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第1話 4【噂のエレベーター】






 そうして何度階段を下りたのだろう。上ったのだろう。どれくらい走ったのだろう。

 年間を通してろくに運動もしない十八歳のもやし男子の体力など底が知れているもので、僕の体は早くも運動能力を失い始める。手始めに足が前に進むのを拒み、肺が酸素を取り入れることができずに呼吸が苦しくなる。



「はあっ……はあっ……は――――!」



 もう限界――――僕は固く冷たい障害物に全速力で激突した。



「いってええええ……!」



 視界がホワイトアウトを起こし、目の前を星がちらつく。続いて遅れること一秒、顔面を強烈な痛みが襲う。顔面に心臓が移ったのではないかと思うほど、血管が脈打っているのが分かる。鼻の感覚は痛みとは裏腹に薄れている。もしかしたら骨が折れているのかもしれない。


 口内に鉄の味が広がり、出血元の鼻孔から、赤い液体が流れ出す。

 僕は壁のような何かに衝突した痛みでしばらくの間のた打ち回っていた。

 次第に痛みも我慢できる程度に落ち着き、ついでに鼻が折れていないことを確認した僕は、閉じたまぶたに光を感じた。

 その正体を確認しようと目を開ける。そうして僕は目撃する。



「マジかよ……本当にあった……」



 この廃墟に伝わる噂。乗ったら最後、行方不明になるという、エレベーターを。


 半分だけ扉が開いているエレベーターは、所々が錆びていて、室内の電灯も不規則に点滅を繰り返している。その有様は噂を裏付けるには十分過ぎるもので、僕は目の前のエレベーターを怪奇現象として認めざるをえなかった。


 だってこの場所は、二十年ほど前からずっと廃墟のままで、立ち入り禁止になっていて、電気供給など、あるはずがないのだから。それなのに、エレベーターは大昔と変わらないようにその場に存在していて、今もなお、利用者を待ち構えている。


 利用者――――すなわち、僕。


 事態を把握した途端、僕の体は途端に恐怖におののく。先程まで感じていた痛みなど、忘れるくらい。


 逃げなきゃ。早くこの場を離れなければ、大変なことになる。


 動物としての本能が訴えかけているのに、肝心な体が疲労と恐怖からなのか、いうことをきいてくれない。足が動かない。声が出ない。思考だけが先行して動いている、そんな状況。


 そして、その場に張り詰められた緊張の糸を切ったのは、



「にゃあ」



 先ほど僕を驚かせた、黒猫の鳴き声だった。



「え……ね、こ――――?」



 気が付いた時には全てが手遅れだった。

 どこからともなく現れた黒猫は、僕の体に全身で体当たりを繰り出し、バランスを崩した僕は、黒猫もろともエレベーターに身を投げ出される。

 そのまま床で頭を強打した僕の意識は闇に飲まれそうになる。

 黒猫は、僕の横で優雅に毛づくろいをしている。


 もっと早く気が付くべきだった。どうして僕は、あの時、その場に黒猫がいることを疑問に思わなかったのだろう。恐怖を感じなかったのだろう。安堵してしまったのだろうか。


 黒猫は――不吉の象徴じゃないか。


 意識を手放す寸前僕が見たのは、扉が閉まり、動き出すエレベーター。


 そして、



「早くこちらにいらっしゃい。私、ずっと待ってるからね」



 人間の言葉をしゃべった黒猫の姿。

 その声は、会話をした幽霊と、全く同じものだった。




次回は夕方5時頃の予定です。

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