れるくらいを目指したが、思ったよりスピードのあるスライディングを左足に受けしまっていた。
それでも左足は浮かした状態であるため、大した被害はない。軸足の右足も怪我しないように上手く少しジャンプして、浮かし捻挫をしないようにケアしていた。
このため、怪我は大したことはない。それに、右サイドバックにおいて左足は削られやすいため、それを防ぐための演技は上手い。
痛がる青山、それを嘘だと抗議する斉川。しかし、映像でも完全に斉川の左足が青山の左足にかかっているし、青山は痛がっている。審判の判断は覆らずに斉川は退場した。
青山は担架を自身に寄ってきたドクターに願う。ドクターは担架の用意をとジェスチャーで表し、チームスタッフに運ばれてきた担架に乗せられ、青山は退場していく。
ピッチの外、レジーナのベンチ近くに出されると、監督が寄ってくる。
「大丈夫か?」
「まぁ、骨折はないでしょう。経験上、これは、まぁ打撲かな。交代をお願いします」
「そうか。お前抜きのシーズンは無理だぞ」
「わかってますよ。まぁでも、これで今日は勝てるでしょう」
「ああ」
そう監督とやり取りをすると、青山はロッカールームへとドクターの肩を借りて行く。監督は直ぐに選手交代の指示を出し、青山だけでなく、菅も交代させた。
ロベルトをセンターに残し、レジーナは完全に守りに入った。
青山はロッカールームに入ると、先程青山に寄ってきた50代後半に見える白髪混じりチームドクターに話しかける。
「岡田さん、やったね。勝ったでしょう」
「まぁ、そうだが、怪我を甘く見るなよ」
「わかっているよ。プロを12年もやっているんだ。怪我で泣いた選手をどれだけ見たか。だから打撲で済むように上手くやったさ」
「そうか。お前は頭がいいが、たまに無茶するからな」
「これでもプロ入りして、試合を休むような怪我はないぜ」
「まぁな」
そう、青山の最も凄いところはレギュラーを取ってから今までほぼ全ての試合に出ている。JP2はシーズン38試合、JP1はシーズン34試合。それにカップ戦がある。
そのうち、青山は35試合以上のリーグ戦を毎年戦い続けていた。それに、カップ戦も全ての試合に出続けた。それも10年以上の年数を続けている。
これは本当に凄いことである。サッカー選手にとって怪我はつきものであった。大怪我した選手は多い。名選手、新人、ベテラン、どの選手も怪我はする。小さいものならそれをしないで一年間を休まず戦える選手は数えるほどだ。
青山は、展開や大事な試合のために休ませてもらった以外は全ての試合に出ていた。怪我とは無縁の選手だ。若い時からチームドクターの岡田と怪我しないように気をつけていた。
それは新人時代に教わったサイドバックの先輩が大怪我をしたから。そのおかげで自分にレギュラーというお株が回ってきて、その選手はその怪我で引退したという経験が彼をそうさせた。
地味で、多くの試合に出て経験豊富な選手、それが青山光吉だ。
青山が足をアイシングし始めると、スタジアムがうるさくなった。
「失点したか?」
「うーん。ちょっと待て。どれ、スマホで」
「岡田さん。貸してみ。どうせ今一扱えないんだろう?」
「む。ほいよ」
「おう」
青山は岡田のスマホを受け取り、テレビをつける。すると、ゴールシーンが映し出されていた。
「また、うちのアホのブラジル人が点を決めたよ。今日は調子いいな。これが後数ヶ月くらい続けばな」
「なら、酒を控えさせないとな」
「あの夜遊びを止めんのは大変だぜ」
「ああ」
ロベルトは点も取れるし、陽気で素直ないい選手だが、ラテン系らしく、夜遊びというか騒ぐのが好きというところがある。それによってコンディションが開幕して2ヶ月くらいで落ちるということがチームの泣き所であった。
「まぁ、でも今日は収穫が大いにあったよ。ブラッドが調子を落として、うちの菅が使えるっていうのがわかった。特に点を取ったのはいいね。これで乗れんだろう」
