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地味なサイドバックの悲願  作者: 確かな嘘
1/9

プロローグ 開幕戦前半

この作品に出てくることは全てがフィクションです。批判めいたことも書いてますが、あくまでこの作品内の話です。現実のそれを批判したり、バカにしておりません。

サッカーというスポーツにおいて花形はと聞かれれば、ファンなら必ずFWまたはトップ下というだろう。逆に地味なポジションと言えばと聞かれれば、日本ならGKをあげ、海外の場合には国によって異なるポジションをあげる。



だが、それでもサイドバックというポジションについて聞かれれば、どの国でも同じ様に地味と答える。それほど、サッカーにおいて地味なポジションがサイドバックだ。そのせいで世界中のサッカーシーンで優秀なサイドバックは引く手数多となっている。


なぜなら、サイドバックは地味なため、やりたいものが少ないが重要なポジションだからだ。昨今の日本代表のサイドバックは高校生や大学生の時にFWから転向されたものがなっているほど。



この物語の主人公はそのサイドバック、正確に言うと右サイドバックをサッカークラブに入った7歳の時から勤め、プロ入りをした17歳の時から右サイドバックとして一つのクラブに居続け、レギュラーであり続けるものである。


その選手、サイドバックというポジションを勤める者の中でも、最高に地味。



実際に彼がプロ入り後の成績は

一年目 出場数 3 ゴール 0アシスト0

2年目 出場数 17 ゴール0 アシスト1

3年目 出場数 39 ゴール1 アシスト1

4年目 出場数 38 ゴール0 アシスト1

5年目 出場数 39 ゴール0 アシスト2

6年目 出場数 38 ゴール1 アシスト2

7年目 出場数 38 ゴール0 アシスト3

8年目 出場数 43 ゴール1 アシスト4

9年目 出場数 44 ゴール1 アシスト2

10年目 出場数45 ゴール1 アシスト2

11年目 出場数43 ゴール0 アシスト2

12年目 出場数44 ゴール1 アシスト2

という成績である。



彼の名は青山(アオヤマ) 光吉(ミツヨシ)と言い、29歳のプロ選手である。また、彼が所属するチームは6年前まで(青山にとってプロ7年目まで)は日本のプロリーグの一部であるJP1リーグにいたが、今はJP2リーグで戦うチーム、東京レオーネのレギュラーである。


そして同時に、彼はこのチームのバンディエラとなる選手。つまり、ユース出身の生え抜きであり、このチームにプロ入りからずっと12年もの期間を在籍する唯一の選手である。



多くの選手がJP2に落ちた時に抜けた。彼だけは2部に行っても、ずっとチームに居続けた。彼こそ正にワンチームマンと言われるチームのレジェンドである。しかしながら、彼の人気は、チームの中で真ん中くらいである。


一部の熱狂的なファンがいるが、「青山?ああ、あのサイドバックの」と殆どのチームのファンに言われてしまう始末だ。そんな彼は身長176cm、体重71kgと体格は普通。50mを6秒23で走れ、持久走もプロとしてはかなりの方、しかしながら日本人プロ選手の中でさえ、飛び抜けていない。



そんな彼、そしてチームは今日、リーグの開幕を迎える。青山光吉のプロ13年目、29歳(今年、30歳)のシーズンが始まる。シーズン開幕戦の場所はホーム、東京サイダースタジアム、スポンサーである飲料メーカーの商品名から取られたスタジアム名だ。場所は東京都世田谷区にある。


チームはJPリーグが出来た当初は優勝争いをしリーグの一番人気であった。日本サッカー界の王と呼ばれたフランス帰りのスーパースターやブラジルからの帰化選手などもいたが、親会社の撤退、スポンサーからの予算削減を機に、2部落ちし、今までは2部の中位に居るチームだ。ここ数年も4位や5位におり、昇格にあと一歩足りない。



