第12話 1【私にとってミドナは……女神様だから】
時計の針が真上を示した頃、部屋の主と駒鳥は同じ浴室に留まり、一日の疲れを癒した。
「背中、洗うね」
「ありがとう」
腰まで伸びる金髪と色違いの瞳が美しい少女は、慣れた手つきでボディーソープを泡立て、主の背中に触れた。エリスは、鏡越しに、
「ねえ、アイリス」
彼女の名前を呼んだ。
「あっ、ごめんなさい……痛かった? 少し強く擦り過ぎたかな」
「ううん、そんなことないわ。ちゃんと気持ちいいわよ……って、そうじゃなくて、ね?」
「え、じゃあ何?」
アイリスは眉を下げ、首を傾げた。
「さっきのことよ。私、アナタがリルクのことをあそこまで嫌っているなんて思っていなかったから」
「私にとってミドナは……女神様だから」
アイリスは視線をエリスの背中に戻しながら呟いた。
「あの子が、アイリスの女神様なの?」
「うん」
「そう……じゃあ、リルクは?」
「悪魔かな」
「あっ……」
即答したアイリスにエリスは言葉を詰まらせた。
「……そう」
元気を無くしてしまったエリスを気にしたのか、アイリスは発言を弁解するように語る。
「あのね、これエリスさんだから話すけど、ミドナには絶対言わないでね。恥ずかしいから」
「それはいいけど……」
「十年前にあった魔力測定の日……私は自分がエクセプションだってことを初めて知って、その原因がお兄ちゃんだってことも知った。エクセプションになっちゃったんだって思ったら、なんか全部どうでもよくなっちゃったんだよね。お兄ちゃんだって、悪意があってそんなことしたんじゃないってことくらいは分かるし、本当、どうしようもないことなんだけど……割りきれないものってやっぱりどうしたってあるし」
彼女は今も現実と、自分の心と戦っているようだった。
「怒りは時間が経つにつれて沸いてきたかな。怒らずにはいられなかった……誰かにこのやるせない気持ちをぶつけ続けなきゃ、私は自分を保っていられなかったから。だって現状を認めてしまったら、私はもう二度と運命に逆らえなくなる。エクセプションとしての生き方しか出来なくなる……それは絶対に嫌だった」
「アイリス……」
「私は毎日女神様に祈ってた。いつかきっと、私を助けてくれる人に出会えますようにって。そして私はミドナに出会った。目が合った瞬間、不思議と「この子だ」って思ったの。あの子にしてみたら、私はただの人形だったのかもしれないけど……でも、それでもいいの。ミドナは私を絶望から救い上げてくれた。私をエクセプションではなく、アイリスと呼んでくれた。私には、それが全てなの」
アイリスはミドナのことを強く思うがあまり、兄へ強い拒絶反応を示した。このままでは自分の女神様を、大切な妹を、一人ぼっちにしてしまうと思ったから。
「……アナタは本当に優しい子ね」
「そんなことないよ、全然」
褒められ慣れていないアイリスは恥ずかしさを誤魔化すように言った。
「ううん、そんなことあるわよ」
エリスは知っている。死者はどんな手を使っても完全に蘇ることはないことを。
『この事は、私と君だけの秘密にしておこう。誰かに言ってしまったら、その時は……そうだな、私が君の大切なものを奪うことにしよう。そうならないように、くれぐれも気を付けてくれよ? 私はこの物語を正しい終焉に導くことに必死なんだ。そのためなら、私は手段を選ばない。ああ、呼ばれているみたいだよ。それじゃあ行ってらっしゃい、エリス・ニコルソン。君の旅路が良きものになりますように』
『待って、アナタは――――!』
気が付いたとき、エリスは娘の体を借りて生き返っていた。
あれは本当に――――女神だったのだろうか。
「ねえ、アイリス」
「なに? エリスさん」
どちらにせよ、彼女は前に進み続けなければならない。それがこの世に彼女が舞い戻ってきた理由なのだから。
「アナタに大切な話があるの」
エリスはアイリスにエリス計画について話すことにした。




