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第13話 3【エリス計画の末路】






「初見殺しにも程がある……」



 部屋の扉を開けた瞬間に攻撃されるだなんて、どんな鬼畜ゲーだと文句を言いたい気持ちを堪え、僕は辺りを見渡した。大広間に似た真っ白な部屋の奥には三段ほどの段差があり、その上には周囲を花で埋め尽くされた氷の棺らしきものが置かれていた。中にうっすらと人が横たわっているのが確認できる。棺の背後には天井から純白の分厚いカーテンが引かれていた。


 リルクは段差の下に立っていて、僕らと十五メートル程の距離を保っている。



「ほらな、俺の予測通りだっただろ?」



 メルヴィンは自慢げに鼻を鳴らす。



「メルヴィンか」



 リルクはメルヴィンの姿に嫌悪の表情を浮かべながら舌打ちした。



「そんなに嫌うなよ、顔色悪いぜ?」



 メルヴィンは活き活きとリルクを挑発している。リルクは眉間のシワを深め、何度かエネルギー弾を放つが、全てメルヴィンに打ち消されてしまった。


 その攻防に僕は違和感を覚えた。メルヴィンは赤髪であり、強い魔法使いだが、それでも二人分の魔力を持つリルクに敵うはずはない。


 だったらリルクはどうして防げる攻撃を続ける?



「……リルク、遊んでちゃダメじゃないか。ちゃんと彼らを拘束しないと」



 その理由はすぐに判明した。リルクの背後から白衣姿のカミヤを従えて現れた背の高い男は金髪で両の目が赤く、端正な顔立ちをしていた。



「……ディオ」



「おや? 君とは初めましてのハズなんだけどな……どこかで会った?」



 瞬間、僕の頭を過ぎった名前。それはエリスさんから聞かされた、組織が研究のために招き入れた男の名だった。名前を呼ばれた男は僕を興味深そうに見る。



「リルク、あの子は?」



「……」



 無言を貫くリルクにディオはやれやれと溜息をついて苦笑した。



「息子の反抗期には困ったものだ……まあいい。私の言うことを聞いてくれているうちは許そう」



 ディオはリルクの頭を撫でながら言った。



「息子って……リルクが? それにあの男は兄さんが連れてきた研究者の……」



「ん? ああ、君はダンの弟か。それにそっちはミドナの兄……図らずして役者がそろったな」



 ディオは冷凍室にやってきた僕ら全員の姿を確認すると、リルクの耳元で「やれ」と指示を出した。次の瞬間、体の自由が奪われた。全員の体が首から上を除いて石化したかのように固まり動けなくなる。メルヴィンですら、指一本動かせない様子。これが本来のリルクの力だと思い知らされる。



「眠っているお姫様も含め、全員で計画の成功をお祝いしようじゃないか」



 ディオが指を鳴らすと、花に囲まれた氷の棺が開き、純白のカーテンが開いた。



「ミドナ!」



「アイリス様まで……!」



 カーテンの向こうにいたのは、眠ったまま十字架のような形をした何かに張りつけられたミドナちゃんとアイリスちゃんだった。二人ともケガは無い様子だが、眠っている。


 そんな彼女たちを監視するように、ダンが横に立っていた。



「何をするつもりだ!」



 メルヴィンが叫ぶ。



「言っただろう? この場にいる全員で計画の成功を祝おうって。ダン、準備して」



 ディオの言葉に頷き、ダンは懐から赤い液体の入った小瓶を取り出すと、蓋を開けた。



「あれは……!」



 小瓶を見て、キャロルさんが驚きの声をあげる。



「これは膨大な数の人間の血液から魔血球だけを抽出し、魔力に変換して濃縮した液体。これを遺体に流し込み、彼女の力を借りて共鳴させれば……死者が復活する」



 嬉しそうに語るディオはリルクをエリスさんの遺体の側に配置し、奥からダンを呼び寄せる。


 ディオに指示を出されたダンは小瓶の中身を残らず遺体の口から流し込み、嚥下(えんげ)させた。



「よし、じゃあリルク。始めてくれ」



 ディオ監視の元、リルクが険しい顔で言葉を紡ぐ。



「色彩の女神フロマの名の元、ここに死者の復活を宣言する。破滅の魔女ゼティルと共に天の祝福があらんことを……死者の名をエリス。女神の力を借りて、再び目覚めよ」



 僕らはその様子を、ただジッと見つめることしか出来なかった。


 リルクの詠唱が終わった瞬間、ミドナちゃんの体から透明な何かが抜け、エリスさんの遺体へと吸い寄せられ、吸収された。かと思うと遺体は突然起き上がり、死んでいたとは思えない肌艶の良さで立ち上がると、棺を自力で下り、ダンの前で動きを止めた。



「エリス……ああ、私の愛しい妻。この時をずっと待っていたんだ……私はもう随分と年老いてしまって、美しい君には釣り合わないかもしれないが……君ならきっとまた私を選んでくれるだろう? さあ、顔をもっと良く見せて、私の名を呼んでおくれ」



