結びの祈り
何の変哲もない農場に少女は生まれました。
何の変哲もない農場の少女は、ほんの少し、人よりきれいなものを見つけるのが上手でした。
朝日より先に起きて、少しずつ群青が色づく様をキラキラとした瞳で見上げ。
森の中の葉擦れのざわめきに楽しさを見つけ。
小川に跳ねる魚の煌めきを追い。
流れる雲に透ける光に祈りを捧げ。
それら全てを、愛する者に分け与えたいと思える心根の優しい少女でした。
けれど、大人たちは少女の言葉を遮ります。
朝早く起き、家畜に餌をやり、畑の世話をする日々に、手を止める暇はそう多くはありません。
子供たちは駆けることに夢中で足を止めてくれる子はいませんでした。
少女はそれでも、きれいなものを見つけることはやめませんでした。
大人がわかってくれなくても。
友達と分かち合えなくても。
少女は、きれいなものを見つけては、それを心のうちにしまい続けました。
ある日、世界が寝静まり静寂が支配する中、少女はふっと目を開きました。
夜更かししては朝起きる事が難しいのにと思うものの、寝付く事はできず、少女は木を組み立てて作ったベッドをはい出て、姉からもらった上着を被って部屋を出ました。
家の中はしんとしていて、まるで知らない場所のよう。
水を求めて外に出れば、晴れ渡る空に満天の星。
少女は感嘆の声を上げました。
すると、一つ 二つ と、星が空を流れるではありませんか。
少女はまあるい瞳をこぼれんばかりに見開いて、その光景を焼き付けます。
三つ 四つ どんどん流れる星たちの煌めき。
まるで空から星が全て落ちてしまうのではと思うほど、たくさんの星が次から次へと流れる夜空。
あぁ、なんて、なんて不思議な光景なのでしょう。
少女は自然、胸の前に両の手を置き、胸の鼓動を抑える様にぎゅっとそれを押し付けます。
たくさんのきらめきが、かがやきが、落ちていく夜空。
誰にわかってもらえずとも、世界にはきらきらとかがやくもので満ちている。
少女はそれが、神様の作った世界だからだと、思いました。
こんなにもきれいで、かがやいているのは、きっとそういう事なのだ。
たくさんの星が落ちる空から、ひとすじ、星々の落ちるかがやきとは違う光が地上へと舞い降ります。
それは、神様の光そのもの。
天と地を結び支える一筋の細い糸。
神の光に照らされて、少女は聖女と呼ばれるものになりました。
祈りを天へ。
天から垂れる糸を結び、はかない台地を繋ぎとめる。
彼の方こそが、天地の絆そのもの。
そうして聖女は教会へと招かれました。
そこはこの世で一番天との距離の近い場所。
誰より神に近しい少女。
祈りは呼吸のように自然に届く。
やがて人々は不安にさざめくようになります。
いつか聖女が天地を結ぶ光の中、泡と消えてしまわぬだろうかと。
聖女は祈り、天を仰ぎ見。
天は糸を聖女へおろす。
儚い姿に誰かの胸が痛み続けていることなど知らず。
落ちる光に淡く溶ける輪郭。
心も全て、捧げられたなら。
聖女の胸によぎる想い。
けれども聖女を引き留める腕が、その手をしっかと握りしめました。
聖女は驚き、その手の主を振り返ります。
たくましい腕は常に聖女を守る盾であったもの。
聖女は、その手を握り返し微笑みます。
ずっと守り続けてくれた、騎士が望むのであれば、まだ自分はこの地に居ようと。
その意志を祝福するように、天からの光はより一層輝きを増しました。
そうして聖女はその後も祈りを紡ぎ続けました。
その傍らには、聖女を守る盾が常に彼女を支え続けたのです。