青山は今日もルーティンの靴紐の確認をしている。青山は必ず、始めに右、次に左とベンチに足を乗せて靴紐の確認をする。



そんな中、風田監督が近づいてくる。

「みつ、今日も大丈夫か?」

「ああ、風さん、いつも通りですよ。相手は4-3-3ですし、ロベルトのフォローをしっかりしますよ」

「頼むな」


ロベルトというのは青山の前にいるポジション、右ウイングの選手で、ブラジル人だ。


このチームは4-3-3というシステムを取る。そのために、右サイドバックの前には右ウイングがいるが、その選手がブラジル人のロベルト、来日4年目の24歳である。


「ボス、今日もバックはマカセタ」

「今日もじゃねえ。最低限の守りはしろ!」

「わかっているよ。鉄拳はダメ」

「ばか、大声で言うな」


ロベルトは攻めることばかりの選手で、守備は全くダメだった。しかし、来日して最初の練習である紅白戦でそれをやり、キレた青山に試合後に思いっきりケツにボール当てられて、喧嘩になるも鉄拳制裁をくらいのされてから、青山をボスと言うように命令され、そのアドバイスを聞いてきた。それでも守備は少しは意識し、上達した程度である。


2部落ち後に得点力不足に陥ったチームの唯一の得点を生み出すウィングのため、守備の下手さも許されている。青山も最低限の守備さえすれば怒らない。最初はそれすらせず、個人技頼りで、攻めたがりだったために鉄拳制裁をしたというところだった。


(くそ、あのバカに変な日本語を教えた奴は教育してやる)


青山は心の中でそう決めながら、靴紐のチェックを終えると、靴の具合を確かめるように立ち上がり、足首をくねらせる。それが終わると、今度は脛当てをチェックする。こうした細やかな道具のチェックを怠らないことがプロで長年やっていける理由だ。



そして、それらを終えて、ロッカールームを出て行く。その足取りは早くない。チームで最後になる。そしてピッチ前の待機所へと来ると、青山はチームの一番後ろに並ぶ。これもこのチームの恒例である。


青山は数年前にキャプテンもしていたが、一昨年にほかの者に譲ったため、チームの最年長ながら、キャプテンではない。



この東京レジーナは選手の平均年齢が若い。2部が長いため、そしてユースが優れているためだ。そんな中でチームのいい時期も悪い時期も見てきたフラッグシップとなる青山は他の若い選手にとっては憧れでもある。


レギュラーのうち、外国人選手を除くと全てがユース出身か、高校または大学卒業後にチーム入りした選手しかいないため、小さい頃から東京レジーナのファンであり、青山を小さい頃から見てきた選手がほとんどだ。



キーパーの近田(こんだ)が話しかけて来る。

「みつさん、今年もよろしくお願いします」

「おう」


近田は以前、東京レジーナを出て、一部クラブを経て海外挑戦もしたが、失敗してチームに戻ってきた選手で、青山に次いで年上の28歳である。高身長と読みに優れたキーパーだ。青山曰く、「海外挑戦の失敗から評価を下げているけど、正直うちにいるような選手じゃない。日本代表入りも十分にある」。そんな選手だ。



次いで、センターバックの右側で、スイーパーの畠山が声をかけてきた。

「みつさん、今年もフォローお願いします」

「お前がすんだよ」

「うっす」


まだ21歳の選手で才能溢れる選手だ。最近ではJP1リーグのチームに声をかけられており、今年の夏か、来年の春にはチームを去るだろうと言われている。


「と、もう入場だな」


相手は東京のライバルチーム、東京ブラッドである。と言っても、ここ数年は相手チームの東京ブラッドはJP1リーグの優勝争いすらしていたので、既にライバル感はない。去年は一部リーグで絶不調だったので2部落ちしているが、選手の年俸を見れば、明らかに相手が格上だ。


ただ、相手チームの本拠地は府中で、どうやらその辺が関係するのか。23区内にある東京レジーナを敵対視するブラッドファンは多い。そのおかげで、開幕戦とは言え、2部であるJP2リーグの試合でもホームスタジアムは満席である。



