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第2話 2【絶体絶命って完全なフラグだよね】





 え、なんで僕より一回り以上も年が離れてそうなおっさんが、男子高校生と同じ制服を着ているんだ?

 グレーの半袖から覗く筋骨隆々の腕を凝視しながら僕は首をひねる。

 混乱する頭で精一杯状況を打開しようと考えるが、一介の底辺学生に都合のいいアイディアなど浮かぶはずもなく、



「なぜ何も答えない? 自分の持ち場はどうしたんだ」



 再度、疑問を投げかけられてしまった。


 それにしても、今、このおっさん何て言った? 自分の持ち場?


 ますます訳が分からなくなり、僕は目の前のおっさんに睨まれ、身を限界まで小さくして萎縮している。

 これはこの世界にやってきて、最初の試練、というやつなのかもしれない。この場を乗り切らなければ、僕は一生元の世界に戻ることはできなくなるどころか、目の前のおっさんにどうにかされてしまうのかもしれない。



「おいお前、早く何か答え――――」



 次第に苛立ちを露にして声が大きくなる制服のおっさんに怒鳴られる寸前、



「あー! おまわりさんだー!」



 母親と手を繋いでいた緑頭の小さな男の子がこちらを指差して言った。

 ギョッとして即座に視線を男の子からおっさんに戻す。

 僕と同じ制服に身を包んだ筋骨隆々のおっさんは、男の子に笑顔で手を振っていた。その様子を確認し終えた僕は自分の体を首から足先まで凝視し、確信を得る。


 ――――もしかして、僕が着ている制服って、この世界だと警察官の制服なのか?


 状況が分かってしまえば、こちらのもの。勉強は出来ないけれど、その分咄嗟の悪知恵は働く方だ。

 僕は男の子の姿が見えなくなるまで笑顔で手を振り続けている警察官のおっさんに目の焦点を合わせ、深く息を吸い込む。そして、彼の笑顔が消え、再び僕への追及が始まろうかというタイミングで口火を切った。



「すみません! (わたくし)、本日からこちらの地域に配属されることになりまして、先程まで先輩と行動を共にしていたのですが、どうやらはぐれてしまったらしく……この周辺の土地勘が無く、迷っていた次第です」



 咄嗟に考えたにしては中々上出来な、それっぽい台詞が言えた気がする。


 おっさんは「うーん」と納得のいかないような声を上げた。


 これはあまり信用されていない様子。さすがに信憑性が薄かったか。


 時間の概念は反転しているようだけれど、季節感は現実世界と同じらしく、僕の頭上では燃えるような夏の日差しが燦燦(さんさん)と降り注いでいる。


 生唾を飲み込んだ僕は、おっさんの言葉を聞き逃すまいと耳を傾ける。



「知らない土地で先輩とはぐれるとは、それは災難だったな」



 更なる追及を覚悟していた僕に、おっさんは一変、優しい声でそう言った。

 意外といい人なのかもしれないな、と僕が気を許しかけたのもまた一瞬。



「それで、はぐれた先輩とやらの名前は? それに、お前は警察官の命とも呼べる徽章を身に付けていないようだが?」



 おっさんの瞳は明らかに僕の素性を疑っているものだった。おっさんの手が拳銃らしきものが携帯されているであろう部位にかけられ、身を固くする。



「えっと……徽章は先ほどひったくりを追いかけている最中に落としてしまったみたいで……先輩の名前は……えっと、何だったかな。田中? いや、加藤だっけ……」



 身の安全が脅かされそうになっている現状に、僕の頭は正確になど働くはずもなく、口から漏れる言葉はどんどん信憑性を失い、ただの言い訳と形を変えていく。


 これはもう、詰みというやつなのではないだろうか。きっと僕はこの後、おっさんに逮捕され、身分を偽り、制服を強奪し、おまけに身元不明というトリプルの罪を被せられ、牢屋にぶち込まれるのだろう。


 そんな悲観的な状況を早くも脳裏に思い浮かばせ、勝手にどこにいるとも分からない神様に祈りを捧げだした僕の正面で、おっさんの無線らしき機械が鳴った。



「はい、こちらボブ。南地区一番街で指導者とはぐれたと思われる新人と行動中」



 おっさんの受け答えに、自分が危機的な状況に置かれていることも忘れ吹き出しそうになってしまった。

どう見たって「大五郎」とか言いそうな昔の日本男児みたいな顔してんのに「ボブ」って。


 僕が愉快に構えていられたのも、それまでだった。



「はい、はい、そうです。え? この近辺に新人を派遣した記録はない? ……そうですか」



 ボブが言い終わるのが早いか、というタイミングで、僕は鉄砲玉のように一目散にその場から走り去る。



「あ、待て!」



 ボブの静止も聞かず、僕は咄嗟に裏路地へ逃げ込む。薄暗く狭い道を、とにかく突き進む。

 エアコンの室外機らしき機械の熱風に頬を撫でられ、蜘蛛の巣を顔面に受け止め、真昼だというのに薄暗く湿気の多い裏路地の片隅で眠っている猫の尾を踏みながら。決して振り返ることなく、僕はあてもなく走る。


 思えば肝試しを始めた頃から今日の僕は緊張の連続で、走りっぱなしだった。

 今までどこにそんな体力があったのかと自分でも驚いてしまうくらいの運動量。頭は相変わらず痛むが、それでもこうして足だけは僕が脳から発した信号を受け止めてくれている。

 今の僕は所謂、火事場の馬鹿力――――根性だけで動いていた。

 それもやがて、限界がきてしまうのだろうけれど。


 限界は、想像より遥かに早く訪れた。それは僕の体力の限界といった意味ではなく、もっとシンプルな理由によって。



「い、行き止まりかよ……」



 袋の鼠とはまさにこのことだろう。背の高い建物で四方を囲まれ、唯一の逃げ道となる正面は、呼吸一つ乱さず僕を追いかけてきたボブによって塞がれてしまった。

 ボブは腰元から拳銃を抜いて僕へ向けた。銃口は今にも僕の体に穴をあけようと鈍く光っている。

 そこでようやく、僕は自分の命の危機を再確認し、その場で硬直してしまった。


 選択を誤れば死ぬかもしれない。かといって、僕はこの絶体絶命の状況を打開する術を持っているのか?


 その答えは限りなく「ノー」だった。


 結局僕ができることと言えば、ボブの一瞬の隙をついて大通りに向けて来た道を逆走するという、とても頭の悪い策だった。逃げる背を、ボブの手にした拳銃に打ち抜かれる可能性など微塵も考えずに。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 猪突猛進。僕は大木のようにその場に構えるボブに向かって突進した。



「チッ、気でも狂ったか!」



 その瞬間、ボブが引き金を引いた。凄まじい音と共に銃口から火花が飛び、薬莢(やっきょう)が宙を舞う。そこでボブの持っていた銃が本物の「武器」であることを確信した僕は、同時に自分の死を覚悟し、目を閉じた。


 数秒後には銃弾が僕の体を貫き、辺りにはおびただしい量の血が流れる。そして僕は見ず知らずの場所で、童貞のまま一生を終えるのだ。

 あ、考えたら涙出てきた。


 死の直前、走馬灯ではなく、自分のこれからの未来を事細かに想像する僕。

そんな僕の体は、一秒経っても、二秒経っても、銃弾に貫かれることはなく、まったく無傷のままだった。




次回は明日12時頃予定です。

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