 ダンは泣いていた。妻の完全復活を確信し、美しいまま目覚めた妻と感動の抱擁を交わそうとした――――が、次の瞬間、信じられない光景が僕らの前に広がった。



「ありゃりゃ」



 復活したエリスさんは美しい顔を歪め、ダンの肩に噛みついた。



「エリ……ス?」



「うがああああああ!」



 エリスさんは人間のものとは思えない雄叫びを上げながらかつては夫であったダンに噛みつき、その肉を貪り喰った。その姿は獰猛な肉食獣のようであり、かつて彼を愛した彼女の面影はどこにもなかった。



「失敗したんだ……」



 エドワーズが呟く。血肉を喰われ、骨を剥き出しにしながら絶命していくダンの姿を僕は直視出来ず目を閉じた。計画は失敗した。それは誰の目から見ても明白だった。エリスさんは夫の返り血を浴び、肉を咀嚼(そしゃく)しながら泣いていた。己を律することの出来ない中、彼女は最後の理性を振り絞り、夫の首だけは、決して傷つけなかった。


 その様子をディオは興味深そうに見ていたが、補佐をしていたカミヤと術を唱えたリルクは今にも吐きそうな青白い顔で見ていた。



「うああああ、がああああああ! 嫌だ……ああああああ! 助けて……!」



 夫の体を半分まで食べ進めた頃、エリスさんの体に異変が生じた。彼女はその場にうずくまり、苦しみ始める。言葉の端々に人間の言葉が混じっていた。



「エリスさんはまだ生きてる!」



 彼女はまだ完全に自我を失ってはいなかった。けれどこのままではダンと同じように、身動きの取れないミドナちゃんとアイリスちゃんも喰われかねない。リルクはディオの一瞬の隙をついて僕らの拘束を解き、叫んだ。



「この場の全員でアレを止めるしかない! 力を貸してくれ!」



 魔法を放とうとしたリルクの手を、いつのまにか彼の背後にまわったディオが掴んだ。



「あーあー、どーしてパパの言う事が聞けないのかなあ? このままアレが暴走を続ければ、愛しの女神が私を殺しに来てくれるかもしれないってのにさあ? アイリスのことも約束してやったのに。この計画が上手くいけば次はお前の魔力を半分アイリスに返してやるってさ」



 リルクは悔しそうに歯を食いしばる。瞬間、ディオの頬を何かがかすめる。それは自由の身になったメルヴィンが放った攻撃だった。ディオの頬から一筋の血が流れる。彼はそれを指で拭い、舐め取った。



「お前……! こうなることが最初から分かってて兄さんの研究に手を貸したのか!」



「当然だろ。死者の蘇生? 笑わせるなよ。命を弄んだ結果がどうなるのかなんて、十数年前の事件を知ってれば誰だって分かるだろうに。それでもダンは研究を止めなかった。こうなったのはあいつの自業自得だろう」



「貴様ああああああああああああ!」



 エドワーズさんは激高し、自由になった体でディオにエネルギー弾を放った。が、ディオの人差し指で止められてしまった。



「あのさあ、私が誰の父親だと思ってるんだい?」



 ディオは自身の手に魔法をかけ、その手でリルクの首を無造作に掴んだ。



「うぐ!」



「お前も抵抗しないこと。これ以上暴れたら殺すよ?」



 未知数なディオの力に誰も手出しできなくなってしまい、事態が停滞してしまう。



「うがあああ、ぎいいいい、うう……助けて……もう、死なせて……ぐうううううう」



 その瞬間にも美しかった顔を血と涙でぐしゃぐしゃにしながらエリスさんはもがき苦しんでいた。そんな彼女にディオは、



「女神の名の元に蘇った君を殺せるのは女神だけだよ。十数年前もそうだったらしいじゃないか。なあ、カミヤ?」



「え、ええ……」



 カミヤはあまりの惨状に青い顔をしている。



「だらしがないなあ……これだからあちらの世界の人間は。英雄と言ってもこの程度か」



「化け物め……」



 メルヴィンの罵倒に、ディオは心の底から嬉しそうな顔をした。



「そう、そうだよ! 私は化け物なんだ! だから早く女神に鉄槌を下してもらう必要があるとは思わないかい?」



「狂ってるな……」



 ディオは相変わらず嬉しそうだった。



「君にも分かるかい、この狂気! 愛する者に喰われた幸せなダンにも見せてあげたかったよこの光景を! ああ、フロマ……君はいつまで私を待たせるつもりだい? まだか? 君に逢うためには、まだ足りないのかい? 今度は何をすればいい? どんないたずらをすれば君は僕を叱ってくれる?」



 ディオは恍惚の表情を浮かべ、天を仰いだ。その場の全員が、彼の奇行に釘付けになった。


 しばらく天を仰いでいたディオだったが、ふと何かに気が付いた様子で真顔になり、吐き過ぎて青い顔をする僕の方を見て言った。



「……お前から、私が嫌いな奴のにおいがする。その髪色と瞳……ああ、エクセプションなのか。だったら好都合」



 ディオはリルクの首から手を離したかと思うと、その手を僕に向け、攻撃を放った。



「さっさと死んでくれ」



 瞬時に近くのメルヴィンが防御魔法を発動させるが、間に合わなかった。


 僕はエクセプション。魔法も体術も何も出来ない足手まといの主人公。そんな僕が自ら攻撃を回避する術などあるはずもなく、僕はディオの攻撃を正面から受けることになった。



「……そんな」



 痛みを感じる暇もなく、目の前が白で包まれ、僕の意識はそこで途切れた。








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