「だといいな」
青山と岡田は笑う。
そして、アイシングのテーピングをしてもらい、青山はひょこひょこと歩き、ピッチへと進み、ベンチへ戻ってきた。
「大丈夫だな」
監督が安堵の表情をする。このチームにおいて青山は生命線だった。青山の経験で若手が育ち、守備はよく、戦術も浸透する。それがチームを作る。
菅やロベルト、畠山、加藤らは青山門下生とチームで呼ばれている。さらにユースの選手にも目をかけ、いい選手にはアドバイスをしている。それがいいユースを生んでいる。
レジーナの経営陣は青山が引退したら、チームスタッフとして雇う気でいる。そのことは数年前から伝えられており、それも含め、青山はこのチームを出る気は無い。
実際にはJPリーグのチームで青山に声をかけているチームは多い。JP1リーグの強豪も、そして今日の対戦相手のブラッドも青山に毎年のようにオファーを出そうとしている。本人が移籍に興味がないと公言しているので、オファーまでには至ってないという状況だ。
プロのチームスタッフならばわかる。青山は地味だが、本当にいい選手である。癖もあり、また地味すぎて代表に呼ばれない、協会スタッフにも好かれないが。
ダーティなプレーもでき、上手いプレーも多い。長岡が言ったサッカーをよく知っている選手、その一言に尽きる。そして、それを見出したのは青山がレジーナの一軍に入ったばかりの頃に監督になった外国人監督だ。
今ではヨーロッパは、イングランドのビッグクラブに引き抜かれた、当時はまだ無名な若手フランス人監督だった者だ。
その監督も青山を評してこう言う。
「サッカーを理解する才能は私でも勝てない。できるかどうかは知らんが、どんなプレーも青山なら解析できる。あのブラジルの天才しかできないドリブルも、フランスに現れたあのファンタジスタのパスも、アルゼンチンが生んだ天才の五人抜きも全て言葉で理解できるのは青山だけだろう。誰かが作った新たなシステムも青山ならすぐに理解して適応できる」
まさに日本が生んだ天才だ。知る人ぞ知る日本が生んだたった一人の天才。だが如何せん地味すぎる。
そして、青山が控えの若手選手に説教という教育的な説明をしていると試合はロスタイムに入る。
ロベルトも交代しており、青山青空教室で今日のダメ出しを受けている。
「ロベルト、あれだけ、守りは一人でやるなとと言ったよな。前半のお前の無謀なプレスで斉川を調子付かせるところだったぞ。斉川は同じ事をして退場だ。わかっているのか?」
「オレ、点を決めた」
「ああ、決めてなかったら、制裁を食らわす予定だったぞ」
「な。ボス、ゆるして」
「今日は許してやる。だが、またあの無謀なプレスしたら、4の字固めか。キャメルクラッチだぞ」
「ノン。キャメルも、4字もノン」
「もうしないな?」
「シー」
「夜遊びも当分禁止な」
「ノン」
「あ?」
「しー」
かなり厳しいが、これがロベルトの成長につながっている。実際にブラジル時代は無名だったロベルトには、今や他のJPリーグのチームや海外のチームが食指を伸ばしている。
ただし、守備が余りにもお粗末で現代サッカーには合わず、青山がいて初めて成立する選手であるのも知っているため、殆どのチームが本気度は低い。
ロベルトは最近、日本人の彼女ができ、日本に帰化したいとすら思っているため、本人もこのチームにいたい。
(このアホ、日本人と結婚して、帰化を狙っているらしいが、アホには無理だな)
だが、そう青山は睨んでいた。
そして試合は3―0で終了した。
青山らはピッチを後にする。試合後のヒーローインタビューはロベルト、菅、加藤だった。青山のパスはクリアをロベルトが拾ったとなり、青山にはインタビューはない。いつも通り、目立たない。
この話はそれほど長い話にはしません。本当は1話の短編にしようと思ったのですが、五万文字くらいになったので、短い連載にしております。