子供達の手を取り、入場して来る選手達に歓声が上がる。

「チッ。ブラッドの方がファン集めてんじゃねえか。どっちがホームだよ」

そう、青山が呟くほどにブラッドの応援歌が大声で合唱されており、レジーナのファンの声はあまり聞こえない。



そして、写真撮影の後、レジーナのキックオフで、試合は始まる。レジーナのFWがキックして始まり、後ろのセントラルMFにボールが預けられる。すると、キックオフから直ぐに、ブラッドはプレスをかけてきた。前がかりに守り、レジーナを焦らせて開始早々に一点もぎ取って一気に試合を決めにきたというところだった。



前線のFW永田は元代表選手で足の速さが売りの選手、昔ある試合で相手監督が「あの速さはスピード違反で捕まらないかね」とその足の速さを揶揄したほどだ。


そのプレスに慌てたセントラルMFの加藤は、急に近くにいる青山に雑なパスでボールを渡す。そのせいで青山は後ろ向きにボールを受けてしまう。


(チッ。この展開か。待ってましたとウイングが俺にプレス掛けようとしてんじゃねえか。あのくらいのプレスは簡単にいなせよ。だから、五輪代表でも候補止まりなんだよ)


青山がボールをトラップすると同時に、プレスに来た選手が右足を出す。


(いつも言ってんだろう。プレスされても簡単にサイドにボールを渡すなって。センターでボールを簡単に持たせないのがセオリーだからなんだよ。


それでサイドに回させてボールを取るのが昨今のサッカーの基本戦術になってるんだよ。

だいたい、FWのプレスなんて本職のDFより下手に決まってんだろう。本職とも一対一を練習してんだから、速くても軽くいなして、フリーになるくらいの力はお前にあるって、いつも言ってんだろう。


それをできなきゃ、一部も日本代表もねえ。本当にボランチやセントラルはいつもこれだよ。きつくなりゃ、サイドにボールをポイして、知らんぷりだ。こっちは2人くらいに追い詰められても、取られりゃ、戦犯だろ)


と、悪態を心の中で呟きながらも、出された右足を避けて、フリーになる青山。



そこに2人目が来る。

「読んでるよ!」


2人目が来る方向に軸足の左足でのガードしてから反転して、相手と距離を少し取り、前を向く。


(どうせ攻めたくて、もう前に走ってんだろう?最低限は守れって言ったよな?)


すると、青山は一気にロングボールを相手の右コーナーに向けて蹴る。



それに反応するロベルトが相手の裏をオフサイドなしで取り、来たボールの勢いを止めないようにトラップをして、ドリブルを開始する。


一気にDFラインを抜けたロベルトは縦にドリブルを仕掛けると、センターバックが寄せに来るが、スピードのあるロベルトに寄せきれない。



ロベルトはそのままセンターバックを置き去りにすると、ゴールエリアの中に切れ込んで行く。その間、青山は少しポジションを前にし、相手するウイングをオフサイドポジションにしておく。この辺の調整がベテランだけにうまい。


そして、ロベルトはもう一枚のDFを釣り出したところで、鋭く、速いクロスをファーに上げる。それに、大抜擢された大学出の新人選手であるセンターFWの(くだ)がヘッドで合わせる。この展開は監督の風田そして青山が今年入ってきた菅に合宿中から教え込んできた。



菅のヘッドは一気にゴール真ん中に向かう。しかし、それを日本代表のGK川下が右手でなんとか止める。川下は海外で評価もされた選手であるが、年は38歳となり、最後のチームに東京ブラッドを選び、昨年日本に戻ってきた。


川下は青山とはJP1リーグ時代に戦っているが記憶にないらしく、試合前に青山に声をかけたりはしなかった。青山は地味すぎる。



川下が弾いたボールはラインを割り、コーナーキックになる。

「チッ、ゴールを取っちまえばいいのによ」

そう悪態をつきながら。


(まぁ、菅の奴はやるじゃねえか。開幕戦からしっかりやるべきことをできているな。チームが今年取ったお荷物外国人選手よりははるかにいい。こりゃ嬉しい誤算だ)


