第11話 1【秘密の会議室】
『先程、リルクが組織に自ら姿を現しました』
「え?」
エリスさんは目を見開いて驚きを露にした。皮肉なことに、その時を誰よりも待ち望んでいたであろう少女は眠ったまま目を覚まさない。
「それは本当なの、キャロル」
エリスさんは混乱しているように見えた。
「はい。あの男はダン様に直談判したいと現在、地下三階の幹部会議室で待機中です」
「直談判?」
首を傾げて聞いた僕にキャロルさんは、
「おそらく昨日、居場所を特定された奴は、これ以上逃げることは難しいと判断したのだろう。事態は予想よりも目まぐるしく動き、緊迫しているらしい。そこでヒカル、君に頼みがある」
「は、はい……なんでしょうか」
「君には今からリルクに会ってもらいたい」
「僕が、ですか?」
「勿論、一人でとは言わない。何があっても対処できるように、君が信頼できる人間を同行させよう。そこでなのですが、エリス様。ヒカルと行動してはいただけませんでしょうか。アナタなら、ヒカルも安心でしょう」
「でも……」
「いいでしょう、私がヒカルの護衛として付き添います。大方、私が一緒にいれば何かの隙にリルクの考えを読めるかもと考えているのでしょうけれど、残念ながらそれは不可能ね。それでもいいかしら」
「問題ないでしょう。お気遣い、恐れ入ります」
「役に立ってあげたいのだけれど、相手が悪すぎるわ。リルクの素性を考えれば、尚更ね」
母親の胎内で妹の魔力を全て己のものとして吸収し、二人分の魔力をその身に蓄えた男。
基本的な魔力量も膨大であり、しかもそれが二人分。通常なら溢れて制御できないはずの量の魔力をリルクは生まれながらに持った器で所有している。僕に言わせてみればチートだ。
そんな男を相手にすれば、赤目のエリスさんでも簡単に物事は運ばないだろう。
「あまりご自分を過少評価しませんように」
「ありがとう、キャロル。優しいのね……さてと、それじゃあ行きましょうか。あまり時間があるわけでもないのでしょう?」
「はい、お願いします」
キャロルさんは「では、こちらに」と先導する形で部屋を出る。
「さ、行きましょう、ヒカル」
エリスさんは小さな手で僕の中指と人差し指を握り、笑った。
「大丈夫よ。何があっても、アナタは私が守るから」
「うん……」
恥ずかしながら、僕は十二歳の女の子に手を引かれることで、ようやく前に進めたのだった。
キャロルさんは僕らを地下三階の隅にある鉄の扉の前まで案内するとその歩みを止めた。
扉を照らしているのは剥き出しの白熱電球の光。
「失礼します」
キャロルさんが扉を開く様を、エリスさんは見つめ黙って見つめている。
扉の向こうに、リルクがいる。その事実は思った以上に僕を緊張させた。
リルク。ミドナちゃんのお気に入りでありながら、ある日突然彼女の前から姿を消し、組織からその行方を追われていた、異彩の瞳を持つ魔法使い。
「ヒカル、大丈夫? 顔色が悪いわよ」
「え? ああ、ごめん」
室内は客間に寄せた洋風で落ち着いた雰囲気に仕上がっているが、ボードが置かれていたり、所々に紙の束が積み重ねられているところはまさに会議をする空間、といった感じ。
僕は十人掛けの長机に向い合せで腰を下ろす二人の男性の姿をとらえた。一人は彫りの深い哀愁と色気が漂う年配の紳士。そしてもう一人、例えるなら――――そう、鏡を見ているようだった。見ただけで彼が「リルク」なのだと確信した。
シャンデリアの柔らかな光の下で輝く金髪。こちらを見つめている二つの眼球は、これまで様々な人から聞かされていた特徴と一致している。
「やっと来たかー、待ちくたびれたよ」
リルクは大袈裟に溜息をつき、砕けた笑顔で言った。




