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第13話 4【色彩の女神フロマ】





「ここは……」



 七色の花々が地平線の彼方まで咲き乱れる場所で、僕は目を覚ました。恐る恐る上半身を起こした瞬間、どこから現れたのか、見知らぬ少女が全速力で飛びついてきた。



「レイン! 会いたかった!」



「うわ!」



 少女と共に花の中へ沈んだ僕は混乱したまま少女の体を引き剥がし、上半身を起こすと、少女と対面する形でその場に腰を下ろした。



「痛てて……いきなり抱き着くなんて危ないだろ! それに、僕はレインじゃなくて陽。人違いしてるんじゃないの?」



 正座の少女は僕の怒声に体を小さく縮ませる。



「……ごめんなさい」



 外見年齢十歳ほどの少女は肩まである薄紫色の髪と瞳をしていた。少女は頭を垂れながら怒る僕の様子をしきりに気にしている。その所作がなんだかとてもかわいそうに思えてきて、僕は大きな溜息をついて言った。



「まあ、以後気を付けてくれたらいいけどさ……それより、ここはどこ?」



 辺りを見渡した僕は、地平線の彼方まで続く青空と花園に首を傾げるばかりだった。



「ここは私のお庭! これは虹の花っていうの! 綺麗でしょ!」



 少女は嬉しそうに両手を広げ、笑顔を見せる。



「確かに綺麗だけど……まさかここって天国だったりする?」



 考えられる最有力としてはここが死後の世界だという線。僕はディオの攻撃で死んだと考えるのが現時点での最適解だろう。


 一番の根拠は少女の背中に小さな純白の翼が見えたからなのだけれど。



「天国はこんなところじゃないよ。昔は綺麗だったけど、今は神様がいないもの」



 天国という場所を知っている様子の少女は正座を崩し、周辺の花で冠を作りながら言った。



「そ、そっか……そういえば君、名前は?」



「わたし? フロマだよ」



 その名を僕は聞いたことがあった。エリス計画の最中、リルクがその名を口にした。この世界に伝わる神話の女神の名を。



「こんな小さな女の子が……女神?」



 とても信じられなかった。目の前で無邪気に花冠を作る少女が神話の女神だなんて。けれど彼女がもし本当に女神なら、天国のことを知っていても何ら不思議はないし、この場所に咲き乱れる「虹の花」も、彼女に由来しているのだろう。


 どうやら僕は神話の女神に助けられたらしい。



「えっと、フロマ様?」



「フロマでいいよ」



「じゃ、じゃあ呼び捨ては抵抗あるからフロマちゃんで。一つ聞きたいんだけど、僕はまだ死んでないんだよね?」



「死んでないよ。フロマが助けなかったら即死だったけど!」



「それは……どうもありがとう」



「ふふふふ~ん」



 撫でろとばかりに頭を差し出され、意のままに撫でると、女神は嬉しそうに笑う。かと思えば、急に深刻そうな表情で言った。



「でもね、あんまり時間がないの」



「それはどういう……」



「フロマがさっきの一瞬で連れて来れたのはヒカルの魂だけだから……体はさっきの攻撃でグチャグチャになっちゃった……」



 それはつまり、鏡の国に戻れても、僕にはもう、戻る体が無い?



「そんな……」



 肩を落とす僕に、女神は慌てて言う。



「でもフロマがいれば大丈夫だよ! フロマすごいもん!」



 小さな女神は出来上がった花冠を頭の上に乗せ、立ち上がって両手を上に伸ばした。



「どうするの?」



「ヒカルの体をフロマに貸して! そうすれば、フロマが体の傷を治してあげる! 大丈夫、フロマ、前にもやったことあるから!」



 女神は自信満々に言った。



「フロマちゃんが?」



「うん! 今回はヒカルがフロマの大切な人に似てるから特別ね!」



「さっき言ってたレインって人?」



「そうだよ! レインはすごいの! フロマの天使たち皆を助けてくれて、最後には悪い奴をやっつけちゃったんだから! でも……急にいなくなっちゃった。だからフロマ、色んな世界をまわっていなくなったレインと天使たちを探してるの。それでさっき、近い気配を感じたんだけど……」



「それが僕?」



「うん……でも間違えちゃった」



 肩を落として座り込んでしまった女神に僕は何と言って励ましていいのか分からなかった。


 しばらく沈黙が続き、何か行動しなくてはと女神の落ち込んだ肩に触れようとした瞬間、彼女が急に立ち上がった。



「そうだ、早くしなくちゃいけないんだった! ヒカル、どうするの? フロマに体を貸してくれるの?」



 それは選択肢のない問いだ。



「貸すよ。じゃなきゃ死んじゃうんだから」



「じゃあさっそく!」



「一つだけ、あっちに戻る前に僕のお願いを聞いてほしいんだ」



「なあに?」



 首を傾げる女神に僕は言った。



「僕がこの先、君の大切な人に会うことがあったら、その時は必ず知らせる。だから皆を……エリスさんを、助けてくれ」



 方法も知らない僕のでまかせに女神は一瞬驚いた顔をした。そして、



「分かった。じゃあ、体借りるね」



 僕の願いを聞いてくれた。



 僕はエクセプション。魔法も体術も、何一つ出来ない足手まとい。どうして僕がこの物語で主役をやっているのか最後まで疑問だったけれど、それもようやく分かった。僕は、この瞬間の為に存在していたのだ。

女神は、座り込んだまま僕の方へ近づいてくると次の瞬間、



「んんっ……」



 桜色の小さな唇で僕の初キスを奪っていった。小さな舌が唇を割って入ってきた辺りで流石に堪えきれなくなった僕は、銀の糸を引きながら女神の体を引き剥がした。女神が喉を鳴らして唾液を飲み込んだ瞬間、体が眩い光に包まれる。次の瞬間、僕が見たのは腰まで伸びた薄紫の髪と豊満な体を揺らしながら微笑む片足義足の女性だった。



「え、誰?」



「失礼ねえ、フロマよ」



 大人の姿になった女神は不機嫌そうに言った。



「でも、どうして……」



「私がこの姿に戻るためにはね、術をかけた本人の遺伝子情報が入った体液がその都度必要なの。唾液から摂取するのが一番効率いいでしょ」



 女神は悪びれる様子もなく言うと、頭に乗せたままの花冠を取り、僕の頭へ乗せた。



「そういうことじゃなくて……」



「でも、どうしてアナタの唾液で術が解けたのか、謎なのよね。アナタの魂はレインとは違う。魂を共有しているのはあのリルクという男でしょう? なんで?」



「僕に聞かれても……」



 初めてのキスがフレンチではなくディープだった衝撃を未だ抱えながら僕は答える。



「まあ、いいか。そろそろあっちに戻りましょうか。死んでから時間が経つと、体と魂が定着しなくて拒絶反応を起こしちゃうのよ」



「……お願いします。約束のことも、僕のことも」



 気を取り直し、神に祈るように両手を合わせると、彼女は自信たっぷりに笑って答えた。



「当然。私を誰だと思っているの? 七光守護天使を従える色彩の女神、フロマよ?」



 立ち上がった彼女の背には、体を包み込むほど大きな純白の翼が広がっていた。








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