と心中では菅を褒める。


菅が青山の方を見て、頭を下げている。


(ああ、外したから謝ってんのか。まだ、教育が必要だな。FWは一回のミスなんか気にする必要はねえ。ふてぶてしいくらいにGKを睨んでおけばいいのに。こっちはそうはいかねえけどな。サイドバックは辛いぜ)



左コーナーにロベルトが向かう。その間にDFの畠山らも上がる。後ろは青山とは逆の左サイドバック、先程青山にバックバスをしたセントラルMFの加藤と3人を残すのみである。


青山はロベルトの目線を見て、右コーナーポストの近くにいる畠山を狙うなと気づく。畠山は身長187cmと上背がある。しかも足元の技術もあるので、センターバックとして期待されている。



青山は位置取りを少し右に変えた。コーナーキックをロベルトが蹴ると遠いサイドにいる畠山の元に綺麗な弧を描き飛んで行く。しかし、川下が前に出て、畠中の前でパンチングによって触り弾く。ボールは右前に飛んで行く。


するとそこに青山がいる。青山は左足でトラップすると直ぐに、左のコーナーポスト近くの菅に向けてクロスを上げる。菅は相対するDFと競りながら、ジャンプしてそのクロスに合わせる。DFに競り勝ちヘッドで何とかボールに先に触れるが、ボールは無情にもコーナーポストに弾かれ、ラインを割った。ゴールとはならなかった。



(惜しいな。でも菅のヘッドはいいかもな。ありゃ磨きゃいいもんになるな。さすが、田島さんだな。いいスカウトだわ)


菅は高校、大学時代は特にスカウトの目には止まってなく、大学在学中にスカウトが来たのはJPFと呼ばれるJPリーグの下部リーグであるアマチュアリーグのチームのみだった。そんな中でプロチームで唯一、田島と呼ばれるスカウトが東京レジーナにスカウトしたという選手だ。



(練習試合でやった後に、どうか?と聞かれた時に取るとは思ったけどな)


昨年、青山は田島スカウトに菅はどうだ?と聞かれていたので、その時は「いいぜ。ポジショニングがいい。ありゃセンスだな」と答えていた。


(まぁ、FWはいいところにいるっていうのも才能だな。もう少しエゴが欲しいけどな)


そう、青山は菅を評しながらもポジションを変えていた。その間に畠山らは下がって来ており、青山はウィングを見れ、他の選手をフォローできる最高の位置にポジションを取り直していた。



この辺は、JPリーグで12年もプロを続け、10年もレギュラーとしてほとんどの試合に出て続ける選手ならではの力が青山にある。だが、一部の熱狂的なサッカー通にしかわからないほどに地味な技術だ。


しかしながら同世代で日本代表の左サイドバックでもあり、イタリアの有名チームのサイドバックを務める長岡が彼を評価しているポイントでもある。



長岡は青山を評して、あるインタビューで青山の名を出したことがある。ほとんどのファンが覚えてもないが。


「僕の尊敬する選手?2人いますね。1人は引退しましたけど元アルゼンチン代表のサネルティ、もう1人が東京レジーナの青山選手です。・・・青山選手は何故か?それはあの選手ほど、サッカーを、サイドバックを知っている選手は知らないからです。JP1リーグ時代に彼と対戦して、彼を目標にしていました」


こう評価された青山は、このインタビューを見て、心の中で2歳年上の長岡に悪態をついたのは明白である。


(くそ、あの筋肉ダルマ。俺よりサイドバック歴が短いんだ。当たり前だが、お前よりサイドバックを知っているちゅうの。それより、お前は30歳を超えてどれだけ走れんだ。その理由を教えろ。あれか、ヨガか。有名な芸能人みたいにヨガ教室に通えばあんな走れんのか?それとも、綺麗な元女優の奥さんを貰えば、あんな走れんのか?教えろ)


と心の中で叫んでいたが、マスコミの前では

「嬉しいですね。長岡選手に褒められて」

と言っていた。



そんな過去をどうでもいいが、ゴールキックによって再開された試合は、プレスをいなされて危機に陥ったこともあり、東京ブラッドが落ち着いて回すという戦術に変えたことで膠着状態になった。



