第1話 3【幼女の声】
「なんだ、猫か……」
黒猫は僕を見ながら「にゃあ」と鳴いた。
猫はそれほど得意ではない。だから僕は、猫との距離をそれ以上詰めず、その場を離れようとする。その時だった。
「ねえ、そっちじゃないわよ」
耳元で、声がした。
「え?」
声質は女。それも幼い。
ついに僕の希望が叶い、可愛い女の子と肝試し――――などと甘い妄想に浸りたかったのだけれど、状況は僕をそんなに甘やかしてはくれなかった。
もしこれが、幻聴でも、僕の妄想でもなく、現実だとしたら?
一つの結論にたどり着いた僕の背筋は途端に凍りつく。夏だというのに震えが止まらない。
これは、駄目だろう。完全に詰んだ。ゲームオーバーだ。
だってここは行方不明者も出ている廃墟で、僕は今、一人きりで――――怪奇現象に、遭遇してしまっている。
「ちょっと、聞いてる? だから、そっちじゃないってば」
僕は錯乱状態に陥り、右も左も分からないまま、逃げるようにその場から走り出した。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「ちょ、落ち着いてよ! ……それにしてもアナタ、似てるわね」
「誰に!」
僕は咄嗟に叫ぶ。
「誰にって……決まってるじゃない、リルクによ」
「誰それ!」
リルクって誰だ。外人? キラキラネーム?
それにしてもこの幽霊……可愛い声の割に口調がキツイんだよな。そういうキャラはあんまり好きじゃないんだけどな。
「いって!」
余計なことを考えていたせいか、どこからともなく飛んできた小石が頭を直撃した。
まさかこの幽霊、僕の思考を読み取れる、とかいうんじゃないだろうな?
「まさか、そんなことできるわけないじゃない」
「ですよねー」
……いやいや、出来ちゃってるじゃん!
幽霊と変な意思の疎通をしながらも、僕は走るのをやめなかった。
一刻も早くこの場から逃げたくて。耳元で聞こえる声をどうにかしたくて。
途中、何度も地面に散らばった瓦礫に足を取られながら、僕は当てもなく出口を探して暗闇の中を走り回った。
次回は明日の12時頃です。