徐々に、ボール回しをされて、ラインの下がるレジーナ、そんな中で青山は声を張り上げる。

「畠山、ラインをコントロールしろ。菅、ロベルト、焦れんなよ。じっくりとプレッシャーをかけろ」

しかし、そんな青山の声は無情にも東京ブラッドの応援歌にかき消され、ロベルトには届かず、ロベルトは相手の左サイドバックがボールを持った瞬間に一人でプレスをかけてしまう。


(バカ。守備の意識はそうじゃなねえ。菅や俺がフォローもしないのにプレスに行ったら、いなされて、ウィングにボールを出されるじゃねえか。あとで説教だ。くそ、ウィングの位置が悪い。いい位置に居やがるな。さすがは五輪代表様だ。あのドリブル小僧め)


ドリブル小僧こと、斉川光(さいかわひかる)が青山の前、10メートルほどに位置している。



(ロベルトのアホが。ドリブル小僧の前でパスコースを潰すのがお前の仕事だろう)


と、青山が憤慨しているが、ロベルトはそれを知らぬか、前に突っ込み、相手サイドバックに簡単に躱される。前を向いた相手サイドバックは斉川にボールを出す。



(加藤にはあのサイドバックくらいの事はしろと今日のビデオを見せて説教しよう)


そう、青山は心の中で決めている。


そんな中でボールが足元に来るのと同時に斉川はターンをして前を向く。青山は寄せるのを諦め、縦にドリブルさせるようにワンサイドカットの位置で、中への切り込みとセンターFWへのパスコースを切る。



すると、斉川はそれに応じて、一気にトップスピードに入りながら、縦にドリブルを開始した。


(本当にドリブル小僧だな。まだ20歳か。見せ場を作りたくてたまらんと言ったところだろうよ。でもな、ベテランは相手を知ること、相手の心理を読むこと、相手の心理を誘導することに長けてんの。そうするとわかっていりゃ、対処はできるぜ)


と、斉川についていき、サイドへ追いやる青山。対して、中に切り込むチャンスを探しながら縦に進む斉川だが、中に切り込めないと見るや、レジーナのセンターバック陣によるゴールエリア内の態勢が整っていないうちにクロスを上げることを選択して、左足を振り抜く。



しかし、青山は


(うん。思いっきりもいい。判断もいいし、早い。でも、はい。読んでました。にしてもスピードは速ええな。コーナーがやっとだ。そのスピードが欲しい)


と心の中で呟きながら、斉川と平行に進みながらスライディングをして、右足を上げる。すると、斉川の左足から放たれたボールは青山がクロスのコースを潰すために上げた右足にあたり、ラインを割り、コーナーになった。それを見たレジーナのゴール裏を陣取るファンからため息が漏れる。



(おい、レジーナのファンよ。ため息をするな。コーナーなんてのはゴールの確率は20%もねえ。それに対して、さっきのはクロスを上げられれば50%の確率で入る。どう見ても俺のファインプレーだ。俺を褒めろ)


そう、青山が心の中で独り言をつぶやいている間、レジーナのファンは一部を除き、ため息をして、ブラッドのファンは歓声を上げている。



(これだから、サイドバックは辛いんだ。日本は今やウィング王国だぜ。柏からベルギーに行った糸井、元大阪セロルスでスペインにいる犬田、元大阪ガンバローズでオランダで活躍している堂本、うちにいた今やポルトガルの名門にいる中尾、みんなウィングだよ。


日本はウィング天国だからな。サイドバックはこれが限界。奴らのスピードは簡単に止められない。このドリブル小僧もすげえ才能だよ。相対するウィングがすげえ才能の選手ばかりだから日本にはいいサイドバックが多いの。


ドイツの名門にいた鹿島の内尾、それにイタリアにいる長岡、うちにいて鹿島、ポルトガルと登っていった安東、元柏で今はフランスで評価されてる酒折も。もう気づけよ。日本のサイドバックはすごいの)



そう怒り気味の青山を置いて、試合は進む。コーナーにブラッドの東田が向かう。



(守備がいいから日本のサイドは評価されてんの。そしてその長岡が俺の守備を評価してんの。つまりさっきのはあれでいいの。得点のチャンスを潰したの。本当に日本のファンはこれだから)



怒りながらも試合への集中が途切れない青山は指示を出す。


「おい、畠山、近田。気をつけろ。そのブラジル人、リベラはすげえぞ、必ずそいつを狙ってくる。加藤よ、永田は速えーからこぼれ球狙うぞ。おい、菅、そのデカブツDFにもっと寄せろ」



こうして青山の指示でポジションを修正するレジーナの選手たち。彼らは青山の指示には素直に従う。練習中、時に厳しく怒られ、時にいいところは褒められ、時に問題がある時は考えさせられている。それ故に元々、このチームは守備がいい。実際に、ここ数年は得点不足に悩まされながらも、毎年2部の5位、4位を彷徨っているのは、最少失点を争っているチームだからである。


それでも青山からすれば、まだ甘い。若いチームのためにベテランは声を張り上げる。



そして東田がボールを蹴ると、東田は青山の指示を聞いていたのだろう、ボールはリベラを通り越し、永田の元へ行く。

しかし、それはもちろん想定済みのレジーナ、永田の手前で加藤がクリアをする。それを見越していた青山はいち早く、そのボールに反応する。

次いで、青山にマークされていた斉川が反応するがすでに一歩遅い。青山は前を向くとまたもや一気に前に蹴り出す。今度はセンタサークルの後ろを狙った。



そのキックはクリアだろうと相手チームの選手、ファンが思う。同時にレジーナのファンも安堵のため息をつくが、それは一気に歓声に変わる。同時にブラッドのファンは息を飲むかのように静かになる。



青山の出したパスに唯一反応したのが前線に残っていたロベルトだった。

「ロベルト、点取ってこい。守備サボってたのは点取れば許す」


青山の大声がロベルトに届いたかはわからないが、ロベルトはトラップと同時に笑った。そして口元は、「シー、ボス」と動いた。



ロベルトはトラップから一気に加速してドリブルを開始すると、相手DFを置き去りにしてゴールエリアに真っ直ぐと進む。キーパーは微妙な位置で、正直かなり悪い。川下もかなりレジーナを舐めていた。


川下の位置を確認したロベルトはゴールエリア手前でループシュートを打つ。少しだけ前に出ており、ポジションの悪い川下は完全に反応が遅れ、ボールに届かない位置どりだった。ロベルトのシュートは川下の上を通り越してゴールへと一直線に進む。



「よし。いいぞ」

青山の声を聞き、斉川は自分の責任だと落ち込む。そしてボールはゴールへと吸い込まれ実況が叫ぶ。



『ゴール。前半32分、ロベルト選手がゴール』

すると、レジーナの応援席が大声をあげ、喜ぶ。ロベルトは振り返り、青山にニコッと笑う。


(ニコッじゃねえ。今サボっていた守備は許すが3回目だぞ)


青山の険しい表情に、ロベルトは一瞬だけ顔を歪めるが、ファンの元へと駆け寄るためであると言う表情で、青山を避けるようにレジーナの応援席の方に走って行った。



(1-0か。後は守りながらカウンターを狙う。ロベルトは当分下げられねえな。大変なままか)

そう思いながら、斉川を見る青山。



(へえ、悔しい顔してんなぁ。お前のせいじゃねえだろう。明らかに川下と相手のサイドバックが悪いわな。ロベルトを見てなかったサイドバック、最悪のポジショニングのGKがな。責任感が強めか、それに若いな。使えるかも)


青山はニヤッと笑う。



そして、センターサークルからブラッドのキックオフで試合は再開される。その後、何度も斉川にボールが預けられ、ドリブルで仕掛けてくるが青山はそれを簡単に防いでいく。特に相手の左サイドバックとボランチがロベルトを気にして上がってこれないため、青山は孤立した斉川のドリブルに怖さを感じなかった。


こうして、前半は1―0でレジーナが先行するという下馬評を覆す結果となった。





ファンを悪く言っておりますが、現実のファンではありません。ご了承ください。

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